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1巻
1-2
†
そんな風に、三歳になってからかなり充実した日々を過ごしていたある夜のこと。俺は奇妙な夢を見ていた。杖を持って真っ白なあごひげを生やしたお爺さんが、俺をじっと見つめてくるのだ。
『夢じゃあないぞ』
急に声が聞こえてきた。低くて渋い穏やかな声。さっきまで少し離れたところにいたお爺さんが、すぐ目の前にいた。
『いや、夢といえば夢なのじゃが、お主の意識をわしの空間に引っ張ってきただけなのじゃ。つまり一応現実なのじゃよ』
なんだかよくわからない説明をするお爺さん。俺は予想を口にする。
『えーっと、つまり神様、ですか?』
『その通り』
セラフィの時と状況がちょっと似ていたから、なんとなく想像はできた。
しかし、ここは真っ白な空間ではなく、日本の和室のような場所だった。
『お主がセラフィ様と会ったのは世界と世界の狭間じゃよ。ここは、わしの空間。わしはお主がいた世界の畳というものが大好きなのじゃ!』
やはり心の声が聞こえているらしい。やっぱり神様なのか。畳好きの神様……なんというか、見た目から受ける印象通りだ。セラフィは創造神だったが、彼はなんの神様なのだろうか?
俺の心の声にお爺さ……神様はわざわざ答えてくれた。
『わしはグゥム。魔法神じゃ』
魔法神……魔法を司る神様ということだよな。
『魔法神様だったのですね……その、なぜ、畳が好きなのですか?』
『匂いがいいのじゃよ! 畳独特の匂い! フローリングにはない味わいじゃの!』
『そ、そうなのですね』
めっちゃ畳愛が強い! 前世で友人にアイドルオタクがいたが、そいつが推しを語る時くらいの勢いがあった。すると、魔法神様は穏やかな笑みを消して俺を見つめた。
も、もしかして気に障ったか⁉ それなら謝らないと……
『気にすることはない。いや、面白いと思ったのじゃよ』
『面白い、ですか?』
『そうじゃよ。普通……』
そこで言葉を区切ると、魔法神様はゴクリと唾を呑み込んだ。そして……
『神をアイドルオタクにたとえる人間なんぞいないからの!』
大笑いし始めた。な、なんかツボにはまったっぽい?
『フォッフォッフォ! あー愉快じゃ! ゲホッゲホッ』
って、むせてるし!
『だ、大丈夫ですか!?』
俺は慌てて魔法神様の背中をさする。そうしていると段々落ち着いてきたようで、咳は治まってきた。
『はぁ、ありがとう。危うく窒息死するところじゃった』
神様に死の概念ってあるのか⁉ な、なかなか人間味が強いな……
『そんなわけないじゃろう。たとえ話じゃ』
……たとえ話だったのか。物騒だなっ!
『フォッフォッフォ。まあ、お主にはわしの加護を与えようぞ。久しぶりに人の子を気に入ってしもうた……』
よっしゃ! なんかよくわかんないけど加護もらえた。魔法神ってことは魔法に関する加護だよな。魔法は楽しみだったから嬉しい。
『ほぉ、魔法が好きなのじゃな。それだったら、魔法の練習を始めると良い。ちと早いが加護を授けたし問題ないじゃろう。少し練習すれば魔法を使えるようになるじゃろうよ』
『ほんとですか⁉ 教えてくださりありがとうございます! 練習してみます』
やったー! これで俺も魔法が使えるようになる……!
魔法神様はつけ加える。
『あと、わしのことはグゥムで構わん。セラフィ様のことも呼び捨てで呼んでおるのじゃろう? それならわしも呼び捨てで構わんよ。口調も崩して良い』
『わ、わかった。加護ありがとう、グゥム』
この世界の神様は皆フレンドリーすぎると思うが、俺としてはありがたい。
と、その時、だんだん視界がかすみ始めた。グゥムが告げる。
『そろそろ時間じゃの。魔法をしっかり練習するのじゃよ。あと、これから他の神もお主のもとを訪れるじゃろう。わしと同じように接すれば大丈夫なはずじゃから、あまり緊張しなくて良いぞ』
えっ、ちょっと待って。他の神様も来るの? 緊張しなくていいって言われても、緊張せざるをえないから! 別れ際に衝撃の事実が判明し、思わず心の中で叫んでしまう。
『フォッフォッフォ。頑張るのじゃよ。それではの』
その直後、俺の視界は暗転した。
翌朝――
「あー、寝た気がしないよ……それに他の神様も来るって……」
寝ている間にグゥムと話したことはしっかり覚えていて、あまりの出来事に俺は頭を抱えたのだった。
第二話 精霊神
グゥムと話したあの日以来、俺のもとにはたくさんの神様がやってきた。
獣神フェイル、剣神ソルディード、時空神ミューレ……その他にも大勢。
どの神様も俺のことを気に入ってくれたようで、加護をもらった。恐れ多いが嬉しいものだ。
しかし、一つ問題があった。それは、魔法を練習する方法だった。
この世界では、五歳にならないと魔法の勉強は始めないらしい。幼い子供に魔法を教えると使い方を誤り、自分や他人を傷つける恐れがあるからだ。
だから、いくら父上や母上に頼んでも、魔法について書かれた本、『魔法書』を見せてもらえない。
どうしようかと考えていたある夜のことだった。
『あれ、ここは……』
見渡す限り草、草、草。俺はなぜか草原に一人立っていた。
『やっはろー!』
『うわぁ!』
急に目の前に現れたのは翼をはためかせて、白い衣を身につけたショートカットの女性。宙に浮いていて、その姿は幻想的だ。彼女は手を広げて言う。
『僕の住処へようこそ!』
僕っ娘だ!
