3 / 11
3現認(現状確認)
しおりを挟む
「佐川さん、この店のオーナーとウエイターは、そちらで待機していますよ」と、田中がとりなすように声をかけてきた。そして、田中は右手を肩の高さまであげた。
手の示す方向に部屋の片隅に塑像のように立っていた二人が近づいてきた。あまりにも 静かに立っていたので、佐川たちはまったく気づかなかったのだ。
「私は、レストラン大石をやっております大石仙吉でございます。こちらは、ウエイターの石田正夫です」と言って、大石は名刺を佐川に渡していた。石田は軽く頭をさげた。大石は五十近い歳で、石田は彼よりも少し年上のようであった。
「調理場にはどんな人たちがいるんですか?」
「ここの隣に調理場がありまして、そこには調理人が四人ほどおります。ですが、料理作りに専念して、この場に出てきておりません。捜査の対象になる人はいないと思いますが」
「私も意味のない捜査をするきはありませんよ。ご心配なく。ところで、パーティの時には大石さんはどこにおられたのですか?」
「私は調理場に入って料理を作るための指揮をしておりました。パーティの人たちを見るのは調理場についたカウンターの窓口からで、料理の注文を受ける時とできあがった料理をカウンターにお持ちする時ぐらいなものです。私はそもそも料理人なんですよ」
「大石さんは、雑誌『食堂』にエッセイを載せられていましたね。その中に料理手帳を作っていることが書かれていた。その手帳には、店にこられたすべてのお客さんについて記載がされていて、こられた日時や誰と来たのか、どんな料理を頼み、どんなお酒を飲んでいたのか詳細に記録している。今年の分だけでよろしいのですが、その手帳をお借りしてそのコピーを取らしていただけないでしょうか。捜査が終ったら、そのコピーもお返しいたしますが」
「よろしいですよ。捜査に協力いたします。しかし、今日のような大パーティの場合、個人が分かるような記録はとれませんし、とっておりませんよ」
「わかっておりますよ」と、佐川は笑っていた。近藤は「後で、お借りに伺います」と大石に頭をさげていた。
佐川は、今度はウエイターの石田の方に顔を向けた。
「シャンペングラスは何個用意をされていたのですか?」
「百個だったと思いますが」
「高そうなグラスですね?」
「一個、五万円だったと思います」
「このグラスはいつ用意されたのですか?」
「前日に、川村様の奥様が会場になるこちらを見にこられまして、グラスを百個用意するように言われました。そこで、奥さまの目の前で箱に詰めてご用意をいたしました。その後、食器類置場に保管しておきました。店を閉める前にそこにも鍵をかけておりましたので、今朝、そこから、出して会場に運んだのです」
「その時に、川村夫人はグラスに触っていたのでありませんか?」
「いえ、グラスに触れることありませんでした」
「そうですか。ところで、開始時に行う乾杯は、シャンペンだったのでしょう?」
「いや、それはシャンパンではありませんでした。ビールで乾杯をした人が多かったと思います」
「皆さんがシャンパンを飲み始めた時は、パーティを開始後、どのぐらいの時間が経っていたのですか?」」
「それぞれの方々がスピーチをした後ぐらいだったので、四十分後だったと思いますが」
「シャンパンはどんなふうに皆さんに渡していたのですか?」
「はい、ワゴンからシャンパンを取り出しコルクの栓を抜いてカウンターの下に置かれたグラスにシャンペンを注ぎ、そのグラスを四個ほどプレートに載せて、皆さまの間を持ってまわりました。お客さま方は、空になったグラスをプレートの上に置き、その後、シャンパンの入ったグラスを持っていかれました」
佐川は石田の指さした方を見た。たしかにカウンター下のテーブルの上にまだ使われていないシャンペングラスが置かれていた。佐川が数えると六十四個が残っていて、その隣にあるテ―ブルの上に置かれた使われたグラスの数は三十二個だった。
「死亡する前に川村が置いた空のグラスと同じく空になった三個のグラスは、どこに置かれているのですか?」
「はい、慌てていましたが、それらのグラスは空置き専用のテーブルに置くことができました」
「それでは、川村さんが毒入りのグラスを取った時に、他の三人がとったグラスはどこに置かれていたんですかね?」
「さあ、それは分かりません? グラスをお持ちになった方々がどこに置かれたのか、私も見ていたわけではありませんので」
「それは、私の方で押さえているよ」と、根本が声をあげた。「一つは真ん中の円形テーブルの上に他の二つはサラダやミートボールの載せられている長テーブルの上でしたよ」
「そうですか。でも、この場には、もうないようですが」と、佐川は根本が言った物の上を見まわしていた。
「川村が死んだ時に、飲まれていたグラスですよ。そのままの状態にしてはおけない。すでに持ち出しましたよ。ともかく、今ご覧になっているグラスも科捜研に運ぶつもりです」と、根本は言っていた。
「川村さんが毒入りのグラスを手にとったとき、プレートにあった他のグラスを手にとった人たちは誰だったのか、ウエイターであった石田さんは覚えていませんか?」
「川村さんがお亡くなりなった時、私も狼狽をしてしまい、誰がどのグラスを取ったのか、まるで覚えがないのです。それに、その人たちの使ったグラスを落として壊したらまずいと思い使用済みのグラスをテーブルの上にちゃんと置くことだけを考えていました」
「石田さんなら覚えているのではと思ったのですが、残念です。他の方々に聞いてみますよ」
佐川は顔をあげ天井を見て目を細めた。
「パーティの時は、こんなに明るい光の下だったのですか?」
「いえ、鑑識の方によく見えるようにしてくれと頼まれまして、蛍光灯のライトを全部つけております」
「そうですか、パーティの時と同じにしてもらえる」
「はい」と言って、石田はこの部屋の端にある柱についたスイッチを押してくれた。すると、天井の蛍光灯は消えて、シャンデリアの明かりだけになったのだ。
すると、料理を出すためのカウンターの木の台が影を作り、その下に置かれたグラスがまるで見えなくなっていた。
「これじゃ、そこにグラスが置いてあると知らない者が入ってきても、グラスに毒など入れられないな」
根本は苛つきだしている。佐川たちの現認のために仕方なく置いてある物をいつまでも運び出せないでいたからだ。
そのことに、佐川も気がついていた。
「鑑識さんにとって、やることがいっぱいあるようだね」と皮肉を言いながら、佐川は根本に向かって手をふると、近藤といっしょにレスラン大石の玄関口に向かった。
手の示す方向に部屋の片隅に塑像のように立っていた二人が近づいてきた。あまりにも 静かに立っていたので、佐川たちはまったく気づかなかったのだ。
「私は、レストラン大石をやっております大石仙吉でございます。こちらは、ウエイターの石田正夫です」と言って、大石は名刺を佐川に渡していた。石田は軽く頭をさげた。大石は五十近い歳で、石田は彼よりも少し年上のようであった。
「調理場にはどんな人たちがいるんですか?」
「ここの隣に調理場がありまして、そこには調理人が四人ほどおります。ですが、料理作りに専念して、この場に出てきておりません。捜査の対象になる人はいないと思いますが」
「私も意味のない捜査をするきはありませんよ。ご心配なく。ところで、パーティの時には大石さんはどこにおられたのですか?」
「私は調理場に入って料理を作るための指揮をしておりました。パーティの人たちを見るのは調理場についたカウンターの窓口からで、料理の注文を受ける時とできあがった料理をカウンターにお持ちする時ぐらいなものです。私はそもそも料理人なんですよ」
「大石さんは、雑誌『食堂』にエッセイを載せられていましたね。その中に料理手帳を作っていることが書かれていた。その手帳には、店にこられたすべてのお客さんについて記載がされていて、こられた日時や誰と来たのか、どんな料理を頼み、どんなお酒を飲んでいたのか詳細に記録している。今年の分だけでよろしいのですが、その手帳をお借りしてそのコピーを取らしていただけないでしょうか。捜査が終ったら、そのコピーもお返しいたしますが」
「よろしいですよ。捜査に協力いたします。しかし、今日のような大パーティの場合、個人が分かるような記録はとれませんし、とっておりませんよ」
「わかっておりますよ」と、佐川は笑っていた。近藤は「後で、お借りに伺います」と大石に頭をさげていた。
佐川は、今度はウエイターの石田の方に顔を向けた。
「シャンペングラスは何個用意をされていたのですか?」
「百個だったと思いますが」
「高そうなグラスですね?」
「一個、五万円だったと思います」
「このグラスはいつ用意されたのですか?」
「前日に、川村様の奥様が会場になるこちらを見にこられまして、グラスを百個用意するように言われました。そこで、奥さまの目の前で箱に詰めてご用意をいたしました。その後、食器類置場に保管しておきました。店を閉める前にそこにも鍵をかけておりましたので、今朝、そこから、出して会場に運んだのです」
「その時に、川村夫人はグラスに触っていたのでありませんか?」
「いえ、グラスに触れることありませんでした」
「そうですか。ところで、開始時に行う乾杯は、シャンペンだったのでしょう?」
「いや、それはシャンパンではありませんでした。ビールで乾杯をした人が多かったと思います」
「皆さんがシャンパンを飲み始めた時は、パーティを開始後、どのぐらいの時間が経っていたのですか?」」
「それぞれの方々がスピーチをした後ぐらいだったので、四十分後だったと思いますが」
「シャンパンはどんなふうに皆さんに渡していたのですか?」
「はい、ワゴンからシャンパンを取り出しコルクの栓を抜いてカウンターの下に置かれたグラスにシャンペンを注ぎ、そのグラスを四個ほどプレートに載せて、皆さまの間を持ってまわりました。お客さま方は、空になったグラスをプレートの上に置き、その後、シャンパンの入ったグラスを持っていかれました」
佐川は石田の指さした方を見た。たしかにカウンター下のテーブルの上にまだ使われていないシャンペングラスが置かれていた。佐川が数えると六十四個が残っていて、その隣にあるテ―ブルの上に置かれた使われたグラスの数は三十二個だった。
「死亡する前に川村が置いた空のグラスと同じく空になった三個のグラスは、どこに置かれているのですか?」
「はい、慌てていましたが、それらのグラスは空置き専用のテーブルに置くことができました」
「それでは、川村さんが毒入りのグラスを取った時に、他の三人がとったグラスはどこに置かれていたんですかね?」
「さあ、それは分かりません? グラスをお持ちになった方々がどこに置かれたのか、私も見ていたわけではありませんので」
「それは、私の方で押さえているよ」と、根本が声をあげた。「一つは真ん中の円形テーブルの上に他の二つはサラダやミートボールの載せられている長テーブルの上でしたよ」
「そうですか。でも、この場には、もうないようですが」と、佐川は根本が言った物の上を見まわしていた。
「川村が死んだ時に、飲まれていたグラスですよ。そのままの状態にしてはおけない。すでに持ち出しましたよ。ともかく、今ご覧になっているグラスも科捜研に運ぶつもりです」と、根本は言っていた。
「川村さんが毒入りのグラスを手にとったとき、プレートにあった他のグラスを手にとった人たちは誰だったのか、ウエイターであった石田さんは覚えていませんか?」
「川村さんがお亡くなりなった時、私も狼狽をしてしまい、誰がどのグラスを取ったのか、まるで覚えがないのです。それに、その人たちの使ったグラスを落として壊したらまずいと思い使用済みのグラスをテーブルの上にちゃんと置くことだけを考えていました」
「石田さんなら覚えているのではと思ったのですが、残念です。他の方々に聞いてみますよ」
佐川は顔をあげ天井を見て目を細めた。
「パーティの時は、こんなに明るい光の下だったのですか?」
「いえ、鑑識の方によく見えるようにしてくれと頼まれまして、蛍光灯のライトを全部つけております」
「そうですか、パーティの時と同じにしてもらえる」
「はい」と言って、石田はこの部屋の端にある柱についたスイッチを押してくれた。すると、天井の蛍光灯は消えて、シャンデリアの明かりだけになったのだ。
すると、料理を出すためのカウンターの木の台が影を作り、その下に置かれたグラスがまるで見えなくなっていた。
「これじゃ、そこにグラスが置いてあると知らない者が入ってきても、グラスに毒など入れられないな」
根本は苛つきだしている。佐川たちの現認のために仕方なく置いてある物をいつまでも運び出せないでいたからだ。
そのことに、佐川も気がついていた。
「鑑識さんにとって、やることがいっぱいあるようだね」と皮肉を言いながら、佐川は根本に向かって手をふると、近藤といっしょにレスラン大石の玄関口に向かった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる