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3礼儀作法
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私が嫁ぐことに決まると、私が城に来るように言われた。そこで父が私を城に連れて行ってくれた。
前に城にきたときは、こんなものものしい門ではなかった。だが、いまは違う。
大理石の門に神々や過去の英雄たちの姿がレリーフで飾られ、門番は、カブトをかぶり、手にヤリを持ち、背筋をのばして強張った顔をしていた。
父は宮殿の方にはいかずに、右に曲がって別棟の建物の方に私を連れて行った。
そこにいた老女は眉間にしわを寄せたままで、私を見た。祖母よりはそう一回り十二歳ぐらいは若いかもしれない。
「あなたがナターシャ?」
「はい、そうです」
「そう。私はリンダ。あなたを異国に送るからには、ライズ王国として恥ずかしくない人を送らなければならないわ。それができなければ、私たちが恥をかくことになる」
傲慢な言い方に、私はすこしむっとしていた。
「私が国境にある他国で暮すことなると思いますが、そのためにはどんなことが必要なのでしょうか?」
「あなたは運がよろしかったのですよ。カルゾ国では、あなたは王妃に迎えられるはずですわ。別の国に輿入れに行っても正室になれるとはかぎりません。集められた姫君と同じ宮中に置いておかれるだけ」
「そうですか?」
だが、リンダが本当にそう思っているようには見えなかった。
「それでは、ルソン様、後はおまかせいただけますでしょうか?」
「よろしく、お願いいたします」
父はリンダに向かって頭をさげ、私に向かっては片手を軽くあげてから、この部屋からでていった。
「まず、食事のマナーからご指導いたしますわ」
その部屋には小テーブルとそれを前にしてすわれる椅子が一脚おいてあった。テーブルの上には布巾が敷かれ、左右にナイフとフォーク並べられていた。たしかに、いくつものナイフとフォークを使わなければならない料理など食べたことはなかった。
「そこにすわってください」
私が椅子にすわると、リンダは指をならした。すると、城の料理人がスープを運び込んできて、小テーブルの上においていた。
「はい、飲んでみせて」
私は言われるままに、スープを飲んだ。
「違うわ。スプーンは前からすくって上にあげて、それを口にもっていくのよ。はい、やってみて」
私の食べ方すべてにリンダのクレームが付き、それを直しているだけで、私はぐったりと疲れていった。だが、こんなことで、輿入れをあきらめるきはない。食事のマナー訓練で文句を言うことがなくなると、リンダは次の課題を始めた。それは、本をもたせて、朗読をさせられた。下町に住んでいるせいか、言い方になまりが生じていた。それを一つ一つ指摘をされ、正しい言い方をするように言われた。空の西が赤くなりだすと、リンダは私をやっと解放してくれた。
次の日、リンダは、男のようにズボンをはいていた。
「あなたにも、公的な場に出てもらうことがある。その時のことを考えてマスターして置かなければならないのがダンスよ」
たしかに、公爵などの上流貴族たちは舞踊会、夜会などを常時開催し、男女で踊りあうことがあった。
しかし、ナターシャは、そんな場所に出ている暇はなかった。子爵でしかない父の家計を補助するためにも、祖母の薬草作りと治療所の手伝いをしていたからだ。
「私が男役をさせてもらうわ。手をあげて、組みましょう」
始めは、私がリンダの足を踏んでいたと思う。だが、私が足を踏むと、必ずリンダも私の足を踏んでよこしたのだ。それが、私の中にある勝気さに火をつけて、リンダの動きに合わせて、踊れるようになっていた。その後、下働きの男女を参加させて、数人で輪を作って踊ることも教えてくれた。
翌日になると、リンダの顔は強張っていた。
「時間があれば、もっといろいろお教えができるんですけど。あなたが、カルゾに行く日が近づいていますので、これが最後の講義になりますね」
「そうなんですか。それは?」
「これは短剣です。今日は、この使い方をお教えいたします」
「短剣ですか?」
「そうです。王妃たるもの、必ず胸元に短剣を忍ばせているものです」
「そうなのですか?」
「いざとなった時に、王を守るためです。王のために命を捨てる覚悟が必要です。次に、貞操を守るためです。王以外の者と交わるなど、ありえないことですぞ」
リンダの説明には、私も納得をしていた。
「まずは、短剣の持ち方です。ちゃんと持てないと、自分の手を切ってしまいますよ」
私が短剣を持ってみせると、すぐに直されていた。
剣を持っている者を相手に試し試合もさせられた。どうやら、強い相手であっても相打ちに持ち込めることを考えなければならいのだ。
最後に、リンダは私に自害の仕方を教えてくれた。首に短剣を当て、動脈を一気にきれば、血が噴き出して終えることができると言っていた。
「私、これをしなければならないことが起こるのでしょうか?」
私は思わず聞いていた。
「そういう覚悟を王妃になる者は、いつも持っているべきです。今、あなたがお持ちになっている短剣は、あたなに差し上げますわ」
「え、本当ですか?」
「二日後には、あなたは、カルゾ国に行くことが決まったそうです。短剣はあなたのために開かれた王妃学校の卒業証書だと思ってください」
