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第四幕 みんなが子猫を探して上や下への大騒ぎ
妾の名は。
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「まったく、あんな太い体のくせにどこまで逃げたのでござるか一両は」
けっこうな距離を歩いているのにまだ一両(猫)に追いつけていない愛姫一行。
彼女たちが歩いている場所は昔砂浜だった名残りなのか礫混じりの砂でできていて、足を踏み出すたびにギュッギュッと小気味良い音がした。
「一両に追いつけないのも気になることもじゃが、妾は先ほどまで聞こえていた妙な音の方も気になるのう」
「妙な音?」
提灯を提げて先頭を歩いていた百合丸が肩越しに振り向いた。
「うむ。何やら岩を穿つような音じゃ。鍾乳石から落ちる水滴の音に混じってカキーン、カキーンとな」
「そうかい? ……聞こえないけど?」
最後尾を歩いている青太郎が耳を澄ませてみたが、それらしい音を拾うことは出来なかった。
「少し前から突然その音がしなくなった。それが逆に妙でのぅ、なにやら胸騒ぎがするのじゃ」
「音は霧も気付いていた、なの。確かにさっきまで聞こえていた。今は聞こえない、なの」
「拙者は何も気付かなかったが二人が聞いているのなら確かなのでござろう。しかし、その音の元はなんなのでござろうな。ここで石材の切り出しでもしているのでござろうか」
「その可能性は限りなく低いな。こんなところに鍾乳洞があるなんて妾すら知らなかったことじゃ。それほど秘匿されている場所に鉱夫を入れるはずがない。それにここはお江戸の真下じゃぞ? 石材の切り出しを認可して空洞が大きくなれば、小さな地震が起きただけで江戸の町が丸ごと落っこちてしまうわ」
「あ、あのさ、お愛ちゃんはやっぱり他の二人とは違う身分の子なのかい?」
「なんじゃ? 藪から棒に」
「だって今の話だとお愛ちゃんにこの場所が知らされていないって事がまるで特別なことのような言いぶりだったから。……違うのかい?」
「ぬぅ……青太郎のくせに鋭い事を言うではないか」
「『くせに』なんて言うなよ、たまには素直に褒めてくれてもいいじゃないか。で、お愛ちゃんの正体は? どこの子なんだい?」
愛姫は青太郎に自分の正体を明かすかどうか迷ったが、愛姫が判断するより先に――、
「その子は現将軍の一人娘。愛姫様ですよ。若旦那」
最後尾を歩く青太郎の背後から突然男の声が湧き上がった。
「何奴!?」
最前列にいたはずの百合丸が抜刀しながら後ろに跳んで他の三人を庇うように立ち塞がった。
一拍遅れて、百合丸が跳躍したのと同時に手放した提灯が地に落ちる。
蛇腹に張られている紙にロウソクの火が移ってボラリと寸の間だけ光量が増し、百合丸たちに忍び寄っていた人物の顔を浮かび上がらせた。
そこに居たのは役者のように顔立ちの整った町人風の美青年。百合丸に剣を向けられているのに寸毫も恐れた様子も見せずに、それどころか怜悧な微笑み浮かべてさえいた。
「ほう、まだ子供なのに良い反応をするじゃないか」
普通では有り得ない異常な反応に百合丸の背中にゾクリと寒気が走る。この男が尋常ならざる者だとういうことが感覚で分かった。
「皆、奥へ逃げろ! こやつは強い! 拙者がここで足止めをしている間に少しでも遠くへ!」
百合丸は決死の覚悟で叫んだが――、
「おや、雷蔵じゃないか。驚かさないでおくれな」
顔から血の気を引かせている百合丸とは正反対に青太郎はほっと胸を撫で下ろした。
「あ、青太郎殿、この男と知り合いなのでござるか」
百合丸は雷蔵から視線を動かさずに訊いた。
「あぁ。ウチの店の大番頭だよ。ねぇ百合丸。その物騒な刀は仕舞っておくれ」
青太郎が相変わらずののんびりした声で百合丸に刀を引くように促した。
百合丸は刀の切っ先こそ下げたものの、完全には雷蔵を信用してないようで白刃を鞘に戻しはしなかった。
「おやおや……」
