背負う覚悟

ゆうき

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第八章(絡みあり)

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 第八章
    明治通りの一本奥にある、渋谷駅新南口。そこから南へと線路沿いに走っている通りがある。渋谷南警察署と代々木東警察署の管轄地域の境界線で、両所轄ともここの通りは見て見ぬふりをしている。路上駐車しようが騒ごうが、通報がない限り警察はこない。その通り沿いにシャイニー渋谷店はある。
 シャイニー渋谷店に到着すると、店の前には、若い衆が群がっている。
 成瀬たちに気づくと、各々頭を下げた。
 それを見た成瀬は、
「固まるな、散れ」
 言うとビルに入っていった。
 管轄の境界線で、警察が近づかないとしても、柄の悪い男が、1か所に固まっていれば、一般人の目を引いて、通報も免れない。今は余計な手間はかけたくない。
 渋谷店の3階事務所に入ると、若い衆が3人、沢口を囲むようにして立っている。沢口は、左足を庇い腹部を押さえて、こちらを睨みつけている。
 抵抗する気があるようだ。
 階段で後からきたハジメが、沢口を見た瞬間、飛び蹴りを入れた。
「あ、おいっ」
 成瀬が止めに入ろうとしたとき、大山がそれを目で制し言う。
「好きにさせろ」
 ハジメは、今まで抑圧されていた力を、爆発させる勢いで沢口に襲いかかる。
「てめえ、この野郎!」
 大山には劣るが、ハジメの重たい拳は沢口の顔面にめり込む威力だ。ハジメが殴る度に血痕がそこら中に飛ぶ。
 ハジメは、執拗に顔や腕など見える場所を殴り続けた。相手の自尊心を破壊し、自分の面子を保つように。
 ハジメの拳が沢口の左の 眉骨びこつを捉えた。殴られた勢いで皮膚が切れ、流血している。
 沢口は血で左目が開かくなり、右目からも戦意が消え伏せた。
 成瀬は、それを見てる大山の呼吸が少し荒く、自分を必死におさえているように見えた。
「若頭……」
 それ以上の言葉が続かず、その場で固唾を飲んだ。
 ハジメの息が上がってきた頃合いで、二宮が口を開く。
「そろそろ話を聞かせてもらおうか。井口もそこ並べろ」
 若い衆が、井口と沢口を隣合わせると、二宮が話を続ける。
「シャブの元締めは? 誰が絵を描いてる」
 井口は小林たちの暴行で、既にまともに話せない。沢口は呼吸を整えている。
 二宮は構わず言う。
「おい、質問に答えろ」
 すると沢口が、口の中に溜まった血を吐き出し、そのままの勢いで、掠れた声を出した。
「俺らは、長谷川さんに言われただけだ。先輩の命令は絶対だ。お前らと一緒だろ。お前らだって分かるだ――」
 言い終わる前に、ハジメの蹴りがさらに跳んだ。
「てめえ、口の利き方が分かってねえな」
 二宮が続ける。
「長谷川? たしか連合のナンバー3だったな。どこにいる」
 俯きながら、苦しそうな声で沢口が言う。
「分かりません」
 その瞬間、二宮がハジメの腰から短刀を奪い、沢口の腕を切りつける。
「うあぁっ」
 沢口が叫ぶ。
 二宮はいつもと変わらぬ表情で、さらに、下を向いている井口の肩を切りつける。
「うわぁぁ」
「手間かけさせんな。時間の無駄だ。今話せば命は助けてやる。加えて後の面倒もうちで見てやる」
 2人は、切りつけられた恐怖に怯え、顔を上げることすらままならない。
 こういう奴は打たれ弱い。
 さらに二宮が、背筋の凍るような目をして言い放った。
「お前らはもう終わりだ」
 それを聞いた沢口が、諦めたように口を開いた。
「六本木のファーストっていうクラブの女、明日香のとこだ。約束は守ってくれよ」
 それだけで十分だった。あとはその店が終わるころに女を訪ねればいい。
 大山が眉をしかめた。
「こいつら始末しとけ」
「はぁ? んだよそれ。話が違うだろ。ふざけんなよ。てめぇ」
 大山は2人を一瞥して、何も言わずそのまま事務所を出ていった。成瀬も直ぐに後を追う。
 二宮は短刀をハジメに返すと、沢口に向かって吐き捨てるように呟いた。
「信義則でも唱えるつもりか。誰を相手にしてると思ってる」
 言うと、そのまま出ていき、高谷も、ハジメから車のキーを受取り、二宮の後を追った。
 成瀬は外にいる若い衆を捕まえて
「ハジメたちが中にいるから手伝え」
 言うと、周りにいた若い衆たちは、一斉にビルの中に消えていき、入れ違いのように高谷がビルから出てきた。成瀬はその姿を確認するように見つめて立っている。
「引き上げるぞ」
 大山の一声で、成瀬も高谷も瞬時に動いた。高谷が車に二宮を乗せ、先に発進させた。
 成瀬も大山を乗せ、自分も運転席に乗り込み、サイドミラーを確認する。
 ひろが、大山の乗った後部座席のドアの横に立つのを見て、後部座席の窓を少し下げた。
「自分たちはここであいつらを待ってます」
 そう言って頭を下げた。
「ああ。成瀬出せ」
 そのまま成瀬たちも、新宿の事務所に向かった。

