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いっしょ
しおりを挟む3年前にくるはずだった、りょーくんとのお別れが、もうすぐやって来る。
色づいた桜の樹々を見あげる遥斗の胸が、ぎゅっと軋んだ。
秋がくると、冬まではあっという間だ。
3年前はお別れが突然やってきて、もう涼真の隣が終わってしまうのかと泣いた。
今回は3年もがんばりにがんばって、だめだったから、また泣いた。
小学校のときのバレンタイン、あのとき、もうおしまいだと思ったのに、りょーくんの傍に、もう3年いられた。
それは、たしかなよろこびだった。
「……高校は、違っちゃうかもしれないけど。たまには、いっしょに遊んでくれたら、うれしいな」
涼真と一緒に歩く帰り道が、たまらなくいとしくなる秋の夕暮れだった。
目を見開いた涼真は、遥斗を見つめる。
「……一緒の高校に、行くんじゃないの、か……?」
夜空の瞳が、かすかに揺れた。
……一緒の高校に行きたい、そう、涼真は思ってくれたのだろうか。
願ってくれたのだろうか。
それだけで、遥斗は、めちゃくちゃうれしい。
「僕、めちゃくちゃ勉強したけど、白峰高校が限界だって。りょーくんは白王も余裕って聞いたよ。
すごいよ、白王なんて。がんばってね、りょーくん。──いや、がんばらなくてもいいのか」
さみしく笑う遥斗に、涼真は目をふせる。
涼真が口を開くことは、少ない。
だからこそ、話そうとしてくれるときは、なんとなくわかる。
言葉を待った遥斗に、涼真が低い声で聞いた。
「……ハルは、俺と一緒の高校、いや、なのか……?」
遥斗は息をのむ。
『たまに話したかと思ったら、なんてことを言うんだ!』
『りょーくんと一緒の高校に行くために、どれだけ机にかじりついたと思ってる!』
叫べない遥斗は、ぶんぶん首をふった。
「まさか! ずっと一緒に登下校したい。
……あ、白峰と白王だったら、同じ沿線じゃない? 途中まで一緒に行けるかも!」
はしゃぐ遥斗に、涼真は黙る。
いつものことだから、気にせずに遥斗は話をつづけた。
「うちの中学から、白王に行ける人って、すっごい少ないって。一年にひとり、いるかいないからしいよ。
りょーくんは、やっぱりすごいな」
「今度また、いっしょに勉強教えてね」
まるでひとりで話しているようなのに、涼真はいつも、ちゃんと遥斗の話を聞いて、うなずいたり、首をふったりしてくれる。
それだけで遥斗はうれしくなって、いっしょに帰る道が、とても、とても短くなる。
「また明日、りょーくん」
あと何度『また明日』言えるだろう。
残念ながらあまり伸びない背で、遥斗は涼真を見あげて、手をふった。
「ハル、白峰?」
「がんばったら」
涼真は、うなずいた。
「がんばれ」
遥斗は、瞬く。
「う、うん。がんばるね」
こんなに涼真と会話したのは、とても久しぶりな気がした。
勉強を教えてもらうときみたい。
熱くなる頬で、遥斗は笑う。
「僕、がんばるよ、りょーくん!」
涼真の行く高校には届かなくても。
もう、涼真の隣には、いられなくても。
がんばることは、きっと、ムダじゃない。
白峰高校受験の日は、雪だった。
たまにしか積もらないので電車が止まるかと思ったけど、何とか動いてくれていた。
「がんばってね、遥斗」
両親の励ましの見送りにさえ、胃がきしむ。
ぎこちなくうなずいて家を出たら、見慣れた人影に飛びあがる。
「りょーくん!? どしたの、はやいよ!」
中学校に登校するには、はやすぎる時間だ。
「白峰。受験。一緒に行こう」
ぽかんと口を開けた。
「……え、りょーくん、白峰受けるの?」
こくりと、うなずいてくれる。
「滑り止めにしても、もっといい高校のほうがいいんじゃ……」
ふるふる、涼真は首をふった。
「行こう」
うながされて、あわてて涼真の隣に並んだ。
のばした手を、涼真の手が握ってくれる。
いつもの位置だ。
いつもの涼真だ。
緊張でガチガチだった心も体も、つながる指のぬくもりに、ふうわりほどけた。
「えへへ」
笑ったら、涼真が振りかえる。
「いっしょに受験、うれしい」
だらしなく、にやけた顔をしたと思う。
ほんのすこし目を見開いた涼真は、つぶやいた。
「……俺も」
ちいさな、ちいさな声だった。
涼真の声ならどんなつぶやきも拾う遥斗の耳だからこそ聞こえた。