男なら誰もが憧れるであろう僕っ娘に、俺はテンションが上がる。美しい見た目とパワフルな様子が彼女独特の魅力を醸し出していた。
彼女の見た目とこの状況で、俺はなんとなく彼女の正体に気付いた。
『さて、もう予想がついているみたいだけど、僕は神の一柱。精霊神ムママトとは僕のことさ! ムママトと呼んでくれ』
やっぱり神でした。神様なら心の中も読めるはずだ。さっき俺が僕っ娘でテンションが上がっていたのもわかっているのだろう。恥ずかしさで顔が赤くなる。
だがなんでだろう? いつも神様相手だと緊張するんだけど、僕という一人称とフレンドリーな様子のせいか全然緊張しない。
すると僕の心の声が聞こえたのか、ムママトはやばっ、という顔をする。
『僕が姿を見せることなんてほとんどないんだからね! 崇め奉れ~』
催眠をかけるように手をゆらゆらさせる。俺は思わず笑ってしまった。
『んな!? なんで効かないの!?』
『えっ?』
ムママトの言葉に、俺は首を傾げた。
どうやら本当に何かをかけられていたらしい。だが、特に何も感じなかった。
ムママトが僕にグッと顔を近づけてくる。あまりの勢いに俺は思わず仰け反った。
『君……あぁ、セラフィの加護のおかげか……って加護多すぎないか!?』
急な大声にビクッとする。でも、まぁたくさん神様に会ってるしね……皆から加護をもらったからそりゃ多い。
ムママトは顔を引きつらせて言う。
『君……こんなに加護を持ってる時点で人間やめたようなものだけど大丈夫?』
『えっ!?』
神様にそんなことを言われると思ってなかった……そもそも「はい、あげる」とお年玉的な雰囲気で加護をくれる神様が多すぎて、この世界で加護がどういうものなのかちゃんとわかっていない。
『うーん、これは僕たち神の責任かな。こんなに加護を与えられていたら、正直今の状態でも人相手に負けることはないと思うよ』
『そこまで!?』
『うん。訓練次第で神にすら勝てるようになるだろうね』
おっふ……神様何やってくれてるんだ。
俺はあまりのことに気が抜けてヘタリ込む。その時、体に当たる草の感覚で自分が草原にいることを思い出し、ムママトに尋ねる。
『そういえば、ここはどこなの?』
『ここは僕の空間さ。他の神に会った時にもそれぞれの空間に連れていかれただろう?』
『うん』
『それが僕の場合は草原なのさ。僕たち精霊は自然を好むからね』
『そうなのか。いいところだね』
『でしょでしょ~』
褒められて嬉しそうにしてる彼女を見ると、やっぱり微笑ましい。他の神様もそうだけど、どうしてこうも皆神様らしくないんだろうか。いや、確かに皆見た目は神様っぽいんだけどさ……
俺の心を読んだムママトが言う。
『まぁ、僕たちは自由気ままに生きてるからね~。もちろん神としての仕事もあるけど、それだって僕たちの力を以てすれば簡単にできてしまう。この世界はすでにある程度完成されていて、僕たち神が介入する必要はそこまでないのさ』
『だから、皆フレンドリーなのか』
『まぁ、それもあるし、純粋に皆君を気に入ったんだろうね。神にも物怖じしない態度、思ったことがすぐ顔に出る純粋さは見ていて面白いのさ』
『……なんか複雑』
物怖じしないわけじゃないよ! ただ、気さくな神様の様子を見てると緊張がすぐに吹っ飛ぶだけで!