身元が明かされた後も容易に警戒を解かない百合丸に雷蔵は気分を害したふうもなく、逆に感心したように方眉を跳ね上げて「本当にたいしたものだ」と笑みを強くした。
「驚かせてすまなかったねお嬢ちゃんたち。ウチの若旦那が通りがかりの丁稚に猫を入れる籠を言いつけておいたくせに、言伝もなく元の場所からいなくなっていたので、仕方なくここまで追っかけて来たんだよ」
雷蔵は皆に見えるように体を捻って背負っていた籠を見せた。
「おぉそうだ、すっかり忘れてたよ。わざわざすまないね雷蔵」
そう言いながら青太郎は百合丸が落とした提灯を拾った。提灯を囲む紙のほとんどが燃えてしまっていたがロウソクはまだ半分ほど残って小さな灯を維持していた。
「ん? ちと待て。今の会話に疑問がある。若旦那とは一体誰のことじゃ」
「私だよ」
愛姫に問われて、ついっと自分の顔を指差す青太郎。
「……え?」
「私のことだよ若旦那って。日本橋に店を出してるんだ」
愛姫と霧が顔を並べて唖然としている。抜刀したままの百合丸ですら振り返って目を見開いていた。
「なんだよ、本当だってば。一代で店を繁盛させた父上がこないだおっ死んだので一人息子だった私が狐屋の跡を継いだんだ……あれ? なんでみんな可哀想な人を見るような目をしてるんだい?」
「いや、ほら、青太郎が店の主人じゃ……な? ほら、先が見えているというか……」
愛姫が言いにくそうにしながら青太郎から目を逸らす。
「きっとその店の先は長くない、なの。店は潰れて青太郎数年後には野垂れ死に。さすがに可哀想、なの」
「霧殿。それは思っていても口に出してはダメでござるよ」
「口に出す出さないの前に、そう考えていること自体が失礼だよあんたら!」
「良かったですね若旦那。きちんと若旦那の事を理解してくれるお友達と巡り合えたみたいで」
「全然理解されてないよ! というか、すっごい見下されているよ! あと、私の事よりももっと驚く事があるだろ? 何、愛姫様って? お愛ちゃんってお姫様なの?」
「あ、うん」
愛姫はこくりと頷いた。一度バラされたからには隠す必要はないと判断したらしい。
「軽っ! 軽すぎだよ返事が!」
今までずっと秘密にされていたわりに、返事はあまりにも軽かった。
けっこうな距離を歩いているのにまだ一両(猫)に追いつけていない愛姫一行。
彼女たちが歩いている場所は昔砂浜だった名残りなのか礫混じりの砂でできていて、足を踏み出すたびにギュッギュッと小気味良い音がした。
「一両に追いつけないのも気になることもじゃが、妾は先ほどまで聞こえていた妙な音の方も気になるのう」
「妙な音?」
提灯を提げて先頭を歩いていた百合丸が肩越しに振り向いた。
「うむ。何やら岩を穿つような音じゃ。鍾乳石から落ちる水滴の音に混じってカキーン、カキーンとな」
「そうかい? ……聞こえないけど?」
最後尾を歩いている青太郎が耳を澄ませてみたが、それらしい音を拾うことは出来なかった。
「少し前から突然その音がしなくなった。それが逆に妙でのぅ、なにやら胸騒ぎがするのじゃ」
「音は霧も気付いていた、なの。確かにさっきまで聞こえていた。今は聞こえない、なの」
「拙者は何も気付かなかったが二人が聞いているのなら確かなのでござろう。しかし、その音の元はなんなのでござろうな。ここで石材の切り出しでもしているのでござろうか」
「その可能性は限りなく低いな。こんなところに鍾乳洞があるなんて妾すら知らなかったことじゃ。それほど秘匿されている場所に鉱夫を入れるはずがない。それにここはお江戸の真下じゃぞ? 石材の切り出しを認可して空洞が大きくなれば、小さな地震が起きただけで江戸の町が丸ごと落っこちてしまうわ」
「あ、あのさ、お愛ちゃんはやっぱり他の二人とは違う身分の子なのかい?」
「なんじゃ? 藪から棒に」
「だって今の話だとお愛ちゃんにこの場所が知らされていないって事がまるで特別なことのような言いぶりだったから。……違うのかい?」
「ぬぅ……青太郎のくせに鋭い事を言うではないか」
