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序章
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ネーデルラント・アムステルダムにあるVOC(オランダ東インド会社)本社。
その役員室で、来たる決算に向けて、タイ・アユタヤから戻ってきた報告員から十七人会への報告が行われていた。
「香料諸島の東でございますが、中国では拠点を見つけられないままの状態が続いております」
報告員の説明に重役達は地図を眺めて、ある者は思索にふけり、ある者はタバコをふかしながら唸っている。
「ポルトガルは拠点地を確保しているはずだな」
「はい。マカオにございます」
「ポルトガルが保有できているのなら、我々が不可能ということはないだろう。何とか、突破口を切り開きたいものだ」
「はい。中国の東部にそれなりの大きさの島がありまして、現地人はタイワンと呼んでいるのですが、ここを足掛かりにできないかと思索しております。ここはスペインもポルトガルも支配の意欲を示していますが、我々が先に支配することができるよう最善の手をもって進んでおります」
「よろしい。是非ともそうあってほしいものだ。更に北に行けば、ジパング…日本という国があったな。この地についてはどうなっている?」
「はい。日本の状況について説明いたします。ここ数年は大貴族である徳川家康に、イングランド人のウィリアム・アダムスらが信任されたことから、イングランドとともに交渉をしておりました。それらについては既に従前から手紙などを送っているかと思いますが」
「うむ、実際、これらについての支援の承認を出していただろう」
役員が報告書の山を指さした。
「はい。ただ、この後厄介な事態が生じまして。実は、徳川家康は九分九厘まで日本を制圧したのですが、最後の戦いで戦死しまして、勢力を減退させてしまったのでございます」
「何だと?」
「これは現地アユタヤの方でも読み切れない事態でございまして、まさか、最後の最後でこのような形になるとは……」
「それでは日本での商売の行方はどうなるのだ!? まさかと思うがポルトガルやスペインに独占されるということはないだろうな?」
役員は思わず身を乗り出して机を大きく叩いた。その豪快な音に報告員が一瞬首を縮める。
「それはございません。大坂で勝った豊臣家は徳川家康以上にスペイン・ポルトガルを警戒しておりまして、以前は宣教師の追放令も出したほどです。彼らがスペインやポルトガルと今更交渉することはないでしょう。ただ、状況が一旦後退してしまいましたので、迂闊に手を出すと我々に対しても追放令を出されかねないのも事実。しばらくは通商の準備をしておいて、交渉の窓口が出来次第、イングランドとともに再度通商交渉を行いたいと考えております」
役員が浮かせた腰を鎮める。
「イングランドと並行する立場というのも気にかかるな。スペインやポルトガルよりはマシだが、何とか独占できないものかな」
この時代、ネーデルラントはスペインからの独立戦争(八十年戦争)のさなかであった。そのため、スペインやポルトガルといったカトリック教国に対しては強い警戒心を有しており、東アジアの地でも私掠活動など敵対行動を見せていた。VOCにとってもっとも遅れを取ってはならない相手がスペインとポルトガルである。
それと比べればイングランドは新教国であるので敵対心はやや低い。とはいえ、各地で衝突も行っているし、完全に心許せる相手ではない。そもそも、欧州において全面的に信用できる国家は存在しない。
役員の言葉に、報告員がニッと笑う。
「はい。現時点では並行しているわけですが、いずれは我々が勝てるものと考えております」
「ほう? その根拠はどこにある?」
「日本人は大変自尊心の強い者達でございます。イングランド人の不遜な態度では彼らに嫌われることは間違いございません。その点、我らは商売のためには多少の妥協や屈服も必要であることを心得ております。どちらが勝つかは自明の理でございます」
「なるほど。それなら、時機が熟するのを待つしかないか。十年後までに何とかなるかな」
「いえいえ、そこまで待つ必要はないと思います。日本人は自尊心が強い一方で、非常に目ざとい人も多くおります。彼らは建前というものを大切にいたしますが、そのために利益を全て捨てるほど頭の固いわけではございません」
「なるほど。通商が完全に開けるかは別として、各々の勢力との間で私交易をする道はあるということだな」
「その通りでございます。包括的な窓口については時間がかかるでしょうが、徳川も我々を切り捨てるメリットはないですし、その他にも我々と交易をしたいという面々は多くおります。特に武器・大砲に関しましては、今後しばらく戦争が続く現状がございますのでかえって販売の道が増えると現地では期待しております」
「よかろう。では、その通り取り計らうがいい。次の報告を期待している」
役員達は大いに笑い、報告員の提出した書類に承認印を押した。
その役員室で、来たる決算に向けて、タイ・アユタヤから戻ってきた報告員から十七人会への報告が行われていた。
「香料諸島の東でございますが、中国では拠点を見つけられないままの状態が続いております」
報告員の説明に重役達は地図を眺めて、ある者は思索にふけり、ある者はタバコをふかしながら唸っている。
「ポルトガルは拠点地を確保しているはずだな」
「はい。マカオにございます」
「ポルトガルが保有できているのなら、我々が不可能ということはないだろう。何とか、突破口を切り開きたいものだ」
「はい。中国の東部にそれなりの大きさの島がありまして、現地人はタイワンと呼んでいるのですが、ここを足掛かりにできないかと思索しております。ここはスペインもポルトガルも支配の意欲を示していますが、我々が先に支配することができるよう最善の手をもって進んでおります」
「よろしい。是非ともそうあってほしいものだ。更に北に行けば、ジパング…日本という国があったな。この地についてはどうなっている?」
「はい。日本の状況について説明いたします。ここ数年は大貴族である徳川家康に、イングランド人のウィリアム・アダムスらが信任されたことから、イングランドとともに交渉をしておりました。それらについては既に従前から手紙などを送っているかと思いますが」
「うむ、実際、これらについての支援の承認を出していただろう」
役員が報告書の山を指さした。
「はい。ただ、この後厄介な事態が生じまして。実は、徳川家康は九分九厘まで日本を制圧したのですが、最後の戦いで戦死しまして、勢力を減退させてしまったのでございます」
「何だと?」
「これは現地アユタヤの方でも読み切れない事態でございまして、まさか、最後の最後でこのような形になるとは……」
「それでは日本での商売の行方はどうなるのだ!? まさかと思うがポルトガルやスペインに独占されるということはないだろうな?」
役員は思わず身を乗り出して机を大きく叩いた。その豪快な音に報告員が一瞬首を縮める。
「それはございません。大坂で勝った豊臣家は徳川家康以上にスペイン・ポルトガルを警戒しておりまして、以前は宣教師の追放令も出したほどです。彼らがスペインやポルトガルと今更交渉することはないでしょう。ただ、状況が一旦後退してしまいましたので、迂闊に手を出すと我々に対しても追放令を出されかねないのも事実。しばらくは通商の準備をしておいて、交渉の窓口が出来次第、イングランドとともに再度通商交渉を行いたいと考えております」
役員が浮かせた腰を鎮める。
「イングランドと並行する立場というのも気にかかるな。スペインやポルトガルよりはマシだが、何とか独占できないものかな」
この時代、ネーデルラントはスペインからの独立戦争(八十年戦争)のさなかであった。そのため、スペインやポルトガルといったカトリック教国に対しては強い警戒心を有しており、東アジアの地でも私掠活動など敵対行動を見せていた。VOCにとってもっとも遅れを取ってはならない相手がスペインとポルトガルである。
それと比べればイングランドは新教国であるので敵対心はやや低い。とはいえ、各地で衝突も行っているし、完全に心許せる相手ではない。そもそも、欧州において全面的に信用できる国家は存在しない。
役員の言葉に、報告員がニッと笑う。
「はい。現時点では並行しているわけですが、いずれは我々が勝てるものと考えております」
「ほう? その根拠はどこにある?」
「日本人は大変自尊心の強い者達でございます。イングランド人の不遜な態度では彼らに嫌われることは間違いございません。その点、我らは商売のためには多少の妥協や屈服も必要であることを心得ております。どちらが勝つかは自明の理でございます」
「なるほど。それなら、時機が熟するのを待つしかないか。十年後までに何とかなるかな」
「いえいえ、そこまで待つ必要はないと思います。日本人は自尊心が強い一方で、非常に目ざとい人も多くおります。彼らは建前というものを大切にいたしますが、そのために利益を全て捨てるほど頭の固いわけではございません」
「なるほど。通商が完全に開けるかは別として、各々の勢力との間で私交易をする道はあるということだな」
「その通りでございます。包括的な窓口については時間がかかるでしょうが、徳川も我々を切り捨てるメリットはないですし、その他にも我々と交易をしたいという面々は多くおります。特に武器・大砲に関しましては、今後しばらく戦争が続く現状がございますのでかえって販売の道が増えると現地では期待しております」
「よかろう。では、その通り取り計らうがいい。次の報告を期待している」
役員達は大いに笑い、報告員の提出した書類に承認印を押した。
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