『はははっ! 君面白いね~、これは気に入られるのも納得だね』
爆笑するムママトは、やはり神っぽくない。いたずら好きの女の子って感じだ。
『あぁ、そうそう、さっきかけようとしたのは僕を恐れ敬う気持ちになる魔法だよ』
『え、なんでそんな魔法を?』
『僕さ、なぜか他の神から「お前は神としての自覚が足りない。神の威信を貶めるようなことはするな」って言われちゃうんだよね。だから、君が僕を恐れ敬うようにすれば神の威信を保てるかなって思ったんだけど……ダメだったね』
うん、とってもわかる気がする。確かにこの様子で人の前に姿を現したら神だと思ってもらえないだろうな。
マインドコントロールみたいな魔法をかけられそうになったことに怒りが湧きそうになるが、「てへっ」と笑うムママトを見たらその気も失せた。
可愛い子には何されても気にならないって本当なんだな。
『も、もうっ、可愛いとか言わない! 恥ずかしいから!』
頬を赤くして言う彼女に、俺は笑みを浮かべる。はぁ……眼福だ。
『ほ、本題に入るよ!』
ムママトがこほん、と咳払いをする。頬はまだ赤いが、真剣な表情になった。
『さて、君をここに呼んだのは、神の間で噂されてる転生者を一目見たかったっていうのと、君に加護を授けようと思ったからなんだけど……加護に関しては正直迷っている』
『すでにたくさん持ってるから?』
『そう、さすがにこれ以上加護を授けると人では持ち得ない力を持つことになっちゃうからね。それは君のためにならないんじゃないかなって』
『そう、だよね……』
彼女の言う通りだ。すぎた力は破滅をもたらす。精霊神様の加護なんてファンタジーっぽくてすごくワクワクするが、破滅エンドだけは迎えたくないしな。
そんな俺の心の声にムママトがクスクス笑う。
『しょうがないな~、選択肢をあげよう』
『選択肢?』
『そう、君がどうしても加護が欲しいみたいだからね! ……あと気に入った子には僕の印をつけとかないと。なんで会うの最後になっちゃってるんだ……』
ムママトは最後にぼそっと付け加えたが、そこだけ聞き取れなかった。
『何か言った?』
『ううん、なんでもない!』
『そっか。それで、選択肢って?』
俺が尋ねると、ムママトは人差し指を立てて答える。
『一つ目は今言ったように加護を授けない』
『うんうん』
『二つ目は、僕に力の使い方を学ぶ』
『……え? いいの!?』
まさかの選択肢に驚く。神様直々に力の使い方を教えてくれるなんて嬉しいに決まってる!
俺の様子に彼女は苦笑する。
『その様子だと僕に力の使い方を学ぶで決まりのようだね。いいも何も、正直僕からしたらありがたいんだ。君が人にはすぎた力を使って世界をめちゃくちゃにしないよう教えられるからね』
『なるほど……』
『正しく力を使えるなら、君は世界をさらに発展させてくれる。僕はそう信じてるよ』
ムママトの言葉に、俺は力強く頷く。そもそも魔法を学ぶ方法に困っていたし、この提案は俺にとって得しかない。
『ってことで、今から特訓しようね!』
『い、今から!?』
学ぶとは言ったが、急なことに俺は驚いた。今日は驚きすぎてそろそろ疲れてきた……
『急なことも何も、この空間にいても君の現実での時間は経たないからね。君の前世でいう、善は急げ! さ』
ムママトのウィンクに心臓を撃ち抜かれる。美少女のウィンクとか破壊力高すぎるっ……!
『わ、わかった。よろしくお願いします!』
『おっけー。じゃあ、魔法の使い方から説明するよ!』
急に始まった授業を、俺は正座して聞く。
ムママトの説明によると、この世界でいう魔法とは、自分の身体の中にある「魔力」と呼ばれる力を用いてなんらかの事象を引き起こすものらしい。わかりやすい例でいえば、炎を出したり、風を起こしたりといったものだ。
『身体中を駆け巡っている魔力を、指先や足といった特定の場所に溜めることができるようになると、魔法を行使できる。そうやって魔力を自在に動かすことを魔力操作っていうんだけど、これは毎日練習することでよりスムーズになる』
『んん、難しい……そもそも魔力がどれか……』
俺は目を瞑って集中するが、感覚を掴めず顔をしかめた。
『血液の流れをイメージするとわかりやすいかも~』
ムママトに言われた通り血液の流れをイメージすると、じんわりと温かいものが身体中を巡っていることに気付く。
『お、早いね~。そしたらそれを、そうだね、とりあえず両足に溜めてみて』
『た、たぶんできたかな』
『で、そのままジャーンプ!』
『え、え? ジャンプ? ってうわぁ!』
戸惑いながらジャンプをしようとすると、次の瞬間、俺の身体は空中に浮かんでいた。
『おーできたね。ほら、そのまま足に魔力を込めて下りないと怪我するよ~』
『え、ちょ、ま、待っ、あぁぁぁぁぁぁあ!』
急激に襲ってきた落下の感覚に、俺はぎゅっと目を瞑った。が、足に魔力を込めることは忘れない。ここで死にたくない!
ズドーン!
