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おまけのお話
月がきれいです
しおりを挟むようやく涼しくなって、秋らしくなってきた夜に、月の光が降りてくる。
おんぼろ寮のちいさな部屋から夜空を見あげた俺は、ディーの手を引いた。
「ディー、月がきれいだよ」
顔をあげたディーの蘇芳の髪が、月の光にきらめいた。
「俺、あんまり知らないんだけど、前世の世界でね『月がきれいですね』って『あなたがすきです』っていう意味なんだって」
月明かりに透ける緋の瞳が瞬いた。
「へえ」
そっけなく呟いたディーのまなじりが、ほんのり朱に染まる。
伸びた長い指が、俺の手を握ってくれる。
秋の夜に懸かる月は、いつもより輝いて、いつもより清かに見える気がするのは、名月と謳われるからだろうか。
春も夏も冬もきらめく月は、あなたの隣で見るから、こんなに愛しい。
「……月、きれい、だな」
ぽそぽそ、ちいさな声がした。
尖った耳を真っ赤にして、ディーが手を握ってくれる。
「ディー、だいすき!」
ぎゅう、と抱きついたら
「……俺も」
紅い頬で、抱き寄せてくれた。
ふたりで並んで、月を見あげる。
いつもディーに夢中で、振り向いてほしくて必死だったから、ふたりで一緒の穏やかな時間なんて、あまりなかった気がする。
今も、どきどきしてるから、ほんとはちっとも穏やかじゃないけど。
顔が熱くて、鼓動がうるさくて、繋がる指が、たまらなく甘い。
指がふれるだけで、心がつながるわけじゃないのは解ってる。
でも、きゅ、と握るたび、ぎゅ、と握り返してくれたら、その目に俺を映してくれたら、鼓動が跳ねて、吐息が溶けて、どんどんディーしか見えなくなる。
熱い頬を隠すように、笑う。
「お月見って、お団子つくるんだ。月を見ながら食べる」
「ふうん」
「明日、一緒につくる?」
「……リユィがしたいって言うなら」
ぽそぽそ呟くディーの耳が紅い。
「ディー、かわいー!」
抱きついたら、抱きしめてくれる。
「リユィが、かわいー」
赤い頬で、笑ってくれる。
瞳が重なって、ふうわり唇が重なった。
心まで、繋がるわけじゃない。
ディーのことを、ぜんぶ解ってあげられるわけじゃない。
でも、指を、唇を、身体を重ねるたび
だいすきが、降り積もって
ディーでいっぱいに、なってゆくから
「ディーも、俺でいっぱいになったらいいのに」
精悍な頬に指をすべらせて囁いたら
「俺の台詞」
唇が、くっついた。
すぐにとろけて、訳がわからなくなっちゃうから、うなじを滑ってゆくディーの指をつかまえる。
「だめ。今日は、お月見なの」
からめたディーの指先に口づけて、笑う。
ふわ、と紅くなったディーが指を抜こうとするのを、ぎゅっと掴んで止めた。
「だめ」
笑ったら、真っ赤になったディーが、掴まえていない方の大きな掌でちいさな顔を覆う。
「……生殺しか」
「どきどきするから、もっと月がきれいに見えるよ」
ディーを抱っこして、笑う。
もっと、もっと、だいすきになるから
もっと、もっと、だいすきになってね
伝わったかな
尖った耳の先まで真っ赤になったディーが
ぎゅうぎゅう、抱きしめてくれた。
今日も、月が、きれいです。
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