「『くせに』なんて言うなよ、たまには素直に褒めてくれてもいいじゃないか。で、お愛ちゃんの正体は? どこの子なんだい?」
愛姫は青太郎に自分の正体を明かすかどうか迷ったが、愛姫が判断するより先に――、
「その子は現将軍の一人娘。愛姫様ですよ。若旦那」
最後尾を歩く青太郎の背後から突然男の声が湧き上がった。
「何奴!?」
最前列にいたはずの百合丸が抜刀しながら後ろに跳んで他の三人を庇うように立ち塞がった。
一拍遅れて、百合丸が跳躍したのと同時に手放した提灯が地に落ちる。
蛇腹に張られている紙にロウソクの火が移ってボラリと寸の間だけ光量が増し、百合丸たちに忍び寄っていた人物の顔を浮かび上がらせた。
そこに居たのは役者のように顔立ちの整った町人風の美青年。百合丸に剣を向けられているのに寸毫も恐れた様子も見せずに、それどころか怜悧な微笑み浮かべてさえいた。
「ほう、まだ子供なのに良い反応をするじゃないか」
普通では有り得ない異常な反応に百合丸の背中にゾクリと寒気が走る。この男が尋常ならざる者だとういうことが感覚で分かった。
「皆、奥へ逃げろ! こやつは強い! 拙者がここで足止めをしている間に少しでも遠くへ!」
百合丸は決死の覚悟で叫んだが――、
「おや、雷蔵じゃないか。驚かさないでおくれな」
顔から血の気を引かせている百合丸とは正反対に青太郎はほっと胸を撫で下ろした。
「あ、青太郎殿、この男と知り合いなのでござるか」
百合丸は雷蔵から視線を動かさずに訊いた。
「あぁ。ウチの店の大番頭だよ。ねぇ百合丸。その物騒な刀は仕舞っておくれ」
青太郎が相変わらずののんびりした声で百合丸に刀を引くように促した。
百合丸は刀の切っ先こそ下げたものの、完全には雷蔵を信用してないようで白刃を鞘に戻しはしなかった。
「おやおや……」
身元が明かされた後も容易に警戒を解かない百合丸に雷蔵は気分を害したふうもなく、逆に感心したように方眉を跳ね上げて「本当にたいしたものだ」と笑みを強くした。
「驚かせてすまなかったねお嬢ちゃんたち。ウチの若旦那が通りがかりの丁稚に猫を入れる籠を言いつけておいたくせに、言伝もなく元の場所からいなくなっていたので、仕方なくここまで追っかけて来たんだよ」
雷蔵は皆に見えるように体を捻って背負っていた籠を見せた。
「おぉそうだ、すっかり忘れてたよ。わざわざすまないね雷蔵」
そう言いながら青太郎は百合丸が落とした提灯を拾った。提灯を囲む紙のほとんどが燃えてしまっていたがロウソクはまだ半分ほど残って小さな灯を維持していた。
「ん? ちと待て。今の会話に疑問がある。若旦那とは一体誰のことじゃ」
「私だよ」
愛姫に問われて、ついっと自分の顔を指差す青太郎。
「……え?」
「私のことだよ若旦那って。日本橋に店を出してるんだ」
愛姫と霧が顔を並べて唖然としている。抜刀したままの百合丸ですら振り返って目を見開いていた。
「なんだよ、本当だってば。一代で店を繁盛させた父上がこないだおっ死んだので一人息子だった私が狐屋の跡を継いだんだ……あれ? なんでみんな可哀想な人を見るような目をしてるんだい?」
「いや、ほら、青太郎が店の主人じゃ……な? ほら、先が見えているというか……」
愛姫が言いにくそうにしながら青太郎から目を逸らす。
「きっとその店の先は長くない、なの。店は潰れて青太郎数年後には野垂れ死に。さすがに可哀想、なの」
「霧殿。それは思っていても口に出してはダメでござるよ」
「口に出す出さないの前に、そう考えていること自体が失礼だよあんたら!」
「良かったですね若旦那。きちんと若旦那の事を理解してくれるお友達と巡り合えたみたいで」
「全然理解されてないよ! というか、すっごい見下されているよ! あと、私の事よりももっと驚く事があるだろ? 何、愛姫様って? お愛ちゃんってお姫様なの?」
「あ、うん」
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