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水の底には誰がいる?
27 まだ何か足りねぇ
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あれは本当に河童だったのか? と孝介はベッドの上で一晩中考えた。裸体で甘える真夜を抱きながら。
その答えは、意外にも浅草デートから2日後に出た。
「あめんぼくん」という動画配信者がいる。彼は登録者数70万人超の人気者で、現代日本の小学生なら誰しもがその名を知っているほどだ。が、時として迷惑行為や無謀な行動をしてしまうことでも有名で、時たま動画が炎上することも。
そのあめんぼくんは、スキューバダイビングのライセンスを持っている。
そして購入間もない全身緑色のダイビングスーツを着用し、顔面に緑色のドーランを塗り、さらに頭頂部に皿を乗せた格好で隅田川を潜ってみよう! という企画をわざわざ実行したのだ。もちろんこれは、隅田川の河童にちなんだ内容である。防水ケースに入れたウェアラブルカメラを装着し、それを使って泳いでいる最中の光景を撮影・配信した。
その動画が、案の定炎上した。「案の定」というのは、隅田川は遊泳禁止の河川だからだ。
が、「炎上する」というのは「拡散される」ということでもある。該当の動画は孝介のスマホにも表示された。チェックしてみると、あめんぼくんは言問橋の上にいた自分たちをウェアラブルカメラでバッチリ撮影しているではないか。
幸いにもあめんぼくんと夫妻の間にそれなりの距離があったから、孝介と真夜の顔が画面いっぱいに大映しになったわけではない。しかし真夜があめんぼくんに気づいて騒ぐ姿や、孝介が欄干から身を乗り出す姿がしっかりくっきり収められている。これは盗撮行為だ。
このあめんぼくんとかいうのに直接会いに行って、ちょっくら可愛がってやろうか? 孝介は一瞬そう考えたが、怒りは真夜の元気な様子を見ることですぐに鎮まった。
「ねえねえコウ! ほら、できたわよ! よく描けてるでしょ?」
真夜はそう言いながら、あの日の出来事の絵をよこした。言問橋の下の水面に顔を出すあめんぼくん……いや、河童の姿を描いたものである。
「私たち、本当に幸運ね。東京のど真ん中で本物の河童を発見したんだもの!」
真夜はあれが動画配信者の迷惑行為だったことを、今でも知らない。そして孝介は、彼女に真実を伝えようとは1mmも考えてはいない。こいつの中では、あれは正真正銘の河童なんだ。なら、それでいいじゃねぇか。今更否定する必要はどこにもない——。
そう割り切った瞬間、孝介はふと「物足りなさ」を感じた。
河童のことを記事にするには、これだけではまだ足りない。
*****
「なるほど、河童に会えたのね。それはよかったわ」
山木田美生は少し意地の悪そうな笑みを浮かべ、孝介にそう言った。
「で、真夜ちゃんは今もおうちの中で絵本制作に励んでいる、というわけね?」
「まあな。あいつは一度スイッチが入ったら、どこまでもやり通すタイプだからな」
「それで松島くんはその隙を見計らって、私の家にひとりでやって来た……という経緯でよろしい?」
「はっ! 単なる暇潰しでこんなところへは来ねぇさ」
孝介は山木田が淹れた紅茶を一口飲み、
「今日もボスの知恵を借りてぇと思ってな」
「何かしら?」
「例の河童の記事さね。かっぱ橋や隅田川でいろいろと面白い話を知ることはできたが、それだけで記事が書けるとも思えなんだ。そう、もう少しスパイスが欲しい。たとえば……」
孝介はしばらく考え込んだ末、
「河童の生態を研究した本っていうのは、この世に存在しねぇのか?」
と、山木田に質問した。
「いやな、よくよく考えたら真夜みたいな奴は昔からいたはずなんだよ。妖怪の類を信じていて、それを絵に描いちまうような奴だ。江戸時代にそういう本がありそうだよな?」