確かに聞こえたのに、嘘だろうと思って、ほんとうかなと疑って、頬だけが熱くなる。
ぎゅう
涼真とつながる手をにぎる。
ぎゅう
応えるように涼真が手をにぎりかえしてくれる。
がんばって覚えた英単語も数式も、何もかもが吹っ飛びそうな気がしたけれど。
「いっしょに、がんばろう、ハル」
涼真が微笑んでくれたら、手をつないでくれたら。
どこまでも、がんばれる気がするんだ。
試験は、夢中でがんばった。
どんな問題が出たかも覚えていないけれど、まあまあ回答できたと思う。
「心臓、口から出るかと思った」
笑う遥斗のとなりで、涼真の唇の両端が、かすかにあがる。
「ハルなら、だいじょうぶ。ずっと、がんばってたから」
しずかな、やさしい声に、泣きたくなった。
「……ありがとう、りょーくん」
鼻の奥が、つんとした。
電車に乗って、改札を出たら、雪交じりの北風が吹きつけた。
「さ、む──!」
あわててコートの襟を立てたけど、寒い。
おかしいな、と思ってはじめて、マフラーをしていないことに気づいた。
受験会場に忘れてきたわけではなく、家に忘れてきたみたいだ。朝は、受験の緊張と、涼真と一緒に受験できるうれしさで、寒さを感じなかったらしい。
受験が終わって、ほっとしたら、寒さがこたえるようになったのだろう。
「ん」
涼真が差しだしてくれたマフラーに、跳びあがる。
「りょーくんが寒いよ!」
「ん」
差し出しつづけてくれるマフラーを見つめた遥斗は、ふつうのマフラーより長くてあったかそうなマフラーの端っこを自分の首に巻いて、もう片方を涼真の首に巻いた。
「これだとふたりで、あったかいよ。くっついてないと、歩けないけど」
笑う遥斗に、目をまるくした涼真も笑う。
「首が絞まるよ、ハル」
「じゃあ、やめる?」
ひとつマフラーで繋がっているから、こんなに近くに涼真がいる。
いつも使っているのだろうマフラーから、涼真の名のとおり、凛とした、すずやかな香りがする。
……りょーくんの、マフラーだ。
さっきまで、りょーくんの首に巻かれていたから、まだほんのりあったかい。
りょーくんの、体温だ。
思うだけで、発火した。
どきどきして、顔をうずめるマフラーは、りょーくんの香りがする。
いつも一緒に帰っている涼真の隣は遥斗の定位置だったけれど、それでもここまで近づいたことはない。
手を繋いで歩くときでさえ、もうすこし身体は離れていた。
近すぎる涼真に、うっとりしてしまった遥斗は、自分から『マフラーを外す』とは言いだせなかった。
ふたりで同じマフラーにくるまっていたいから。
こんなに近いところにいる涼真を、離したくないから。
涼真は、遥斗のいたずらみたいな『いっしょにマフラー』に、顔をしかめたり、態度や視線で、いやそうにしたりしなかった。
「ちょっと、歩きにくい」
ほんのり朱いまなじりで、ぽそりと言っただけだった。
「……はずす……?」
ほんとは全く全然聞きたくなかったことを、心配で思わず聞いてしまった。
「さむい」
……たしかに。
おかしくて、笑ってしまった。
涼真にとったら、寒いから、ふたりで一緒のマフラーにくるまるのも、やぶさかではないのだろう。
そこには『ともだちだし、幼なじみだし、まあいいんじゃないか』という透きとおった感情だけがあった。
遥斗の『すこしでも傍にいたい』『傍にいられたら、うれしい』あまい熱と香る恋慕とは、まるで真逆だ。
──まったく脈がない。
わかっていても突きつけられるとショックだろうと思うのに、遥斗は笑っていた。
涼真らしい。
「僕もさむいから、もちょっとゆっくり歩いて、りょーくん」
笑ってマフラーを引っ張ったら、涼真が引っぱりかえす。
「ハルが、速く歩けば?」
おお、今日はいっぱい話してくれる! うれしい!
りょーくんのマフラーに顔をうずめた遥斗は、にまにま笑ってしまう。
「雪で滑って危ないだろ」
ほんとうは、涼真とくっつく時間がのびればいいと願うだけ。
「じゃあ、運命共同体」
ほんのり笑った涼真が、遥斗の手をにぎる。
「ころぶときは、いっしょだ」
とくりと胸が、音をたてる。
幼稚園の運動会のときみたいに。
鼓動が、跳ねるたび
きみが、笑ってくれるたび
きみが、手をつないでくれるたび
きみに、恋に、落ちてゆくんだ。
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