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おとなりさん
しおりを挟む舞い散る桜の花びらを追いかけた遥斗は、うすく霞がかる空に目をほそめる。
5歳のちいさな指が、桜の花びらをつまんで、春の陽に透かした。
ブロロロロ
車のやってくる音がして、桜の花びらを拾っていた遥斗は、あわてて道の端によける。
通りすぎるかと思ったら、新しく建ったばかりの隣の家にすべるように横づけされた。
ぴかぴかの白い車が、春の陽にきらめいた。
遥斗は、ぴょこんと跳びあがる。
集めていた桜の花びらが手からこぼれて、薄紅を振りまいた。
「お隣さん、来たよ!」
開け放した窓から声をかけたら、休日でのんびりしていた両親が、おせんべいをくわえたまま玄関へと駆けてくる。
「おぉお」
ぼりぼり煎餅をかじる両親の前で、白い車の扉がひらいた。
降りてきたのは背の高い、ぴかぴかの一家だった。
顔も、髪も、手足も、輝くように、きらきらしてる。
「はじめまして。隣に越してきました、一条です」
微笑んであいさつしてくれたのは、凛々しいおねえさんだ。
後ろでひかえめに微笑んでいるのは、やさしそうなおにいさん、その向こうに、ちいさな頭が見えた。
ちょっと背伸びした遥斗は、母の声に振りかえる。
「ようこそ。この家に住んでる佐倉です」
おせんべいを途中で放棄するのがもったいなかったのだろう、あわててバリバリしているおとうさんを後ろに押しこめて、遥斗のおかあさんが微笑んだ。
遥斗はちいさな手をあげる。
「さくら、はると、5さいです!」
「まあ、かわいい。りょうくんと同い年ね」
遥斗はきれいな人の後ろに隠れるようにたたずむ、りょうくん、をのぞきこむ。
闇を映したようなまっすぐな髪が、桜の花びらをのせた風に、さらさら揺れる。長めの前髪の向こうで、つややかな闇の瞳が、まだ幼いのに涼やかに切れあがる。
「さくら、はるとだよ。5さい。よろしくね、りょーくん」
佐倉家を代表し、ちいさな手を差しだした遥斗を見つめた男の子は、こくりとうなずいた。
握手も、自己紹介も、何にもなかった。
「……え……?」
ぽかんとする遥斗に、おねえさんみたいな、りょうくんのお母さんが、困ったように眉をさげる。
「りょうくん、ほら、ごあいさつは?」
切れ長の涼やかな、りょうくんの瞳が、遥斗を見つめる。
夜空みたいに透きとおる目だ。
けれどその唇は開かれることは、なかった。
差しだした遥斗の手も、握りかえされることは、なかった。
「ごめんなさいね、遥斗くん。涼真はちょっと無口な子なんだけど、悪気はちっともないの。笑うのとか、言葉を交わすとか、握手とかが苦手みたいで」
「そう、なんですか」
にぎりかえされることのなかった手を、遥斗は、そっとひっこめた。
「涼真と、なかよくしてあげてね」
「……はい」
元気のなくなった返事は、さみしく落ちた。
「これから、どうぞよろしくお願いします」
微笑んで渡してくれた白い包みの向こうで、涼真の夜空の瞳が春の陽に透きとおる。
桜の花びらに彩られるように、お隣に、ぴかぴかの一条さんが引っ越してきました。
お菓子だとばかり思って喜んでいた遥斗は、もらった白い包みを開けて、しょんぼりした。
「……なにこれ」
ぷくりとふくれる遥斗に、中身をのぞきこんだ父が笑う。
「お蕎麦だよ。引っ越しの定番だな」
「あら、十割蕎麦じゃない。小麦粉を混ぜずに全部そば粉で打ってあるのよ。ゆで方にコツがあってね……」
にこにこ包みをほどいた母は、そばを父に渡す。
「がんばって」
「おうよ!」
受けとった父は袖をまくった。
お湯をぐらぐらさせる父の隣で、遥斗はめんつゆを作る。
「……おそばかあ」
お菓子だと思っていた遥斗の衝撃は大きい。
両親は笑った。
「おせんべいあるよ」
父が食べかけのおせんべいをくれようとするのに、首をふる。
「おかしがいー」
「虫歯になるよ」
「やだ」
「ほら、ネギ切って、遥斗」
父と5歳の遥斗を顎で使う母だが、母が包丁をにぎると悲惨なことになるので、誰も何も言わない。
遥斗のこども包丁のほうが、母よりずうっとじょうずにネギを切れることを、遥斗は5歳にして学んでいた。
しかし、じょうずなのと、やりたいのとは、ちょっとちがう。
「てが、くさくなるから、いや」
首をふる遥斗に、母が嘆いた。
「ちょっと、遥斗が、わがままになってきたよ!」
「反抗期か、はやいなあ」
しみじみ呟く父に、ぷくりとふくれる。
「はんこーじゃないもん。このみだもん」
「じゃあしょうがを、すってよ、遥斗」
「てが、いたい」
「やっぱり、わがままじゃないかー!」
わあわあしてたら、お蕎麦がゆであがった。
ネギもしょうがも、ちゃちゃっとお父さんが用意してくれた。ありがとう。
めんつゆを作った(めんつゆの素を水で割っただけ)遥斗は、えへんと胸を張って、食卓に運ぶ。
いつものおそばと、何か、ちがうのかな?
「いただきまーす!」
皆でさっそくお蕎麦を、遥斗制作のつゆにくぐらせた。
「……おいしー!」
目をまるくする遥斗の隣で、おとうさんもおいしそうに蕎麦をすする。
「いやあ、これ、いい蕎麦だよ」
「車も家も、ぴかぴかだものねえ」
うらやむよりも感心するような両親に、遥斗もうなずく。服も香りも髪も顔も、ぴかぴかだった。
ずるずるすするお蕎麦は、涼真を思いだすと、ほんのり苦くなった気がした。
にぎりかえされることのなかった手に、ひとことも口をきいてくれなかった涼真に、またしょんぼりしてしまう気もちに、あわてて首をふった。
翌朝、家の前でおとうさんと一緒に幼稚園のバスを待っている遥斗に声をかけてくれたのは、涼真のおかあさんだ。
「りょうくんも、はるくんとおなじ幼稚園に通うことになったの。よろしくね、はるくん」
にこやかに微笑む涼真のおねえさんみたいなおかあさんに、遥斗はよい子の返事をする。
「はい!」
手をつないで幼稚園に行くのかと、涼真へと差し出してみた手は、しばらく待ってみたけれど、やっぱり握られることはなかった。
そっと手をひっこめた遥斗の肩が落ちる。
「よろしくね、りょーくん」
涼真は唇を開くことなく、こくんとうなずいた。それきりだった。
…………なかよく、できるのかな。
心配になる遥斗に、桜の花びらが舞い降りる。
涼真の髪にも、桜が降る。
明るい髪と瞳の遥斗とちがい、涼真の髪も瞳も、まるで夜空だ。
春のひかりを受けて、つややかにきらめく。
さらさら揺れる髪に、切れあがるまなじりに、ぽうっと見惚れていたことに気づいて、あわてて首をふった。
ブロロロロロ
幼稚園のバスがやってくる。
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