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第2章

忍び寄る冬

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 秋口にはすでに完成したメフメトのルメリ・ヒサール。
 敵はボスポラス海峡を通ってこの街に向かう船を、要塞の上から砲撃してくる。もう二か月以上も前からだ。
 海賊を取り締まるとは名ばかりで、メフメトは商船を大砲で脅し、法外な通行税をけしかけた。本来ならヴェネツィア共和国はすでにオスマンと協定を結んでいるから、通行税など払う必要は無いのだ。だが必要の無い支払いを拒否した船は、結果として砲撃を受けた。それが最初の攻撃だった。
 これをオスマンの宣戦布告だと解釈する、東ローマ帝国民もいた。黒海沿岸に点在する都市との交易を担当しているのは、主にヴェネツィアの船だ。だからオスマンの襲撃を直接受けるのは、正確には東ローマ帝国ではない。もちろんヴェネツィア人は帝国内に居住する仲間であり、ビザンティン帝国としてももう少し兵力があれば、オスマンの圧迫に受けて立つこともできたのだろう。だが今の戦力でこちらから攻めこめば、あっという間に滅ぼされるのは目に見えている。敵の罠なのだ、小村やボスポラス海峡の船を攻めるのは。苦渋を味わっている皇帝……。そしてレオナルドは、見えない戦の火の中に飛び込んでしまったような震えを背筋に感じていた。



 十二月十二日、聖ソフィア大聖堂で東西合同のミサが開かれた。
 賛美歌は聖堂のドームの中に響き渡り、溢れんばかりの人びとが、正面の十字架に祈りを込める。祭壇にはアサナシウス総大主教とローマから戻ってきたイシドロス枢機卿が並んで立つ。ヴァティカンでは、たとえ若くてもイシドロスより上位の席につくレオナルドだが、イシドロスの領域(テリトリー)であるここでは、祭壇の脇の席に甘んじなくてはならない。皇帝コンスタンティヌスの後ろには、トレヴィザンとユスティニアーニ両将軍の姿もある。
 この式典は、戦いに備え東ローマ帝国と西ヨーロッパの統合を目指すため、いつものミサと違ってラテン語とギリシャ語の両方で行われた。だがその二言語の賛美歌が美しく共鳴する一方で、聖ソフィアの外では、東西ヨーロッパの不協和音を象徴するかのように、ギリシャの哲学者たちがカトリックとの統一に反対を唱えていた。
 彼らの争う声は直接耳に届かなくても、お互い相容れない様相が、滞在ほんの数週間目のレオナルドたちにさえ敏感に伝わってくる。
 イシドロスは感じないのか? この噪音(そうおん)を……。
 この千年以上に渡って互いに独自の道を歩んできた二つの違う宗教は、決して交わることの無い二本の線の上を歩いている。ギリシャ正教の最高権力者アサナシウス総主教の心は、かたくなにカトリックとの協合に反対していた。穏やかそうに見えて実は意志の固い彼は、非常に扱いにくい存在だった。アサナシウスの配下のゲオルキオス司教でさえ、その人当たりの良さでこちらが丸め込まれてしまいそうになる。
 不可能かもしれない、……絶対に争わない彼らの意志を変えることなど。
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