「河童の生態研究書、ね」
山木田は紅茶を飲みながら、
「確かにあるわよ。それも、イラスト付きの立派な本が」
と、答えた。
その答えは、意外にも浅草デートから2日後に出た。
「あめんぼくん」という動画配信者がいる。彼は登録者数70万人超の人気者で、現代日本の小学生なら誰しもがその名を知っているほどだ。が、時として迷惑行為や無謀な行動をしてしまうことでも有名で、時たま動画が炎上することも。
そのあめんぼくんは、スキューバダイビングのライセンスを持っている。
そして購入間もない全身緑色のダイビングスーツを着用し、顔面に緑色のドーランを塗り、さらに頭頂部に皿を乗せた格好で隅田川を潜ってみよう! という企画をわざわざ実行したのだ。もちろんこれは、隅田川の河童にちなんだ内容である。防水ケースに入れたウェアラブルカメラを装着し、それを使って泳いでいる最中の光景を撮影・配信した。
その動画が、案の定炎上した。「案の定」というのは、隅田川は遊泳禁止の河川だからだ。
が、「炎上する」というのは「拡散される」ということでもある。該当の動画は孝介のスマホにも表示された。チェックしてみると、あめんぼくんは言問橋の上にいた自分たちをウェアラブルカメラでバッチリ撮影しているではないか。
幸いにもあめんぼくんと夫妻の間にそれなりの距離があったから、孝介と真夜の顔が画面いっぱいに大映しになったわけではない。しかし真夜があめんぼくんに気づいて騒ぐ姿や、孝介が欄干から身を乗り出す姿がしっかりくっきり収められている。これは盗撮行為だ。
このあめんぼくんとかいうのに直接会いに行って、ちょっくら可愛がってやろうか? 孝介は一瞬そう考えたが、怒りは真夜の元気な様子を見ることですぐに鎮まった。
「ねえねえコウ! ほら、できたわよ! よく描けてるでしょ?」
真夜はそう言いながら、あの日の出来事の絵をよこした。言問橋の下の水面に顔を出すあめんぼくん……いや、河童の姿を描いたものである。
「私たち、本当に幸運ね。東京のど真ん中で本物の河童を発見したんだもの!」
真夜はあれが動画配信者の迷惑行為だったことを、今でも知らない。そして孝介は、彼女に真実を伝えようとは1mmも考えてはいない。こいつの中では、あれは正真正銘の河童なんだ。なら、それでいいじゃねぇか。今更否定する必要はどこにもない——。
そう割り切った瞬間、孝介はふと「物足りなさ」を感じた。
河童のことを記事にするには、これだけではまだ足りない。
*****
「なるほど、河童に会えたのね。それはよかったわ」
山木田美生は少し意地の悪そうな笑みを浮かべ、孝介にそう言った。
「で、真夜ちゃんは今もおうちの中で絵本制作に励んでいる、というわけね?」
「まあな。あいつは一度スイッチが入ったら、どこまでもやり通すタイプだからな」
「それで松島くんはその隙を見計らって、私の家にひとりでやって来た……という経緯でよろしい?」
「はっ! 単なる暇潰しでこんなところへは来ねぇさ」
孝介は山木田が淹れた紅茶を一口飲み、
「今日もボスの知恵を借りてぇと思ってな」
「何かしら?」
「例の河童の記事さね。かっぱ橋や隅田川でいろいろと面白い話を知ることはできたが、それだけで記事が書けるとも思えなんだ。そう、もう少しスパイスが欲しい。たとえば……」
孝介はしばらく考え込んだ末、
「河童の生態を研究した本っていうのは、この世に存在しねぇのか?」
と、山木田に質問した。
「いやな、よくよく考えたら真夜みたいな奴は昔からいたはずなんだよ。妖怪の類を信じていて、それを絵に描いちまうような奴だ。江戸時代にそういう本がありそうだよな?」
「河童の生態研究書、ね」
山木田は紅茶を飲みながら、
「確かにあるわよ。それも、イラスト付きの立派な本が」
と、答えた。
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