【完結】国で一番かっこいい騎士の伴侶に選ばれてしまいました

  *  ゆるゆ

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いい子には

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 質素倹約を旨とするセィムの荷物は少ない。
 シァルが手伝ってくれたら、あっという間に荷造りは終わってしまった。

 手配してくれたのは白い幌のついた荷馬車だ。
 ちょっとよい馬車だけれど、目立たない。
 救国の英傑が乗るにしては質素すぎるが、セィムの引っ越しには、ちょっと奮発した感じに仕上がっている。
 さすがシァルだ。

「俺が持つよ」

 微笑んで荷を持ってくれるシァルが、箱をひとつじゃなくて、セィムの荷をすべて積みあげて持とうとするのを、慌てて止めた。

「天井に、つっかえますから!」

 照れたようにシァルが荷を下ろす。

「ごめんね、はやく引っ越して、ふたりきりになりたくて。つい」

 ほんのり朱く染まるまなじりで、きゅ、と手を握ってくれたら、噴火するしかない。

「…………っ!」

 セィムは思わず鼻を押さえた。

 鼻血を噴かなかった鼻の血管を、全力でほめた。


 ──よくやった、セィム!
 シァルさまの前で鼻血とか、真剣に泣いちゃうから……!


 鼻をさすさすしたセィムは、今日は自分を二度もほめたことに気がついた。

 今まで『自分をほめよう』なんて思ったこともなかったし、そんなことがあるとさえ想定していなかったのに『よくやった!』自分をほめるたび、くしゃくしゃに小さく縮こまって歪んでいた自分が、ふわふわあたためられ、やわらかに舞いあがるみたいだ。

 ……干した海藻が戻るみたいに?

 この間、市場で初めて見て冒険する気もちで購入した海藻が、めちゃくちゃ硬かった小さな塊が、水に入れてしばらく置いておくと、ぶわんとやわく膨れあがったのにびっくりしたことを思いだした。

 おんなじ海藻でも、ちいさく硬くも、大きくやわくもなるみたいに。

 おんなじ人間でも、どんなに仕事ができなくても、小さく硬く縮こまるんじゃなくて、胸を張ってやわらかに生きていってもいいのかな……


 そんなことを、はじめて思ったことに、気がついた。



 ぼんやり考えながら馬車に荷を積みこむセィムに、見送りにきてくれた大家が吐息する。

「セィムちゃんが、いなくなっちゃうなんて、さみしくなるよ」

 まだ若くみずみずしかった頃から16年、家賃を滞納なく払いつづけたからこそ惜しんでくれるのだろう。
 ありがたく思いながらセィムは微笑む。

「すぐ戻ってきます」

 となりのシァルの透きとおる空の瞳が、凍てつく氷の瞳になった気がするけれど、近くの路地裏に悪漢がいたので睨みをきかせてくれたのだと思う。

 どんなささいな悪事も見逃さず、起きる前に抑止することができるだなんて、さすが救国の英傑だ。

「すごいです、シァルさま」

 うっとり尊敬のまなざしで見あげたら

「……え……? いや、俺は何もしていないよ」

 微笑んで謙遜するところも、さすが救国の英傑です!

 前の大家さんが、たゆたゆのお腹がぷるぷるするほど真っ青な気がするけど、気のせいだと思うな。


「ほいじゃあ、出しますぜ!」

 御者のおじさんが手をあげてくれる。
 馬が、ゆっくり、ひづめをあげた。


「げ、元気でな! セィムちゃん!」

 手を振ってくれる大家に、馬車の荷台からセィムは手をあげる。


 ずっと死ぬまで暮らしてゆくのだと、いつからか信じていた部屋が、あっという間に遠くなる。



 ふしぎだった。


 シァルが隣にいてくれる。


 ただそれだけで、見えるものが、変わってゆく。

 考えることが、変わってゆく。



 シァルの隣にいる。

 ただそれだけで世界が、一瞬で、変わってゆく。
 










「料理、しないんですか」

 荷馬車に揺られながら聞いたセィムに、隣のシァルは堂々と胸を張った。

「できない」

 セィムはしずかに眉をひそめる。

「それは『やらない』と同義です。
 自炊すると驚くほど節約できます。しなきゃならないなら、できるようになるんです」

 思わず突っこんだセィムは『救国の英傑になんてことを──!』あわてて平身低頭しようとしたけれど、止めたのはシァルだ。

「敬語」

 ぷっくりシァルがふくれているのは、セィムが敬語を使ったからで、反論したからではないらしい。


「俺の食費は限られているので、市場で買った野菜で適当に作って食べてもいいですか」

 セィムの口からなめらかに流れでる言葉に、シァルの凛々しい眉がさがる。


「どうしたらセィムは敬語をやめてくれるのかな?」

 セィムは顔をおおった。


「だってシァルさま、まぶしい──!」

 真実を告げた。

 存在自体が、輝いてる。


 顎に手をあてて考えるシァルも、勿論きらきらだ。
 町ゆく人が、荷馬車で揺られてゆくシァルを覗きこんでは拝んでる。セィムも一緒に拝んだ。

 ものすごく自然に、まるで当たり前のように、存在を前にするだけで拝みたくなる人と一緒に暮らすとか、絶対絶対絶対絶対絶対絶対夢だ──!

 また頬を引っ張ろうとしたセィムの手を、シァルの指が止める。


「じゃあ、敬語を使うたびに、口づける、というのは?」


「………………は…………?」


 セィムの顎が、落ちそうだ。



「恋人なんだから、当然だろう?」

「(仮)です──!」


 噴火するセィムの指に、シァルの指が、からまった。



「次、敬語を使ったら、ちゅうするから」


 輝くようにシァルが笑う。

 耳まで燃えて、ささやいた。



「……それは、俺に敬語を使えとおっしゃっているのと、同義です」


 馬車が、揺れる。

 空の瞳が、まるくなる。



「あぁ、じゃあだめだな」


 シァルの輝くかんばせが、近づいた。



 ちゅ


 ふわふわの、やわらかなくちびるが、セィムの頬にふれて、はなれてく。



「じゃあ、今度敬語を使ったら、二度と、ちゅうしてあげない」


 ぎゅ


 つながる指を、にぎられる。


 シァルのくちびるが、自分の頬にふれてくれたなんて夢みたいで、なのにすがるようにシァルの指をにぎった。



「……わかった」

 燃える頬でうなずいたら、シァルが微笑む。



「いい子には、ごほうび」


 ちゅ


 やわらかなくちびるが、まなじりにふれる。




 発火しそうなセィムは、シァルの指を握った。


 ぎゅうぎゅう、にぎった。
 








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