戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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慶長二十一年

最上顛末

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 出羽・米沢でも最上家の風向きが変わってきたことは伝わってきていた。

「上野山義直が誅殺を恐れて、城から出てこなくなったとのことです。直に大山光隆も同じこととなるでしょう」

「瓦解してみればあっという間であったのう」

 直江兼続の進言に上杉景勝が頷く。

「後は最上義俊と山野辺義忠がどうなるかですな」

 と、評していたが、予想以上に早く結末が訪れた。翌日、兼続が再度景勝の下にやってくる。

「殿、山形よりの続報です」

「何があった?」

「はい。山野辺義忠が出奔してしまったとのこと」

「出奔? それはまた思い切ったことをしたものじゃのう。ただ、現状では切腹がまぬかれない状況であったか」

「左様でございますな。これで最上義俊や松根光広は山野辺義忠に全て押し付けることができますが…」

「それでも、改易ではないかのう」

「はい。私もそう思います」



 事実、その通りとなった。

 松根光広は山野辺義忠が出奔したことで、「主犯は山野辺義忠である」と主張し、3月、義俊を連れて江戸へとやってきた。

 井伊直孝が裁定にあたったが、最上側の言い分を聞くと烈火のごとく怒る。

「その方らは、山野辺義忠が全てを取り仕切っていたと申すが、山形城の主は誰だったのじゃ? 山野辺義忠が山形57万石を全て取り仕切っていたとでも申すのか? ならば、お主達は一体何をしておったのじゃ?」

 ここまでの怒りは予想していなかったのか、二人を含めた最上一門はひたすらひれ伏すばかりである。

「あまつさえ、途中まではあたかも我々徳川家が何かをやったようなことを申しておったというではないか。そのために公正な仲介者まで求めておきながら、一度都合が悪くなると一人に押し付けて逃げ延びてしまおうという、その心意気は我慢ならん! 本来ならその方ら全員に切腹を申しつけたいくらいであるが、最上出羽守義光殿が徳川家のために働いていたことも事実であるから、さすがにそこまではせぬ。しかし、家光様からの処置が甘いものになるなどとは期待せぬことじゃ!」

「は、ははーっ」

「明日、再度中庭に来るがよい! そこで沙汰を申しつける」

 と言って下がらせた。

 憤然として広間に戻ってきた井伊直孝を見て酒井忠勝が苦笑した。

「大分お怒りのようで」

「当然じゃ! あいつら、わしが最上家親を暗殺したようなことまで言っておったからのう。許しがたい」

「ですが、家としては残すのですな?」

「…まあ、最上義俊は幼少であるし、彼までが今回の計画に参加していたということはないだろうからのう。問題は奴らをどこに預けたものか…」

「今、安定しているのは四国、東海でございますかな」

「四国か…。しかし、豊臣秀頼にいきなり最上家のものをおしつけるわけにはいかんだろう」

「もちろん。ただ、四国の諸大名は諸大名としておりますゆえ」

「ふむ。とすると、阿波の蜂須賀と、土佐の山内にでも預けるか。あとは…。最上の領土は山形と庄内に分け、山形は上杉家に先の恩賞として与えることとする」

「庄内は?」

「おぬし、当面管理するか?」

「私が、ですか? あと、当面というのは?」

「立花殿から聞いたであろう、細川や黒田のように加増がない状態のままでいるということを。もちろん、彼らを奥州に派遣するということはないが、場合によっては領地入れ替えなどで対応することになるかもしれん」

「なるほど。場合によっては調整されてしまう領地ということですか」

「それでは不満か?」

「とんでもありません。ただ、庄内に行くとなりますと江戸での仕事はできなくなりそうですが」

「誰か適当なものを送り込めばよいではないか。わしも伊達殿もずっとやっていることだ」

「それは譜代筆頭の井伊様や、天下の副将軍伊達様であればそうした人もいるでしょうけれど、たかだか旗本に過ぎない私にそこまで参謀はおりませんよ」

「むっ、それもそうか…」

「仕方ないので、候補者を募って派遣することにしましょう」

「そうだな。あ、いや、それもまずいかもしれぬ…」

「…?」

「考えてみれば、庄内は越後からすぐ攻め込める場所にある。越後は…完全な敵ではないが潜在的には敵である以上、あまり手を抜いたことはしておれん…」

 越後の広い範囲を治めている松平忠輝は、おそらく最上騒動においても裏で活動していたであろう。あるいは山野辺義忠の逃亡先の候補でもある。

 とはいえ、現状、完全な敵ではないのであり、迂闊に手を出して完全に敵に回してしまうとより厄介になる難点があった。

(越後と加賀以外が完全に治まれば、屈服してくるはず)

