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いちばん
しおりを挟む涼真といっしょに登園した遥斗は、すぐに皆に囲まれた。
「だれ?」
「かっこいー!」
「あたらしくきた子?」
興味津々らしい皆に囲まれても、涼真は何にも言わない。
そのことに、ほっとした。
涼真は、遥斗がきらいなのではなく、涼真のおかあさんの言うとおり、話すことが苦手なだけなのかもしれない。
取り囲まれた涼真が目を伏せたので、あわてて遥斗は涼真をかばうように、前に立った。
「みんなが、きゅうに、あつまってきたら、びっくりしちゃうよ」
「えー、はるくん、ずるいー」
「ひとりじめかよ」
そう言われると、涼真と特別なかよしな気がして、ちょっと鼻が高くなる。
──実際は、声も聞いたことがないけれど。
しょんぼりする気持ちを押しこめて、遥斗は涼真のおかあさんと、あいさつしている先生を見あげる。
「はるくん、ありがとう。りょうくんを、よろしくね」
涼真のおかあさんに、よろしくされると、遥斗の胸に赤い火が燈るようだ。
「はい!」
元気に返事をする遥斗を、涼真はただ夜空の瞳で見つめていた。
『ほんとに遥斗と涼真は仲がいいの?』という疑いが満ちてゆくのが、5歳な遥斗にもわかる。
……話したこともないよ。
しょんぼりする気持ちを振り払うように、遥斗はあいさつを終えた先生を見あげた。
「せんせー、じこしょーかい、する?」
「そうだな! じゃあ皆集まって! 今日から新しく年長さんに入ることになった、一条涼真くんです」
お兄さんな先生に集められた皆の視線を受けた涼真は、こくりとうなずいた。
「……んん? 一条くん、皆に、あいさつしてみようか」
こくんと涼真はうなずいた。
皆で、しばらく待ったけれど、唇が開かれることは、なかった。
「よし、皆で仲良くしような!」
先生がにこにこして、皆も「はーい!」よいこのお返事をした。
『遥斗と涼真は、ほんとに仲がいいの?』という疑問な空気は一瞬でなくなっていた。
涼真の真っすぐにのびる髪も、まだ幼いのに切れあがる瞳も、無口で無表情で何を考えているのかわからないところも、ふわふわの髪で明るくてよくはしゃぐ遥斗とは、まるで真逆だ。
凛として、やさしい涼真のおねえさんみたいなおかあさんが『よろしくね』と言ってくれたから、遥斗は幼稚園のことを一生懸命、涼真に教えた。
毎日一緒に通園するのに涼真は、こくんとうなずくか、ふるふる首をふるくらいで、ほとんど口をきかなかった。手をにぎることも、なかった。
それでも一緒に幼稚園にゆき、一緒にお勉強したり遊んだりするようになると、涼真のすきなことが見えてくる。
本よりゲーム、インドアよりアウトドア、かけっこ大すきな遥斗と、ゲームより本、アウトドアよりインドア、勉強大すきな涼真が、あうわけがない。
初対面のときに口をきいてくれなかったことも、差しだした手をにぎりかえしてくれなかったことも、一緒に幼稚園にしばらく通った今でさえ、ほとんど口をきいてくれないことも、遥斗の胸に冷たい石を落とした。
『なかよくしてね』『よろしくね』せっかく言ってくれたのに。
なかよくしたくても、なかよくなれないりょーくんは、遥斗のなかでちょっと苦手なお隣さんになった。
お勉強より、遊ぶこと大すき! な遥斗は、歌もお遊戯もお勉強も今ひとつだったが、走るのだけは速かった。
遥斗の唯一の特技は、かけっこだ。
一番の見せ場は、運動会だ。
涼しくなってきた秋に行われる運動会は、佐倉家の一大イベントだ。
おとうさんが腕によりをかけてお重のお弁当をつくってくれ、おかあさんは脚立まで持参で動画を撮ってくれるらしい。
「がんばれ、はる!」
両親の応援を背に、遥斗は幼稚園の運動場へと出た。
いつもの運動場が、色とりどりの三角の旗でかざられ、入場門や退場門が花飾りでそびえたつ。
たくさんの保護者でつめかけて、幼稚園はまるでいつもと違う世界だ。
この華やかな場で『かけっこが速い』ことは遥斗の鼻を高くした。
世界でいちばんえらくなった気さえした。
いちばんになって、ぴかぴかの星を胸にかけてもらう。
おかあさんも、おとうさんも、よろこんでくれるだろう。
『よくやった、はる!』
遥斗を誇りに思ってくれるだろう。
『いちばん、すごいね、はるくん』
幼稚園の皆も、ほめてくれるかもしれない。
『はるくん、すごい』
お隣のりょーくんも、もしかしたら、声を聞かせてくれるかもしれない。
わくわくした。
世界が、あたらしくはじまる気がした。
「位置について!」
先生の声がする。
皆で白い線のうえに並ぶ。
上体を低く、脇をしめ、拳を握って、構える。
「よーい!」
ぎゅっ、遥斗は息を止めた。
パァン──!
音とともに駆けだした。
遥斗は走るとき、いつも風になる気がする。
足から伝わる振動が指先まで揺らし、鼓動を燃やす。巡る血に力があふれ、力強く腕を振ると、飛んでゆく気さえする。
いちばんだ。
わかってる。
すぐ後ろを涼真が駆けているのに、びっくりした。
あんなにインドアで、本ばかり読んでいるのに、勉強もできるみたいなのに、かけっこも速いなんて、ひどい。あんまりだ。
遥斗には、かけっこしか特技がない。
かけっこまで負けたら、遥斗には何にもなくなってしまう。
ぎゅっと奥歯を噛みしめた遥斗は、加速した。
『絶対、負けない──!』
足を、はやく、はやく、はやく
腕を、はやく、はやく、はやく
もうすぐゴールだ、あの白いテープまで、あと少し──
いちばんだ──!
歓喜した瞬間だった。
ズシャァアア──!
世界が、ひっくり返った。
何が起こったのか、わからない。
ただ、ものすごく痛くて、血の匂いがした。
目の前に、地面がある。
皆が、遥斗を追い抜いてゆく。
擦りむいた膝から、血があふれた。
いちばんだった遥斗は、一瞬で、ビリになった。
ぼうぜんと、皆の背中を見つめていた。
一年に一度だけ、自分が唯一輝くことができる晴れの舞台が、無惨に砂と石と血にまみれた。
唯一のとりえのかけっこさえ、じょうずにできない自分が、クズに思えた。
「……ぅ、あ……!」
あふれそうな泣き声を止めてくれたのは、のびてきた手だった。
ちいさな、涼真の手だ。
「ん」
『だいじょうぶ?』
『泣かないで』
『いっしょに走ろう』
やさしい言葉は、ひとつもなかった。
遥斗が一生懸命話しかけても、涼真は何にも言わないから、きらわれているのかもしれないと思っていた。
明るくて、よくはしゃぐ遥斗と、無口でおとなしい涼真は、性格があわないのだろうと思っていたのだ。
それは涼真もそうなはずで、お互いさまなはずだったのに。
涼真は、戻ってきてくれた。
遥斗が転んだら、涼真は一番になれたのに。
ぴかぴかの星がもらえたのに。
戻ってきて、ころんで砂と石と血まみれの遥斗に、手を差しだしてくれた。
一度も、遥斗とつないだことのない手を。
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