 渋谷から明治通りを抜け、外苑西通りにさしかかったところで、成瀬は大山の呼吸が荒いのに気づき、ルームミラーで大山を確認する。
すると顔が熱ってるように見えた。
「若頭、大丈夫ですか」
「ああ。なんでもねえ」
 そう答えると、大山は窓の外に顔を向けた。
 さっきは、アニキが先に手を出したから、若頭はおさえてたのか。恐らくまだ気が昂っている……。
 事務所の前につくと、先に出た二宮の車がビルの前へ横づけされていた。
 その後ろに車をつけ、降りて歩道側へ回る。すると声が聞こえてきた。
「アニキ」
 高谷がコンビニ袋をぶら下げ、道の反対側からこちらに渡ろうとしていた。
「おう」
 成瀬が軽く答えながら、後部座席のドアを開けたそのとき、
 プシュン――。
 パリン!
 なんだ――。
 成瀬は咄嗟にドアを閉めて、大山を車に閉じ込めた。
 案内所の看板が割れ、周りから悲鳴が上がっている。
 音が聞こえた方へ顔を向けると、長髪の男が、サプレッサーつきの銃を構えて、成瀬を捉えている。
 ――ヤバい。撃たれる――。
 プシュン――。
 その瞬間、くぐもった銃声が聞こえ、成瀬は車と歩道の間に倒れ込み、長髪の男は足早に逃げていった。
「…………」
 ――体が重い。
 成瀬はゆっくりと目を開けて、顔を上げた。すると、高谷が成瀬に覆いかぶさり倒れている。
「おい、高谷! おい、翔太! 大丈夫か! 翔太しっかりしろ!」
 高谷が身を挺して、成瀬の盾になっていた。
 成瀬の心臓は飛び出しそうなほどに騒ぎ立てた。
「翔太! おい!」
 すると、高谷の目が薄っすらと開いた。
「だいじょうぶです……補佐に言われてこれを……」
 高谷はシャツの下の防弾ベストを見せた。
「…………」
 成瀬は全身から力が抜け、腰が抜けそうになった。
 そこに大山が反対側のドアから出てきた。
「大丈夫か? けがは?」
 成瀬が抜けた声で返す。
「大丈夫です。高谷が弾喰らいましたが、ボディーアーマーつけてたんで……」
「念のため、後藤んとこ行ってこい」
 すると、高谷がゆっくり起き上がる。
「いえ、大丈夫です。一瞬、意識が飛びましたが、体はなんともありません」
「……そうか、だが無理はすんなよ」
「分かりました」
 歌舞伎町に身を置いている人間は、見て見ぬふりをしているが、遊びにきた学生や観光客の人だかりができ始めている。
「2発もぶっ放しやがったから、直ぐに 警察サツがくる。 事務所なか入るぞ」
 言うと大山はビルに入った。
 成瀬は少し縺れた足で、高谷を支えながら一緒に後を追った。
 事務所の扉を開けると、留守番の若い衆がすぐ脇から
「ご苦労様です」
 声を少し落とし、頭を下げた。
 二宮は窓際に立っている。
 外の騒ぎが聞こえたようだ。成瀬たちを見た二宮が言う。「けがは?」
 大山が応える。「高谷が弾喰らった」
 すると、高谷が
「でも、補佐に言われて、ボディーアーマーつけてたんで、大丈夫です」
 防弾ベストを見せて言った。
「体に穴が空いてなくても――」
「大丈夫だそうだ」
 大山が二宮の言葉に被せて言った。
 そのとき、事務所の扉が開いた。
「失礼します」
 半谷が息を切らして入ってきた。
「あの、携帯鳴らしたんですが、応答がなかったんで……」
 そう言う半谷を捉えた大山の顔色と目つきが、一瞬にして一気に変わった。
「なんできた?」
 大山は、顔が熱り、長い瞬きをしながら呼吸をおさえている。
 成瀬は、その姿を見て息を飲んだ。
 うっ――。いきなりどうしたんだ? やべえ。これはキレる……か。
 半谷は、大山のその姿を見ても、臆した様子はなく、大山と距離を縮めた。
 成瀬たちは、半谷とは反対に大山から少し距離を取った。
「あちこちで悲鳴が飛びかっていたので、心配に――」
 半谷が言葉を切る前に、大山は左手で半谷の胸倉を掴み、まるで物でも放るように吹っ飛ばした。
 その衝撃で、半谷のシャツのボタンが幾つか吹っ飛んだ。
 一瞬にして空気が凍る。二宮も成瀬たちの側に移動してきた。
 大山はおさえていた呼吸が荒くなり、手が僅かに震えている。
 マズい。このままだと半谷も事務所も壊れる――。いきなりどうしたって言うんだ。今度は若頭かよ――。
 大山を正気に戻るよう いさめるのは、二宮の役回りだ。
 二宮の動きを目だけで静かに追った。すると二宮が声を落として言った。
「上に行くぞ」
 それだけ言うと、事務所を出ていった。
 次から次へと勃発する事態に、頭の整理が追いつかずにいると、二宮が階段を上り、高谷もそれに続いている。成瀬と若い衆も、躊躇いながら後に続く以外、選択の予知がなかった。
 倒れた半谷は、大山を真っ直ぐに見上げている。大山は近づくと目を細めた。
「お前は俺を狂わせる……」
 そう言う大山の目は、半谷を渇望し情炎している。
 その姿を見つめる半谷の呼吸が、浅くなった。
「大山さん……」
「もうおさえは効かない……」
 言うと、大山は倒れている半谷の首筋へ刻印を残すように噛みつくと、顎の下から頬を掴み、力を強く入れ半谷の口をこじ開けた。
「んー」
 半谷は呻き声をあげた。
 大山は顔を近づけ、半谷の口角から垂れた涎を舌で絡めとるように舐め上げた。
「あっ……」
 半谷の目は口づけを欲している。だが、その欲求を膨らませるように、口を放した。
 大山がネクタイを外し、そのネクタイで乱暴に半谷の手を後ろに縛ると、ボタンが取れたシャツが肌蹴けて、半谷の、淡いピンク色の乳首がぷっくりと膨れて現れた。そこに大山が噛みつき、切れた乳首を舐め上げる。
「うっ……」
 半谷は、痛みと快感に顔が歪みながら、大山に乞うた。
「口づけをください……」
 そのまま、全てを差し出すように身体を曝け出し、大山の情炎に身を委ねた……。

 倒錯的とも言える大山の愛情を、また倒錯的な半谷の愛情でしか受け止めることができないことを深く感じ合った。
「はあ…………」
 まだ、半谷を感じた身体の熱が冷めていないまま、大山が言う。
「この先……お前を壊すかもしれない……俺の全てをぶつけたくなる」
 それを聞いた半谷は、身体の快感で得たものとは違う心の充足感から、涙が溢れ出し、睫毛を潤わせたまま大山を見つめる。
「俺は、受け止める覚悟ならできています」
 そう言うと、2人はソファーに横たわった。
「…………」
「…………」
 大山が口を開く。
「なんでここに来た。俺の気が昂ってるのは分かってただろ」
 すると半谷は起き上がり、縺れた足で大山のスーツを、ひとつずつ拾い上げていく。
 大山をソファーに座らせ、スーツを着せながら口を開く。
「だから――」
「いや、言わなくていい。分かってる」
 半谷の答えを待たずに、大山が言った。
 そう言うと大山は、まだ僅かに熱く鼓動が早い身体で、半谷の腕を掴み、自分の胸に抱き寄せた。その身体が撓るほど強く抱きしめ、そのまま深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出すと……そっと囁いた。
「もう少し……」
 一緒にいたい……。
「…………」
 大山は言葉を途中で飲み込んだ……。その気持ちを察した半谷は、自分も微睡んでいたい気持ちを押し殺し、敢えてわきまえた態度に出た。
 臨戦態勢のこの状況で、若頭の大山にこれ以上の身勝手をさせるわけにはいかないと言わんばかりに。
「着替えます」
 半谷が、自分のスーツとワイシャツを手に取ると、ワイシャツはボタンが取れ、破れていた。
 それを見た大山は、
「そこのクローゼットに入ってるの着ていけ。合うのがあるはずだ」
 そう言って部屋の角を見た。
「分かりました」
 半谷は、スーツを身に纏い、机から落とした書類を片づけた。
「それでは自分は戻ります」
 大山は顔を少ししかめて半谷に言う。
「うちが的にかけられている」
 それだけ言うと、半谷は頷き頭を下げ事務所を出た。
 ビルを後にした半谷が、店の裏口へ近づくと、そこには見覚えのない男が二人いた。

 大山は、宙を見ながら煙草に火をつけた。
 そこに二宮が上の階から下りてきて、声をかけた。
「気は済んだか」
「ああ」
 そう言う大山の隣に二宮も座り、煙草に火をつけた。
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