『ゲホッゲホッ』
『あー派手にやったね。まぁ最初なんてこんなもんだよね』
ムママトの言葉を聞いてあたりを見回すと、俺はしっかり着地していた。だが、足に魔力を込めすぎていたのか、地面を陥没させていた。周囲には土埃が舞い、美しい草原は見る影もない。
『ご、ごめん……』
『あぁ、大丈夫大丈夫、ほいっ』
ムママトの住処を壊してしまい冷や汗が噴き出すが、彼女はなんとも思ってない様子で両手を広げてかけ声をかけた。すると、瞬く間に全てが元通りになった。
あまりの光景に絶句する俺に、ムママトが笑って言う。
『ここはどんなに壊そうともすぐに元に戻せるから気にしなくていいよ~』
『あ、あぁ、わかった』
神様ってほんとにデタラメな力を持ってるんだな……それを改めて認識した。
『さっきは魔力を込めすぎていたから次は……』
ムママトは気にせず言葉を継いだ。
その後も俺への魔法の授業は長い間続いた。
最初に教わった魔力操作。俺が草原を破壊した時に使っていた魔法――身体強化魔法。八つの属性魔法――水、火、風、土、雷、氷、光、闇――のそれぞれ初級、中級、上級、最上級。セラフィの加護を授かったために使えるらしい創造魔法。生物、無生物問わず時間を止めて保存できるアイテムボックス。様々な種類の武器の使い方。その他加護によってできることは一通り教わった。
どれもすぐに習得できたが、いかんせん学ぶことが多く、全てを学び終える頃には草原で過ごした時間は計り知れないほど長くなっていた。
『さて、これで君に大体の加護の使い方は教えた。だから、最終試験だ』
『試験?』
俺が聞き返すと、ムママトは頷く。
『ああ。僕と戦って勝つことができたら、僕の加護を授けよう』
『ムママトに勝つなんて……できないよ』
授業を受けている間、彼女の能力の高さに何度も驚かされた。自分が授けたわけでもない加護によって使える力を熟知していて、武器もたいていのものは扱える。一体なぜそんなことができるのか聞くと「精霊神だからね! 精霊は奇跡を司る。その神ともなればこれくらい当たり前さ!」と返された。
釈然としないが、まぁ本人が言うからそうなんだろう。そんなムママトと戦って勝つなんてできるとは思えなかった。
そんな心の内を読み取ったのか、ムママトが笑って言う。
『まぁまぁ、そもそもいくら大量に加護を授けられていると言っても三歳の人の子が神に勝てるわけがないよ。当たり前だけどハンデがある』
『ハンデ?』
『僕は、魔法も何も使わないよ。ただこうやって飛んで君の攻撃をかわす。君は持てる力全て使って、僕の首筋に剣を突きつけることができれば勝ちだ』
かなりのハンデだ。正直それでも勝てる気がしないが、俺は腹を括って頷く。
『わかった』
『お、やる気が出たようだね』
『加護欲しいからね』
『ふふっ、じゃあ、始め!』
『え、は、早いって!』
急な開始の合図に混乱しながらも、俺はムママトの後を追って宙に浮かび上がる。風属性魔法と〈身体強化〉の応用である。
『食らえ!』
『そんな魔法じゃ当たらないよっ』
水属性の初級魔法の〈水球〉を難なく避けられる。
身軽なムママトの動きを一瞬止めることすらできなかった。だが、ここで挫けるわけにはいかないっ……!
俺は大量の〈水球〉を発生させて一気に投げつけた。それらはムママトに四方八方から襲いかかり、動きを鈍くさせる。
『〈雷撃〉!』
さらに上から雷を降らせるが――
『ハハッ、いいね! そうこなくっちゃ!』
ムママトは笑みを浮かべて器用に避ける。だが、明らかに最初より速度が落ちていた。その間に、俺は彼女のすぐ近くまで追いつく。
『これでどう、だっ!』
闇属性の初級魔法〈魔力刀〉を至近距離から投げつけた。
『甘いね』
『っ!?』
気が付けばムママトは俺の真後ろにいた。これがもし試験じゃなくて本当に敵と戦っていたら……と思うと背筋がゾワッとする。
そこから俺は、ところ構わず魔法を撃つ戦法に変える。
『おー豪快だね! でも確かに効果的……!』
魔法を乱発することでムママトの行動範囲を狭めていく。そして――
『はぁはぁはぁ』
『お見事』
俺はアイテムボックスから取り出した、ムママトからもらった剣を彼女の首元に突きつけていた。
『や、やった……』
『まさかほんとに僕に勝つなんてね』
ムママトが上機嫌に言った。俺は草原に倒れこみながら彼女にジト目を向ける。
『僕が勝てると思ってなかったの?』
『まぁね、これでも僕は神だからね! だから、勝てなくても加護は授けるつもりだったよ。まぁ、勝ってくれたからよかったけど』
ムママトの飄々とした態度にため息をつく。まぁ、俺も勉強になったからいっか……
『じゃあ、お待ちかねの加護を授けよう!』
その言葉に、俺はへとへとになった身体を無理やり起こす。
『ほいっ』
ムママトの独特なかけ声と共に、身体が熱くなる。今まで感じたことのない感覚だ。
その後すぐにムママトが告げる。
『はい、これで完了』
『あ、ありがとう』
『あとで鏡を見るといい。右の瞳の色が変わってるから』
その言葉に、俺は驚きの声を上げる。
『え!?』
『魔眼を授けたんだ。魔眼は魔力を流すことで自分、他人問わず能力を示すステータスや、物体の詳細が見えるようになる。〈鑑定〉という能力だね。あとは、魔力を見ることができてその属性もわかるし、その魔力を吸収することもできるよ。それに精霊を視認できる』
『す、すごい……』
『現実に戻ったら確認するといい。あと、君のために精霊を一人遣わした。向こうで会えるだろう』
怒涛の勢いで説明されて頭が混乱する。というか、瞳の色が変わったってなんなんだ。
その心配を読み取ったムママトが答える。
『瞳の色が変わったのは魔眼になったからだ。何か身体に影響を及ぼすわけでもないし、気にしなくて大丈夫だよ』
『わかった』
『じゃあ、そろそろお別れだ』
長い時間一緒にいたことでムママトを大好きになっていた俺は、寂しい気持ちになる。だが、その感情を押し殺し笑みを浮かべて礼を言う。
『何から何までありがとう!』
『あぁ、力の使い方を間違えてはいけないよ。また会おう』
ムママトも少し寂しげな笑みを浮かべていたが、お互いそれには触れない。
彼女の言葉と共に、俺の意識は沈んでいった。
そんな風に、三歳になってからかなり充実した日々を過ごしていたある夜のこと。俺は奇妙な夢を見ていた。杖を持って真っ白なあごひげを生やしたお爺さんが、俺をじっと見つめてくるのだ。
『夢じゃあないぞ』
急に声が聞こえてきた。低くて渋い穏やかな声。さっきまで少し離れたところにいたお爺さんが、すぐ目の前にいた。
『いや、夢といえば夢なのじゃが、お主の意識をわしの空間に引っ張ってきただけなのじゃ。つまり一応現実なのじゃよ』
なんだかよくわからない説明をするお爺さん。俺は予想を口にする。
『えーっと、つまり神様、ですか?』
『その通り』
セラフィの時と状況がちょっと似ていたから、なんとなく想像はできた。
しかし、ここは真っ白な空間ではなく、日本の和室のような場所だった。
『お主がセラフィ様と会ったのは世界と世界の狭間じゃよ。ここは、わしの空間。わしはお主がいた世界の畳というものが大好きなのじゃ!』
やはり心の声が聞こえているらしい。やっぱり神様なのか。畳好きの神様……なんというか、見た目から受ける印象通りだ。セラフィは創造神だったが、彼はなんの神様なのだろうか?
俺の心の声にお爺さ……神様はわざわざ答えてくれた。
『わしはグゥム。魔法神じゃ』
魔法神……魔法を司る神様ということだよな。
『魔法神様だったのですね……その、なぜ、畳が好きなのですか?』
『匂いがいいのじゃよ! 畳独特の匂い! フローリングにはない味わいじゃの!』
『そ、そうなのですね』
めっちゃ畳愛が強い! 前世で友人にアイドルオタクがいたが、そいつが推しを語る時くらいの勢いがあった。すると、魔法神様は穏やかな笑みを消して俺を見つめた。
も、もしかして気に障ったか⁉ それなら謝らないと……
『気にすることはない。いや、面白いと思ったのじゃよ』
『面白い、ですか?』
『そうじゃよ。普通……』
そこで言葉を区切ると、魔法神様はゴクリと唾を呑み込んだ。そして……
『神をアイドルオタクにたとえる人間なんぞいないからの!』
大笑いし始めた。な、なんかツボにはまったっぽい?
『フォッフォッフォ! あー愉快じゃ! ゲホッゲホッ』
って、むせてるし!
『だ、大丈夫ですか!?』
俺は慌てて魔法神様の背中をさする。そうしていると段々落ち着いてきたようで、咳は治まってきた。
『はぁ、ありがとう。危うく窒息死するところじゃった』
神様に死の概念ってあるのか⁉ な、なかなか人間味が強いな……
『そんなわけないじゃろう。たとえ話じゃ』
……たとえ話だったのか。物騒だなっ!
『フォッフォッフォ。まあ、お主にはわしの加護を与えようぞ。久しぶりに人の子を気に入ってしもうた……』
よっしゃ! なんかよくわかんないけど加護もらえた。魔法神ってことは魔法に関する加護だよな。魔法は楽しみだったから嬉しい。
『ほぉ、魔法が好きなのじゃな。それだったら、魔法の練習を始めると良い。ちと早いが加護を授けたし問題ないじゃろう。少し練習すれば魔法を使えるようになるじゃろうよ』
『ほんとですか⁉ 教えてくださりありがとうございます! 練習してみます』
やったー! これで俺も魔法が使えるようになる……!
魔法神様はつけ加える。
『あと、わしのことはグゥムで構わん。セラフィ様のことも呼び捨てで呼んでおるのじゃろう? それならわしも呼び捨てで構わんよ。口調も崩して良い』
『わ、わかった。加護ありがとう、グゥム』
この世界の神様は皆フレンドリーすぎると思うが、俺としてはありがたい。
と、その時、だんだん視界がかすみ始めた。グゥムが告げる。
『そろそろ時間じゃの。魔法をしっかり練習するのじゃよ。あと、これから他の神もお主のもとを訪れるじゃろう。わしと同じように接すれば大丈夫なはずじゃから、あまり緊張しなくて良いぞ』
えっ、ちょっと待って。他の神様も来るの? 緊張しなくていいって言われても、緊張せざるをえないから! 別れ際に衝撃の事実が判明し、思わず心の中で叫んでしまう。
『フォッフォッフォ。頑張るのじゃよ。それではの』
その直後、俺の視界は暗転した。
翌朝――
「あー、寝た気がしないよ……それに他の神様も来るって……」
寝ている間にグゥムと話したことはしっかり覚えていて、あまりの出来事に俺は頭を抱えたのだった。
第二話 精霊神
グゥムと話したあの日以来、俺のもとにはたくさんの神様がやってきた。
獣神フェイル、剣神ソルディード、時空神ミューレ……その他にも大勢。
どの神様も俺のことを気に入ってくれたようで、加護をもらった。恐れ多いが嬉しいものだ。
しかし、一つ問題があった。それは、魔法を練習する方法だった。
この世界では、五歳にならないと魔法の勉強は始めないらしい。幼い子供に魔法を教えると使い方を誤り、自分や他人を傷つける恐れがあるからだ。
だから、いくら父上や母上に頼んでも、魔法について書かれた本、『魔法書』を見せてもらえない。
どうしようかと考えていたある夜のことだった。
『あれ、ここは……』
見渡す限り草、草、草。俺はなぜか草原に一人立っていた。
『やっはろー!』
『うわぁ!』
急に目の前に現れたのは翼をはためかせて、白い衣を身につけたショートカットの女性。宙に浮いていて、その姿は幻想的だ。彼女は手を広げて言う。
『僕の住処へようこそ!』
僕っ娘だ!
男なら誰もが憧れるであろう僕っ娘に、俺はテンションが上がる。美しい見た目とパワフルな様子が彼女独特の魅力を醸し出していた。
彼女の見た目とこの状況で、俺はなんとなく彼女の正体に気付いた。
『さて、もう予想がついているみたいだけど、僕は神の一柱。精霊神ムママトとは僕のことさ! ムママトと呼んでくれ』
やっぱり神でした。神様なら心の中も読めるはずだ。さっき俺が僕っ娘でテンションが上がっていたのもわかっているのだろう。恥ずかしさで顔が赤くなる。
だがなんでだろう? いつも神様相手だと緊張するんだけど、僕という一人称とフレンドリーな様子のせいか全然緊張しない。
すると僕の心の声が聞こえたのか、ムママトはやばっ、という顔をする。
『僕が姿を見せることなんてほとんどないんだからね! 崇め奉れ~』
催眠をかけるように手をゆらゆらさせる。俺は思わず笑ってしまった。
『んな!? なんで効かないの!?』
『えっ?』
ムママトの言葉に、俺は首を傾げた。
どうやら本当に何かをかけられていたらしい。だが、特に何も感じなかった。
ムママトが僕にグッと顔を近づけてくる。あまりの勢いに俺は思わず仰け反った。
『君……あぁ、セラフィの加護のおかげか……って加護多すぎないか!?』
急な大声にビクッとする。でも、まぁたくさん神様に会ってるしね……皆から加護をもらったからそりゃ多い。
ムママトは顔を引きつらせて言う。
『君……こんなに加護を持ってる時点で人間やめたようなものだけど大丈夫?』
『えっ!?』
神様にそんなことを言われると思ってなかった……そもそも「はい、あげる」とお年玉的な雰囲気で加護をくれる神様が多すぎて、この世界で加護がどういうものなのかちゃんとわかっていない。
『うーん、これは僕たち神の責任かな。こんなに加護を与えられていたら、正直今の状態でも人相手に負けることはないと思うよ』
『そこまで!?』
『うん。訓練次第で神にすら勝てるようになるだろうね』
おっふ……神様何やってくれてるんだ。
俺はあまりのことに気が抜けてヘタリ込む。その時、体に当たる草の感覚で自分が草原にいることを思い出し、ムママトに尋ねる。
『そういえば、ここはどこなの?』
『ここは僕の空間さ。他の神に会った時にもそれぞれの空間に連れていかれただろう?』
『うん』
『それが僕の場合は草原なのさ。僕たち精霊は自然を好むからね』
『そうなのか。いいところだね』
『でしょでしょ~』
褒められて嬉しそうにしてる彼女を見ると、やっぱり微笑ましい。他の神様もそうだけど、どうしてこうも皆神様らしくないんだろうか。いや、確かに皆見た目は神様っぽいんだけどさ……
俺の心を読んだムママトが言う。
『まぁ、僕たちは自由気ままに生きてるからね~。もちろん神としての仕事もあるけど、それだって僕たちの力を以てすれば簡単にできてしまう。この世界はすでにある程度完成されていて、僕たち神が介入する必要はそこまでないのさ』
『だから、皆フレンドリーなのか』
『まぁ、それもあるし、純粋に皆君を気に入ったんだろうね。神にも物怖じしない態度、思ったことがすぐ顔に出る純粋さは見ていて面白いのさ』
『……なんか複雑』
物怖じしないわけじゃないよ! ただ、気さくな神様の様子を見てると緊張がすぐに吹っ飛ぶだけで!
『はははっ! 君面白いね~、これは気に入られるのも納得だね』
爆笑するムママトは、やはり神っぽくない。いたずら好きの女の子って感じだ。
『あぁ、そうそう、さっきかけようとしたのは僕を恐れ敬う気持ちになる魔法だよ』
『え、なんでそんな魔法を?』
『僕さ、なぜか他の神から「お前は神としての自覚が足りない。神の威信を貶めるようなことはするな」って言われちゃうんだよね。だから、君が僕を恐れ敬うようにすれば神の威信を保てるかなって思ったんだけど……ダメだったね』
うん、とってもわかる気がする。確かにこの様子で人の前に姿を現したら神だと思ってもらえないだろうな。
マインドコントロールみたいな魔法をかけられそうになったことに怒りが湧きそうになるが、「てへっ」と笑うムママトを見たらその気も失せた。
可愛い子には何されても気にならないって本当なんだな。
『も、もうっ、可愛いとか言わない! 恥ずかしいから!』
頬を赤くして言う彼女に、俺は笑みを浮かべる。はぁ……眼福だ。
『ほ、本題に入るよ!』
ムママトがこほん、と咳払いをする。頬はまだ赤いが、真剣な表情になった。
『さて、君をここに呼んだのは、神の間で噂されてる転生者を一目見たかったっていうのと、君に加護を授けようと思ったからなんだけど……加護に関しては正直迷っている』
『すでにたくさん持ってるから?』
『そう、さすがにこれ以上加護を授けると人では持ち得ない力を持つことになっちゃうからね。それは君のためにならないんじゃないかなって』
『そう、だよね……』
彼女の言う通りだ。すぎた力は破滅をもたらす。精霊神様の加護なんてファンタジーっぽくてすごくワクワクするが、破滅エンドだけは迎えたくないしな。
そんな俺の心の声にムママトがクスクス笑う。
『しょうがないな~、選択肢をあげよう』
『選択肢?』
『そう、君がどうしても加護が欲しいみたいだからね! ……あと気に入った子には僕の印をつけとかないと。なんで会うの最後になっちゃってるんだ……』
ムママトは最後にぼそっと付け加えたが、そこだけ聞き取れなかった。
『何か言った?』
『ううん、なんでもない!』
『そっか。それで、選択肢って?』
俺が尋ねると、ムママトは人差し指を立てて答える。
『一つ目は今言ったように加護を授けない』
『うんうん』
『二つ目は、僕に力の使い方を学ぶ』
『……え? いいの!?』
まさかの選択肢に驚く。神様直々に力の使い方を教えてくれるなんて嬉しいに決まってる!
俺の様子に彼女は苦笑する。
『その様子だと僕に力の使い方を学ぶで決まりのようだね。いいも何も、正直僕からしたらありがたいんだ。君が人にはすぎた力を使って世界をめちゃくちゃにしないよう教えられるからね』
『なるほど……』
『正しく力を使えるなら、君は世界をさらに発展させてくれる。僕はそう信じてるよ』
ムママトの言葉に、俺は力強く頷く。そもそも魔法を学ぶ方法に困っていたし、この提案は俺にとって得しかない。
『ってことで、今から特訓しようね!』
『い、今から!?』
学ぶとは言ったが、急なことに俺は驚いた。今日は驚きすぎてそろそろ疲れてきた……
『急なことも何も、この空間にいても君の現実での時間は経たないからね。君の前世でいう、善は急げ! さ』
ムママトのウィンクに心臓を撃ち抜かれる。美少女のウィンクとか破壊力高すぎるっ……!
『わ、わかった。よろしくお願いします!』
『おっけー。じゃあ、魔法の使い方から説明するよ!』
急に始まった授業を、俺は正座して聞く。
ムママトの説明によると、この世界でいう魔法とは、自分の身体の中にある「魔力」と呼ばれる力を用いてなんらかの事象を引き起こすものらしい。わかりやすい例でいえば、炎を出したり、風を起こしたりといったものだ。
『身体中を駆け巡っている魔力を、指先や足といった特定の場所に溜めることができるようになると、魔法を行使できる。そうやって魔力を自在に動かすことを魔力操作っていうんだけど、これは毎日練習することでよりスムーズになる』
『んん、難しい……そもそも魔力がどれか……』
俺は目を瞑って集中するが、感覚を掴めず顔をしかめた。
『血液の流れをイメージするとわかりやすいかも~』
ムママトに言われた通り血液の流れをイメージすると、じんわりと温かいものが身体中を巡っていることに気付く。
『お、早いね~。そしたらそれを、そうだね、とりあえず両足に溜めてみて』
『た、たぶんできたかな』
『で、そのままジャーンプ!』
『え、え? ジャンプ? ってうわぁ!』
戸惑いながらジャンプをしようとすると、次の瞬間、俺の身体は空中に浮かんでいた。
『おーできたね。ほら、そのまま足に魔力を込めて下りないと怪我するよ~』
『え、ちょ、ま、待っ、あぁぁぁぁぁぁあ!』
急激に襲ってきた落下の感覚に、俺はぎゅっと目を瞑った。が、足に魔力を込めることは忘れない。ここで死にたくない!
ズドーン!
『ゲホッゲホッ』
『あー派手にやったね。まぁ最初なんてこんなもんだよね』
ムママトの言葉を聞いてあたりを見回すと、俺はしっかり着地していた。だが、足に魔力を込めすぎていたのか、地面を陥没させていた。周囲には土埃が舞い、美しい草原は見る影もない。
『ご、ごめん……』
『あぁ、大丈夫大丈夫、ほいっ』
ムママトの住処を壊してしまい冷や汗が噴き出すが、彼女はなんとも思ってない様子で両手を広げてかけ声をかけた。すると、瞬く間に全てが元通りになった。
あまりの光景に絶句する俺に、ムママトが笑って言う。
『ここはどんなに壊そうともすぐに元に戻せるから気にしなくていいよ~』
『あ、あぁ、わかった』
神様ってほんとにデタラメな力を持ってるんだな……それを改めて認識した。
『さっきは魔力を込めすぎていたから次は……』
ムママトは気にせず言葉を継いだ。
その後も俺への魔法の授業は長い間続いた。
最初に教わった魔力操作。俺が草原を破壊した時に使っていた魔法――身体強化魔法。八つの属性魔法――水、火、風、土、雷、氷、光、闇――のそれぞれ初級、中級、上級、最上級。セラフィの加護を授かったために使えるらしい創造魔法。生物、無生物問わず時間を止めて保存できるアイテムボックス。様々な種類の武器の使い方。その他加護によってできることは一通り教わった。
どれもすぐに習得できたが、いかんせん学ぶことが多く、全てを学び終える頃には草原で過ごした時間は計り知れないほど長くなっていた。
『さて、これで君に大体の加護の使い方は教えた。だから、最終試験だ』
『試験?』
俺が聞き返すと、ムママトは頷く。
『ああ。僕と戦って勝つことができたら、僕の加護を授けよう』
『ムママトに勝つなんて……できないよ』
授業を受けている間、彼女の能力の高さに何度も驚かされた。自分が授けたわけでもない加護によって使える力を熟知していて、武器もたいていのものは扱える。一体なぜそんなことができるのか聞くと「精霊神だからね! 精霊は奇跡を司る。その神ともなればこれくらい当たり前さ!」と返された。
釈然としないが、まぁ本人が言うからそうなんだろう。そんなムママトと戦って勝つなんてできるとは思えなかった。
そんな心の内を読み取ったのか、ムママトが笑って言う。
『まぁまぁ、そもそもいくら大量に加護を授けられていると言っても三歳の人の子が神に勝てるわけがないよ。当たり前だけどハンデがある』
『ハンデ?』
『僕は、魔法も何も使わないよ。ただこうやって飛んで君の攻撃をかわす。君は持てる力全て使って、僕の首筋に剣を突きつけることができれば勝ちだ』
かなりのハンデだ。正直それでも勝てる気がしないが、俺は腹を括って頷く。
『わかった』
『お、やる気が出たようだね』
『加護欲しいからね』
『ふふっ、じゃあ、始め!』
『え、は、早いって!』
急な開始の合図に混乱しながらも、俺はムママトの後を追って宙に浮かび上がる。風属性魔法と〈身体強化〉の応用である。
『食らえ!』
『そんな魔法じゃ当たらないよっ』
水属性の初級魔法の〈水球〉を難なく避けられる。
身軽なムママトの動きを一瞬止めることすらできなかった。だが、ここで挫けるわけにはいかないっ……!
俺は大量の〈水球〉を発生させて一気に投げつけた。それらはムママトに四方八方から襲いかかり、動きを鈍くさせる。
『〈雷撃〉!』
さらに上から雷を降らせるが――
『ハハッ、いいね! そうこなくっちゃ!』
ムママトは笑みを浮かべて器用に避ける。だが、明らかに最初より速度が落ちていた。その間に、俺は彼女のすぐ近くまで追いつく。
『これでどう、だっ!』
闇属性の初級魔法〈魔力刀〉を至近距離から投げつけた。
『甘いね』
『っ!?』
気が付けばムママトは俺の真後ろにいた。これがもし試験じゃなくて本当に敵と戦っていたら……と思うと背筋がゾワッとする。
そこから俺は、ところ構わず魔法を撃つ戦法に変える。
『おー豪快だね! でも確かに効果的……!』
魔法を乱発することでムママトの行動範囲を狭めていく。そして――
『はぁはぁはぁ』
『お見事』
俺はアイテムボックスから取り出した、ムママトからもらった剣を彼女の首元に突きつけていた。
『や、やった……』
『まさかほんとに僕に勝つなんてね』
ムママトが上機嫌に言った。俺は草原に倒れこみながら彼女にジト目を向ける。
『僕が勝てると思ってなかったの?』
『まぁね、これでも僕は神だからね! だから、勝てなくても加護は授けるつもりだったよ。まぁ、勝ってくれたからよかったけど』
ムママトの飄々とした態度にため息をつく。まぁ、俺も勉強になったからいっか……
『じゃあ、お待ちかねの加護を授けよう!』
その言葉に、俺はへとへとになった身体を無理やり起こす。
『ほいっ』
ムママトの独特なかけ声と共に、身体が熱くなる。今まで感じたことのない感覚だ。
その後すぐにムママトが告げる。
『はい、これで完了』
『あ、ありがとう』
『あとで鏡を見るといい。右の瞳の色が変わってるから』
その言葉に、俺は驚きの声を上げる。
『え!?』
『魔眼を授けたんだ。魔眼は魔力を流すことで自分、他人問わず能力を示すステータスや、物体の詳細が見えるようになる。〈鑑定〉という能力だね。あとは、魔力を見ることができてその属性もわかるし、その魔力を吸収することもできるよ。それに精霊を視認できる』
『す、すごい……』
『現実に戻ったら確認するといい。あと、君のために精霊を一人遣わした。向こうで会えるだろう』
怒涛の勢いで説明されて頭が混乱する。というか、瞳の色が変わったってなんなんだ。
その心配を読み取ったムママトが答える。
『瞳の色が変わったのは魔眼になったからだ。何か身体に影響を及ぼすわけでもないし、気にしなくて大丈夫だよ』
『わかった』
『じゃあ、そろそろお別れだ』
長い時間一緒にいたことでムママトを大好きになっていた俺は、寂しい気持ちになる。だが、その感情を押し殺し笑みを浮かべて礼を言う。
『何から何までありがとう!』
『あぁ、力の使い方を間違えてはいけないよ。また会おう』
ムママトも少し寂しげな笑みを浮かべていたが、お互いそれには触れない。
彼女の言葉と共に、俺の意識は沈んでいった。
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