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真夜と孝介
70 もう一度、由比ガ浜海岸へ
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長谷駅から南へ進んだ位置、国道134号線に近い場所にカフェがあった。
このカフェは、アルコールを出していた。しかもリクライニングチェアが店内に設置され、満席でなければそこに腰掛けながらゆっくり酒を飲むことができるそうだ。店員の勧めもあり、真夜はそのリクライニングチェアに落ち着いた。
とりあえず、ジントニックを注文する。この時はまだ正午にも達していないが、たまには昼から飲むのもいいだろうという気構えで真夜は遠慮なくグラスに口をつけた。
ピザを食べつつ、ジントニックを喉の奥に流し込んでしまう。軽度の酔いが真夜の脳内で眠気と合流し、やがて全身に広がった。ほんの少しだけ仮眠してしまおう。そう思案した真夜は、リクライニングチェアに全体重を乗せて目を閉じた。
次に目を開けた時、時刻は午後5時を回っていた。
これにはさすがに真夜も驚いた。そして動揺した。休憩がてらに昼食を済ませるつもりが、実に5時間以上も居座ってしまったのだから。真夜は最後に冷たい水を飲ませてもらい、逃げるように店を出た。
このまま帰宅しようか……とも思ったが、茜色に照らされた空と雄大な水平線が彼女の足を止めた。今日はやたらと夕焼けが美しい。これはあの時、孝介から指輪をもらった時とほぼ同じ色合いだ。
由比ガ浜海岸に行ってみよう。コウやコウの仲間たちと遊んだ、あの砂浜へ。
*****
季節のせいか、それともたまたまか。由比ガ浜海岸には真夜以外に誰もいなかった。
もちろん、今の真夜にとってはそのほうが都合がいい。絶景を独り占めしながら、これからのことについてじっくり思案することができる。
今後の私は、ひとりの日本人松島真夜として生きる。闇の地には、もう戻らない。
無論それは命令違反で、私は間違いなく処刑の対象になる。が、この世界に居続ける限りは向こうからの暗殺者や処刑人はやって来ないはずだ。私以外の闇の魔操師が「橋」を作り出すための研究も、私がいなければ進展しないだろう。
魔王を裏切るなどということは、つい最近までは「無理な話」だと決めつけて諦めていた。「つい最近」とは、今日の午前中である。しかし今の真夜は、長谷寺の観音像と心の会話を交わしたあとの真夜だ。四六時中抱えていたこの問題について、ほんの僅かだが区切りをつけるための光が見えている。
自分にとって本当に大事なものを考えた時、今までの不安は恐らく「勝手な自己判断」だ。
それを取り除いたら、真夜がやることはひとつしかない。
ヒルダではなく、松島真夜として日本で生涯を全うすることだ。
「……ヒルダ、だな?」
突然、真夜の右側面からそのような声が聞こえた。
振り向くと、そこにいたのはロングコートを着た女である。随分と長いコートで、裾が地面の砂を触りかけているほどだ。何があったのか、女は鋭く険しい目でこちらを睨んでいる。
そして、真夜は数秒かけてようやく気づいた。
自分が「ヒルダ」と呼ばれたことに。
このカフェは、アルコールを出していた。しかもリクライニングチェアが店内に設置され、満席でなければそこに腰掛けながらゆっくり酒を飲むことができるそうだ。店員の勧めもあり、真夜はそのリクライニングチェアに落ち着いた。
とりあえず、ジントニックを注文する。この時はまだ正午にも達していないが、たまには昼から飲むのもいいだろうという気構えで真夜は遠慮なくグラスに口をつけた。
ピザを食べつつ、ジントニックを喉の奥に流し込んでしまう。軽度の酔いが真夜の脳内で眠気と合流し、やがて全身に広がった。ほんの少しだけ仮眠してしまおう。そう思案した真夜は、リクライニングチェアに全体重を乗せて目を閉じた。
次に目を開けた時、時刻は午後5時を回っていた。
これにはさすがに真夜も驚いた。そして動揺した。休憩がてらに昼食を済ませるつもりが、実に5時間以上も居座ってしまったのだから。真夜は最後に冷たい水を飲ませてもらい、逃げるように店を出た。
このまま帰宅しようか……とも思ったが、茜色に照らされた空と雄大な水平線が彼女の足を止めた。今日はやたらと夕焼けが美しい。これはあの時、孝介から指輪をもらった時とほぼ同じ色合いだ。
由比ガ浜海岸に行ってみよう。コウやコウの仲間たちと遊んだ、あの砂浜へ。
*****
季節のせいか、それともたまたまか。由比ガ浜海岸には真夜以外に誰もいなかった。
もちろん、今の真夜にとってはそのほうが都合がいい。絶景を独り占めしながら、これからのことについてじっくり思案することができる。
今後の私は、ひとりの日本人松島真夜として生きる。闇の地には、もう戻らない。
無論それは命令違反で、私は間違いなく処刑の対象になる。が、この世界に居続ける限りは向こうからの暗殺者や処刑人はやって来ないはずだ。私以外の闇の魔操師が「橋」を作り出すための研究も、私がいなければ進展しないだろう。
魔王を裏切るなどということは、つい最近までは「無理な話」だと決めつけて諦めていた。「つい最近」とは、今日の午前中である。しかし今の真夜は、長谷寺の観音像と心の会話を交わしたあとの真夜だ。四六時中抱えていたこの問題について、ほんの僅かだが区切りをつけるための光が見えている。
自分にとって本当に大事なものを考えた時、今までの不安は恐らく「勝手な自己判断」だ。
それを取り除いたら、真夜がやることはひとつしかない。
ヒルダではなく、松島真夜として日本で生涯を全うすることだ。
「……ヒルダ、だな?」
突然、真夜の右側面からそのような声が聞こえた。
振り向くと、そこにいたのはロングコートを着た女である。随分と長いコートで、裾が地面の砂を触りかけているほどだ。何があったのか、女は鋭く険しい目でこちらを睨んでいる。
そして、真夜は数秒かけてようやく気づいた。
自分が「ヒルダ」と呼ばれたことに。
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