 ではあるが、それまでは当然相手も反抗的な大名を煽ったりしてくるであろう。また、あまりにも油断していれば攻め込まれることもありえるかもしれない。庄内平野から北出羽の方まで進出されては、日本海側が完全に抑えられてしまう可能性がある。

「それでは、上杉家に最上領を一旦全部任せて、庄内地区のみは後々返してもらう旨を告げておけばいいのではないでしょうか。もちろん、普通の家なら後々の話などなかったことにするでしょうけれど、上杉家なら返してくれるのではないでしょうか?」

「ふうむ…」

 酒井忠勝の進言は、納得できるところがあった。

 そもそも、当初井伊直孝は最上領を全て上杉家のものにしてしまっても構わないと思っていた。ただ、そうなると上杉家が87万石になり、伊達家や島津家を抜いてしまい、前田家に次ぐ存在にまで浮上する。徳川一門でもないのにこの厚遇ぶりは他大名の反感を招くかもしれないと思ったからであった。上杉が58万石であれば多くの大名も納得するし、政宗も顔が立つ。

 ひとまず酒井忠勝らに与えたうえで、場合によって最上領全域に上杉家の作戦に組み込めるというのであれば、松平忠輝も簡単には手を出せない。

「そうだな。譜代三家くらいに与えて、いざというときは上杉家に任せるような形にするのが良さそうではある。伊達殿にも話をしておこう」



 井伊直孝はその日の夕方、政宗と話をして了解を取り付けた。

 その上で翌日、最上家の沙汰を発表する。

「最上家は家内の統率をおろそかにし、結果、大御所様・前将軍様の認めた当主家親が毒殺されるという言語道断の出来事を引き起こした。これは最上家の徳川家に対する反逆行為であり、その罪捨て置くことはできないものである。しかしながら、最上義光公以来の忠義に鑑み、お家断絶まではやりすぎであると考える。従って、山形57万石は没収し、最上義俊には近江大森に1万石を新たに与える。近親の者達は最上家の統率を阻んだ罪に照らし、上野山義直については阿波徳島、大山光隆については土佐高知の預かりとする。松根光広については越後高田預かりとする。その他家臣供については1000石以内の者については山形に残ることを認めるが、それ以上の石高を貰っていたものについては一年以内に山形を出るものとする。以上」

 その日のうちに上野山、大山、松根の三名はそれぞれ預かり地へと出発することになった。と同時に上杉家に文を出し、景勝に江戸へと来てもらう。



 要請を受けて江戸にやってきた上杉景勝と直江兼続主従に対して、井伊直孝と伊達政宗が連名での沙汰を出す。

「上杉殿、過日の直江殿の飛騨での活躍に対する返礼として、山形28万石を与えるものとする」

「謹んでお受けいたします」

「また、庄内地区については譜代家臣三家を中心に渡すものとするが、当面、不穏な動きなどがありうる。その場合には上杉家が主導することを暫定的に認めるものとする。また山形の接収については、最上義俊の同行を認めたうえで、酒井讃岐守と共に行ってもらいたい」

「承知いたしました」

「もしかすると城内の最上兵からの抵抗があるかもしれぬ。1000石以下の者についてはそのままで召し抱えるという条件は付してあるゆえ、命懸けで抵抗する者は少ないとは思うが、気を付けていただきたい。また、上杉家の方でどうしても召し抱えたいという者については認めるが、念のため我々に名簿を提出していただきたい」

「ははっ」

「以上である。上杉殿の方で何か質問などはおありか?」

「山野辺義忠が領内にいました場合、どのように取り扱えば?」

「うむ…。やはり奴が主犯であるだろうから、なるべくなら江戸に連れてきてもらいたいが、難しいようなら処置は任せる」

「分かりました。それでは、雪が解け次第山形の方に向かいたいと思います」

「面倒もあるとは思うが、何卒よろしく頼む」

 上杉主従は必要なものだけ受け取ると、早々に米沢へと引き上げていった。
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