パーティ殺人(刑事 佐川 敏 殺人事件捜査リポート) 

矢野 零時

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3現認(現状確認)

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「佐川さん、この店のオーナーとウエイターは、そちらで待機していますよ」と、田中がとりなすように声をかけてきた。そして、田中は右手を肩の高さまであげた。
 手の示す方向に部屋の片隅に塑像のように立っていた二人が近づいてきた。あまりにも 静かに立っていたので、佐川たちはまったく気づかなかったのだ。

「私は、レストラン大石をやっております大石仙吉でございます。こちらは、ウエイターの石田正夫です」と言って、大石は名刺を佐川に渡していた。石田は軽く頭をさげた。大石は五十近い歳で、石田は彼よりも少し年上のようであった。

「調理場にはどんな人たちがいるんですか?」
「ここの隣に調理場がありまして、そこには調理人が四人ほどおります。ですが、料理作りに専念して、この場に出てきておりません。捜査の対象になる人はいないと思いますが」
「私も意味のない捜査をするきはありませんよ。ご心配なく。ところで、パーティの時には大石さんはどこにおられたのですか?」
「私は調理場に入って料理を作るための指揮をしておりました。パーティの人たちを見るのは調理場についたカウンターの窓口からで、料理の注文を受ける時とできあがった料理をカウンターにお持ちする時ぐらいなものです。私はそもそも料理人なんですよ」
「大石さんは、雑誌『食堂』にエッセイを載せられていましたね。その中に料理手帳を作っていることが書かれていた。その手帳には、店にこられたすべてのお客さんについて記載がされていて、こられた日時や誰と来たのか、どんな料理を頼み、どんなお酒を飲んでいたのか詳細に記録している。今年の分だけでよろしいのですが、その手帳をお借りしてそのコピーを取らしていただけないでしょうか。捜査が終ったら、そのコピーもお返しいたしますが」
「よろしいですよ。捜査に協力いたします。しかし、今日のような大パーティの場合、個人が分かるような記録はとれませんし、とっておりませんよ」
「わかっておりますよ」と、佐川は笑っていた。近藤は「後で、お借りに伺います」と大石に頭をさげていた。

 佐川は、今度はウエイターの石田の方に顔を向けた。
「シャンペングラスは何個用意をされていたのですか?」
「百個だったと思いますが」
「高そうなグラスですね?」
「一個、五万円だったと思います」
「このグラスはいつ用意されたのですか?」
「前日に、川村様の奥様が会場になるこちらを見にこられまして、グラスを百個用意するように言われました。そこで、奥さまの目の前で箱に詰めてご用意をいたしました。その後、食器類置場に保管しておきました。店を閉める前にそこにも鍵をかけておりましたので、今朝、そこから、出して会場に運んだのです」

「その時に、川村夫人はグラスに触っていたのでありませんか?」
「いえ、グラスに触れることありませんでした」

「そうですか。ところで、開始時に行う乾杯は、シャンペンだったのでしょう?」
「いや、それはシャンパンではありませんでした。ビールで乾杯をした人が多かったと思います」
「皆さんがシャンパンを飲み始めた時は、パーティを開始後、どのぐらいの時間が経っていたのですか?」」
「それぞれの方々がスピーチをした後ぐらいだったので、四十分後だったと思いますが」

「シャンパンはどんなふうに皆さんに渡していたのですか?」
「はい、ワゴンからシャンパンを取り出しコルクの栓を抜いてカウンターの下に置かれたグラスにシャンペンを注ぎ、そのグラスを四個ほどプレートに載せて、皆さまの間を持ってまわりました。お客さま方は、空になったグラスをプレートの上に置き、その後、シャンパンの入ったグラスを持っていかれました」

 佐川は石田の指さした方を見た。たしかにカウンター下のテーブルの上にまだ使われていないシャンペングラスが置かれていた。佐川が数えると六十四個が残っていて、その隣にあるテ―ブルの上に置かれた使われたグラスの数は三十二個だった。

「死亡する前に川村が置いた空のグラスと同じく空になった三個のグラスは、どこに置かれているのですか?」
「はい、慌てていましたが、それらのグラスは空置き専用のテーブルに置くことができました」
「それでは、川村さんが毒入りのグラスを取った時に、他の三人がとったグラスはどこに置かれていたんですかね?」
「さあ、それは分かりません? グラスをお持ちになった方々がどこに置かれたのか、私も見ていたわけではありませんので」
「それは、私の方で押さえているよ」と、根本が声をあげた。「一つは真ん中の円形テーブルの上に他の二つはサラダやミートボールの載せられている長テーブルの上でしたよ」
「そうですか。でも、この場には、もうないようですが」と、佐川は根本が言った物の上を見まわしていた。

「川村が死んだ時に、飲まれていたグラスですよ。そのままの状態にしてはおけない。すでに持ち出しましたよ。ともかく、今ご覧になっているグラスも科捜研に運ぶつもりです」と、根本は言っていた。

「川村さんが毒入りのグラスを手にとったとき、プレートにあった他のグラスを手にとった人たちは誰だったのか、ウエイターであった石田さんは覚えていませんか?」
「川村さんがお亡くなりなった時、私も狼狽をしてしまい、誰がどのグラスを取ったのか、まるで覚えがないのです。それに、その人たちの使ったグラスを落として壊したらまずいと思い使用済みのグラスをテーブルの上にちゃんと置くことだけを考えていました」
「石田さんなら覚えているのではと思ったのですが、残念です。他の方々に聞いてみますよ」

 佐川は顔をあげ天井を見て目を細めた。
「パーティの時は、こんなに明るい光の下だったのですか?」
「いえ、鑑識の方によく見えるようにしてくれと頼まれまして、蛍光灯のライトを全部つけております」
「そうですか、パーティの時と同じにしてもらえる」
「はい」と言って、石田はこの部屋の端にある柱についたスイッチを押してくれた。すると、天井の蛍光灯は消えて、シャンデリアの明かりだけになったのだ。
 すると、料理を出すためのカウンターの木の台が影を作り、その下に置かれたグラスがまるで見えなくなっていた。
「これじゃ、そこにグラスが置いてあると知らない者が入ってきても、グラスに毒など入れられないな」

 根本は苛つきだしている。佐川たちの現認のために仕方なく置いてある物をいつまでも運び出せないでいたからだ。
 そのことに、佐川も気がついていた。
「鑑識さんにとって、やることがいっぱいあるようだね」と皮肉を言いながら、佐川は根本に向かって手をふると、近藤といっしょにレスラン大石の玄関口に向かった。




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