「いろいろお教えいただき有難うございました」
私はリンダに頭をさげていた。
前に城にきたときは、こんなものものしい門ではなかった。だが、いまは違う。
大理石の門に神々や過去の英雄たちの姿がレリーフで飾られ、門番は、カブトをかぶり、手にヤリを持ち、背筋をのばして強張った顔をしていた。
父は宮殿の方にはいかずに、右に曲がって別棟の建物の方に私を連れて行った。
そこにいた老女は眉間にしわを寄せたままで、私を見た。祖母よりはそう一回り十二歳ぐらいは若いかもしれない。
「あなたがナターシャ?」
「はい、そうです」
「そう。私はリンダ。あなたを異国に送るからには、ライズ王国として恥ずかしくない人を送らなければならないわ。それができなければ、私たちが恥をかくことになる」
傲慢な言い方に、私はすこしむっとしていた。
「私が国境にある他国で暮すことなると思いますが、そのためにはどんなことが必要なのでしょうか?」
「あなたは運がよろしかったのですよ。カルゾ国では、あなたは王妃に迎えられるはずですわ。別の国に輿入れに行っても正室になれるとはかぎりません。集められた姫君と同じ宮中に置いておかれるだけ」
「そうですか?」
だが、リンダが本当にそう思っているようには見えなかった。
「それでは、ルソン様、後はおまかせいただけますでしょうか?」
「よろしく、お願いいたします」
父はリンダに向かって頭をさげ、私に向かっては片手を軽くあげてから、この部屋からでていった。
「まず、食事のマナーからご指導いたしますわ」
その部屋には小テーブルとそれを前にしてすわれる椅子が一脚おいてあった。テーブルの上には布巾が敷かれ、左右にナイフとフォーク並べられていた。たしかに、いくつものナイフとフォークを使わなければならない料理など食べたことはなかった。
「そこにすわってください」
私が椅子にすわると、リンダは指をならした。すると、城の料理人がスープを運び込んできて、小テーブルの上においていた。
「はい、飲んでみせて」
私は言われるままに、スープを飲んだ。
「違うわ。スプーンは前からすくって上にあげて、それを口にもっていくのよ。はい、やってみて」
私の食べ方すべてにリンダのクレームが付き、それを直しているだけで、私はぐったりと疲れていった。だが、こんなことで、輿入れをあきらめるきはない。食事のマナー訓練で文句を言うことがなくなると、リンダは次の課題を始めた。それは、本をもたせて、朗読をさせられた。下町に住んでいるせいか、言い方になまりが生じていた。それを一つ一つ指摘をされ、正しい言い方をするように言われた。空の西が赤くなりだすと、リンダは私をやっと解放してくれた。
次の日、リンダは、男のようにズボンをはいていた。
「あなたにも、公的な場に出てもらうことがある。その時のことを考えてマスターして置かなければならないのがダンスよ」
たしかに、公爵などの上流貴族たちは舞踊会、夜会などを常時開催し、男女で踊りあうことがあった。
しかし、ナターシャは、そんな場所に出ている暇はなかった。子爵でしかない父の家計を補助するためにも、祖母の薬草作りと治療所の手伝いをしていたからだ。
「私が男役をさせてもらうわ。手をあげて、組みましょう」
始めは、私がリンダの足を踏んでいたと思う。だが、私が足を踏むと、必ずリンダも私の足を踏んでよこしたのだ。それが、私の中にある勝気さに火をつけて、リンダの動きに合わせて、踊れるようになっていた。その後、下働きの男女を参加させて、数人で輪を作って踊ることも教えてくれた。
翌日になると、リンダの顔は強張っていた。
「時間があれば、もっといろいろお教えができるんですけど。あなたが、カルゾに行く日が近づいていますので、これが最後の講義になりますね」
「そうなんですか。それは?」
「これは短剣です。今日は、この使い方をお教えいたします」
「短剣ですか?」
「そうです。王妃たるもの、必ず胸元に短剣を忍ばせているものです」
「そうなのですか?」
「いざとなった時に、王を守るためです。王のために命を捨てる覚悟が必要です。次に、貞操を守るためです。王以外の者と交わるなど、ありえないことですぞ」
リンダの説明には、私も納得をしていた。
「まずは、短剣の持ち方です。ちゃんと持てないと、自分の手を切ってしまいますよ」
私が短剣を持ってみせると、すぐに直されていた。
剣を持っている者を相手に試し試合もさせられた。どうやら、強い相手であっても相打ちに持ち込めることを考えなければならいのだ。
最後に、リンダは私に自害の仕方を教えてくれた。首に短剣を当て、動脈を一気にきれば、血が噴き出して終えることができると言っていた。
「私、これをしなければならないことが起こるのでしょうか?」
私は思わず聞いていた。
「そういう覚悟を王妃になる者は、いつも持っているべきです。今、あなたがお持ちになっている短剣は、あたなに差し上げますわ」
「え、本当ですか?」
「二日後には、あなたは、カルゾ国に行くことが決まったそうです。短剣はあなたのために開かれた王妃学校の卒業証書だと思ってください」
「いろいろお教えいただき有難うございました」
私はリンダに頭をさげていた。
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