1 / 18
1
しおりを挟む
子どもの頃の私は、人の目を盗んでは泣いてばかりいました。
そんな時、気付けば側に居てくれたのが彼でした。
彼はむっつりと不機嫌顔ながらも、私が泣き止むまで辛抱強く、じっと側に居てくれたものです。
今思えばどうして良いか分からず困惑し、そんな自身に苛立っていたのでしょう。
そんな不器用な彼の優しさに気付くのに、そう時間はかかりませんでした。
彼と初めて会ったのは私が八歳の時。
その頃の私は、最愛の母を亡くしたばかりで泣き暮らし、自分の殻に閉じこもって塞ぎ込んでいました。
父は外交の為国外を飛び回っており、広い屋敷に私はひとりぼっちでした。
そこへ現れたのが母の妹である叔母だったのです。
とても美しく魅力的な彼女に、使用人をはじめ皆はすぐに魅了されました。
亡き姉の代わりに、しばらくこの子の側に居てやりたい──そんな叔母の申し出を父は受け入れ、屋敷への滞在を許したのです。
でも、叔母はすぐに恐ろしい本性を現しました。父が長期不在の折、母に良く似たこの顔が気に入らないと言っては罵倒し、扇子や鞭で体を打たれました。
後々知りましたが、母と叔母はとても仲の悪い姉妹だったようです。叔母は心の底から母を憎んでいて、母に良く似た私はその捌け口にされたのでした。
でも、美貌の持つ力というものは恐ろしいものです。人は「美しい」というだけで心根も美しいと容易く思い込んでしまうものなのです。
使用人達の前では優しく人当たりのいい叔母の凶行に、気付く者は誰もいませんでした。
どれだけぶたれても、叔母は異国のものだという優れた薬を持っていて、痛みはあるのに、私の体に目立つ傷や痣を残すことは決してありませんでした。
叔母は私を物理的に痛めつけること以上に、母に良く似たこの顔が、恐怖や苦痛に歪む様を見るのが堪らなく愉快だったようです。
──なんて醜い子。
私の中にあった自信や誇りのようなものを、叔母はジワジワと砕いて奪ってゆきました。
訴えても誰も信じてくれない。
幼い私には抵抗する術がない。
無力さに打ちのめされ、いつしか私は抵抗し足掻くことを諦めたのです。
そんな生活が3月程続いた頃でしょうか。
ある日人払された屋根裏部屋で鞭打たれていた私は、よろけて階段から転げ落ち、頭を強く打ったようです。
意識不明となった私は、連絡を受けた祖父の采配ですぐに看護設備の整った王宮へと移送されました。
私の意識が戻ったのはそれから1週間程後の事。国外にいた父は急遽帰国し、付き切りで私の側に居てくれました。
目覚めて父の顔を見た瞬間、久方ぶりに涙が溢れました。そして私はこれまで起こったことを全て打ち明けたのです。
はじめ驚いていた父でしたが、私の言葉を信じて、叔母のことを徹底的に調べ上げてくれました。
その結果、実家ぐるみで隠蔽していた真実が明るみに出たのです。
叔母は生まれつき良心というものを持ち合わせていない、そういう類の人間だったのです。
幼少の頃から動物の虐待や殺害を遊戯のように楽しんでいたという叔母。
善悪の境のない彼女は徐々に使用人達まで甚振りはじめ、危機感を募らせた家族は、叔母を決して外には出さず、屋敷の奥に隔離幽閉していたのだとか。
祖父母が亡くなり、次いで母が亡くなり、叔母は監視の目が緩んだ隙をぬって私の前に姿を現しました。
今なら分かります。
母は叔母を監視隔離すると共に守ってもいたのだと。
人の世に出れば必ず身を滅ぼす異分子──母にはそれが痛いほどよく分かっていたのでしょう。
叔母はすぐに捕まり、私への殺人未遂という罪で処刑されました。最後まで反省することはなく、死ぬその瞬間まで祖父母と母を罵倒し続けていたそうです。
そんな叔母が亡くなったと聞いても、私の心は全く晴れませんでした。
例え叔母がこの世から消えようとも、受けた虐待の記憶は脳裏に焼き付いて離れないのです。
私は悪い子。
とても醜い子。
だからぶたれる──
父は良く確かめもせず、妻の妹だからと簡単に信じてしまった己を悔い、何度も私に詫びました。
けれど父に限らず屋敷の大人達は誰一人として見抜けなかったのです。父を責める気にはとてもなれませんでした。
人間不信気味になり、塞ぎがちな私を心配した父と祖父は、私を人目の多い王宮へ留め置くことにしたのです。
でも、王宮は美しくも冷たい牢獄のようでした。
王族として表面上敬われてはいるものの、誰もが一線を画し、冷ややかで事務的なのです。
祖父は私を気にかけ、可愛がってはくれましたが、あまりに忙しく頻繁に会うことはできません。
王宮でも人の温もりを感じることが出来ず、寂しさと記憶による苦しみは日々募るばかりでした。
そんな時、気付けば側に居てくれたのが彼でした。
彼はむっつりと不機嫌顔ながらも、私が泣き止むまで辛抱強く、じっと側に居てくれたものです。
今思えばどうして良いか分からず困惑し、そんな自身に苛立っていたのでしょう。
そんな不器用な彼の優しさに気付くのに、そう時間はかかりませんでした。
彼と初めて会ったのは私が八歳の時。
その頃の私は、最愛の母を亡くしたばかりで泣き暮らし、自分の殻に閉じこもって塞ぎ込んでいました。
父は外交の為国外を飛び回っており、広い屋敷に私はひとりぼっちでした。
そこへ現れたのが母の妹である叔母だったのです。
とても美しく魅力的な彼女に、使用人をはじめ皆はすぐに魅了されました。
亡き姉の代わりに、しばらくこの子の側に居てやりたい──そんな叔母の申し出を父は受け入れ、屋敷への滞在を許したのです。
でも、叔母はすぐに恐ろしい本性を現しました。父が長期不在の折、母に良く似たこの顔が気に入らないと言っては罵倒し、扇子や鞭で体を打たれました。
後々知りましたが、母と叔母はとても仲の悪い姉妹だったようです。叔母は心の底から母を憎んでいて、母に良く似た私はその捌け口にされたのでした。
でも、美貌の持つ力というものは恐ろしいものです。人は「美しい」というだけで心根も美しいと容易く思い込んでしまうものなのです。
使用人達の前では優しく人当たりのいい叔母の凶行に、気付く者は誰もいませんでした。
どれだけぶたれても、叔母は異国のものだという優れた薬を持っていて、痛みはあるのに、私の体に目立つ傷や痣を残すことは決してありませんでした。
叔母は私を物理的に痛めつけること以上に、母に良く似たこの顔が、恐怖や苦痛に歪む様を見るのが堪らなく愉快だったようです。
──なんて醜い子。
私の中にあった自信や誇りのようなものを、叔母はジワジワと砕いて奪ってゆきました。
訴えても誰も信じてくれない。
幼い私には抵抗する術がない。
無力さに打ちのめされ、いつしか私は抵抗し足掻くことを諦めたのです。
そんな生活が3月程続いた頃でしょうか。
ある日人払された屋根裏部屋で鞭打たれていた私は、よろけて階段から転げ落ち、頭を強く打ったようです。
意識不明となった私は、連絡を受けた祖父の采配ですぐに看護設備の整った王宮へと移送されました。
私の意識が戻ったのはそれから1週間程後の事。国外にいた父は急遽帰国し、付き切りで私の側に居てくれました。
目覚めて父の顔を見た瞬間、久方ぶりに涙が溢れました。そして私はこれまで起こったことを全て打ち明けたのです。
はじめ驚いていた父でしたが、私の言葉を信じて、叔母のことを徹底的に調べ上げてくれました。
その結果、実家ぐるみで隠蔽していた真実が明るみに出たのです。
叔母は生まれつき良心というものを持ち合わせていない、そういう類の人間だったのです。
幼少の頃から動物の虐待や殺害を遊戯のように楽しんでいたという叔母。
善悪の境のない彼女は徐々に使用人達まで甚振りはじめ、危機感を募らせた家族は、叔母を決して外には出さず、屋敷の奥に隔離幽閉していたのだとか。
祖父母が亡くなり、次いで母が亡くなり、叔母は監視の目が緩んだ隙をぬって私の前に姿を現しました。
今なら分かります。
母は叔母を監視隔離すると共に守ってもいたのだと。
人の世に出れば必ず身を滅ぼす異分子──母にはそれが痛いほどよく分かっていたのでしょう。
叔母はすぐに捕まり、私への殺人未遂という罪で処刑されました。最後まで反省することはなく、死ぬその瞬間まで祖父母と母を罵倒し続けていたそうです。
そんな叔母が亡くなったと聞いても、私の心は全く晴れませんでした。
例え叔母がこの世から消えようとも、受けた虐待の記憶は脳裏に焼き付いて離れないのです。
私は悪い子。
とても醜い子。
だからぶたれる──
父は良く確かめもせず、妻の妹だからと簡単に信じてしまった己を悔い、何度も私に詫びました。
けれど父に限らず屋敷の大人達は誰一人として見抜けなかったのです。父を責める気にはとてもなれませんでした。
人間不信気味になり、塞ぎがちな私を心配した父と祖父は、私を人目の多い王宮へ留め置くことにしたのです。
でも、王宮は美しくも冷たい牢獄のようでした。
王族として表面上敬われてはいるものの、誰もが一線を画し、冷ややかで事務的なのです。
祖父は私を気にかけ、可愛がってはくれましたが、あまりに忙しく頻繁に会うことはできません。
王宮でも人の温もりを感じることが出来ず、寂しさと記憶による苦しみは日々募るばかりでした。
11
あなたにおすすめの小説
『完璧すぎる令嬢は婚約破棄を歓迎します ~白い結婚のはずが、冷徹公爵に溺愛されるなんて聞いてません~』
鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎる」
その一言で、王太子アルトゥーラから婚約を破棄された令嬢エミーラ。
有能であるがゆえに疎まれ、努力も忠誠も正当に評価されなかった彼女は、
王都を離れ、辺境アンクレイブ公爵領へと向かう。
冷静沈着で冷徹と噂される公爵ゼファーとの関係は、
利害一致による“白い契約結婚”から始まったはずだった。
しかし――
役割を果たし、淡々と成果を積み重ねるエミーラは、
いつしか領政の中枢を支え、領民からも絶大な信頼を得ていく。
一方、
「可愛げ」を求めて彼女を切り捨てた元婚約者と、
癒しだけを与えられた王太子妃候補は、
王宮という現実の中で静かに行き詰まっていき……。
ざまぁは声高に叫ばれない。
復讐も、断罪もない。
あるのは、選ばなかった者が取り残され、
選び続けた者が自然と選ばれていく現実。
これは、
誰かに選ばれることで価値を証明する物語ではない。
自分の居場所を自分で選び、
その先で静かに幸福を掴んだ令嬢の物語。
「完璧すぎる」と捨てられた彼女は、
やがて――
“選ばれ続ける存在”になる。
【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―
柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。
最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。
しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。
カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。
離婚届の上に、涙が落ちる。
それでもシャルロッテは信じたい。
あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。
すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる