【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香

文字の大きさ
1 / 8

1. 追放

しおりを挟む
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」

 その言葉に、私の目の前は真っ暗になった。

 ーーとうとうこの時がきてしまったのね。

 そんな思いを抱く。事実上の国外追放であることは疑うべくもない。この使節団は実質、敗戦したわが国ーーヘルディール王国が帝国に差し出す人質だからだ。

「これでやっとあの女がこの国からいなくなるのか」
「ここ数年この国を見舞った災いはあの女のせいという噂ですから、当然と言えば当然ですわね」
「あの白髪に青い瞳……不吉以外の何物でもない」
「陛下も寛大ですこと。忌み子には甘すぎる処置ではありませんこと?」
「忌み子と言えど公爵令嬢、これくらいが限界なのだろう」

 耳に入って来る私に向けられた悪口の数々。それは物心ついた時には既に向けられていたもので、もう慣れっこだった。

 傷つきはしない。ただ、自分が「忌み子」であることを強く実感するだけ。

 不躾な、いっそ心地いいくらいの拒絶ーー憎悪といってもいいーーの視線を突きつけられる。
 私はそれでも、最後の意地でーーいや、身についた習慣というだけなのかもしれないがーードレスの裾を持って優雅にカーテシーをする。

 ここで泣き崩れたりすれば、それこそいい見世物になってしまうだろうから。

「身に余る光栄です。精一杯いただいたお役目を果たしてまいります」
「あぁ、頼んだぞ」

 王座からこちらを見る国王は清々しいまでの笑みを浮かべている。厄介払いができた、そう思っているのは一目瞭然だった。

「準備がありますので、私はこれで失礼いたします」
「ああ、許可する。詳しくは公爵から話を聞くがよい」
「かしこまりました」

 本当は最後までこのパーティーにいたかった。向けられた悪意に負けない姿勢を見せたかった。でも、もう限界みたい。

 力の入らない足をなんとか動かして大広間から出ると、待っていた馬車に乗り込んだ。



 ~~~~~~~~~~~~~



 私は白髪と青い瞳を持って生まれた。ヘルディール王国ではそのような容姿の女性を「忌み子」という。国に害をもたらす存在とされていた。

 実際、ここ数年この国は多くの国難に見舞われており、それらは全て私のせい。そう言われていた。
 
 忌み子は生まれてすぐに殺されたり、なんとか大人まで生きても投獄されたり処刑されたりと、不幸な運命をたどる者が多い。

 その中で私はまだ恵まれた方だったと言える。公爵令嬢として生まれ、現国王の妹であるお母様が必死に嘆願したために殺されなかったし、15歳の今日ここまで生活できていた。

 しかし、そんなお母様も物心つく前に亡くなり、私を守ってくれる人はいなかった。お兄様もお父様も私を無視し、使用人ですら恐怖や憎悪、嘲りといった目で私を見る。

 これ以上家の名を貶めないために厳しく躾けられたから礼儀作法や勉学は人一倍できるが、それだって幼い頃からできなければ叩かれたために必死に覚えたことだった。
 
「ただいま帰りました」

 家に着くと早々にお父様の書斎に呼ばれた。中に入り声をかけるが一向に声が返って来る様子はない。

 ーー当たり前よね。お父様は私のことが嫌いなのだから。

 内心で自嘲する。「忌み子」として生まれてきた自分に、お父様が微笑んでくれたことはない。むしろ、お前のせいで私の立場は悪くなった、と罵倒されるくらいだ。

 きっと今回の使節団同行も、お父様が提案したことだろう。

「使節団の話は聞いたか?」
「はい」
「お前は第三王子殿下の世話役として行く。家の名を貶める真似だけはするなよ」
「はい」
「出発は一週間後だ。それまでに荷物をまとめておけ」
「かしこまりました」

 機械的に返事をすると、お父様はもう興味がなくなったかのように書類に目を落とす。私は静かに自分の部屋に戻った。

 屋根裏にある自分の部屋は物が少なくて小ぢんまりしている。身に付けるものだけは豪華なものだが、それ以外の持ち物は少ない。

 その部屋に入った瞬間、私は床に崩れ落ちた。
 
 ーーなんで忌み子として生まれてきてしまったのだろう。
 
 そんな問いが頭の中をぐるぐると駆け巡る。帝国で人質として暮らす生活が幸せなものであるはずがない。忌み子として生まれてしまった現実に絶望しそうになる。

 でも、死ねない。私を必死に守ってくれた母のために、どんなに死にたくても死ぬわけにはいかなかった。

「なぜ、神様は忌み子なんてものを生み出したの?」

 そんなどうしようもない問いがこぼれた。

 前世で悪いことでもしたのだろうか? それともただの偶然? 私という存在は生まれてきてはいけなかった?

 考えれば考えるほど、自分の存在意義がわからなくなる。
 
 あぁーー

「答えなんてないのね」

 無自覚に漏れた呟きは、胸の中にストンと落ちた。
 ふらりと立ち上がるとベッドに倒れこむ。枕に顔を埋めて嗚咽を押し殺した。

 その夜は一晩中泣いて、泣いて、泣き明かした。




 

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

【完結】「お前に聖女の資格はない!」→じゃあ隣国で王妃になりますね

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【全7話完結保証!】 聖王国の誇り高き聖女リリエルは、突如として婚約者であるルヴェール王国のルシアン王子から「偽聖女」の烙印を押され追放されてしまう。傷つきながらも母国へ帰ろうとするが、運命のいたずらで隣国エストレア新王国の策士と名高いエリオット王子と出会う。 「僕が君を守る代わりに、その力で僕を助けてほしい」 甘く微笑む彼に導かれ、戸惑いながらも新しい人生を歩み始めたリリエル。けれど、彼女を追い詰めた隣国の陰謀が再び迫り――!? 追放された聖女と策略家の王子が織りなす、甘く切ない逆転ロマンス・ファンタジー。

婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~

岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。 「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」 開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。

義妹に夢中になった王子に捨てられたので、私はこの宝を持ってお城から去る事にします。

coco
恋愛
私より義妹に夢中になった王子。 私とあなたは、昔から結ばれる事が決まっていた仲だったのに…。 私は宝を持って、城を去る事にした─。

【完結】義母が来てからの虐げられた生活から抜け出したいけれど…

まりぃべる
恋愛
私はエミーリエ。 お母様が四歳の頃に亡くなって、それまでは幸せでしたのに、人生が酷くつまらなくなりました。 なぜって? お母様が亡くなってすぐに、お父様は再婚したのです。それは仕方のないことと分かります。けれど、義理の母や妹が、私に事ある毎に嫌味を言いにくるのですもの。 どんな方法でもいいから、こんな生活から抜け出したいと思うのですが、どうすればいいのか分かりません。 でも…。 ☆★ 全16話です。 書き終わっておりますので、随時更新していきます。 読んで下さると嬉しいです。

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

聖女は神の力を借りて病を治しますので、神の教えに背いた病でいまさら泣きついてきても、私は知りませんから!

甘い秋空
恋愛
神の教えに背いた病が広まり始めている中、私は聖女から外され、婚約も破棄されました。 唯一の理解者である王妃の指示によって、幽閉生活に入りましたが、そこには……

訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?

naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。 私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。 しかし、イレギュラーが起きた。 何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。

処理中です...