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やきもち
しおりを挟むセィムの頭が、沸騰してる。
──……ちゅう、してもらった。
救国のシァルさまに。
万年窓口な自分が。
ふあっふあの、やわらかな、くちびるで。
シァルさまの、とろけそうな香りにつつまれて。
ちゅう…………!!!
『あばばばばばばば……!』
撃ち倒されるような狂喜と混乱に号泣しそうな目と、ぐらんぐらんする頭と、燃える頬と、燃えるまなじりで、セィムはシァルの大邸宅に足を踏みいれた。
電撃魔道具はセィムを認識してくれたのか、シァルが手を繋いでくれているからなのか、青いひかりがセィムの身体をやわらかになでてすぐに消えた。
シァルが手をひいてくれる。
熱い頬でついてゆくセィムの足も、胸も、ふあふあしてる。
「セィムの寝室は、俺のの隣ね」
微笑みながら、シァルが自室の隣の扉を開けてくれる。
「俺は荷物を取りに行ってくるから、セィムは部屋を確認してて」
やさしく頭をなでてくれたシァルに、『俺が行きます!』言わなくてはならないセィムは、衝撃の言葉に固まっていた。
と な り ……!
もしかして、もしかすると、救国の英傑が服を脱いだりする衣擦れの音が聞こえたり──するわけないだろう……! 分厚い壁がある!
かつてない脳内の興奮がおかしな方へ暴走しかけたセィムは、壁に頭をごちんとぶつけた。
ごちん、ごちん、ごちん、ごちん。
落ちつくんだ、セィム……!
隣だから何だっていうんだ、集合住宅でも、お隣さんがお手洗いに行っている音とか聞こえ…………シァルさまの、お手洗いの音が、聞こえ…………?
るわけないだろおぉおお──!
ごちん! ごちん! ごちん! ごちん! ごちん!
「せ、セィム? すごい音がしたよ、どうしたの!」
あわてて駆けつけてくれるシァルが、まぶしすぎて、天使すぎて、自らの卑猥な想像を猛烈に反省したセィムは、流血していそうな額をなでる。
「も、申しわけ……」
敬語を使ったら、二度と『ちゅう』してくれない……!
あわあわしたセィムは、燃える頬で、つぶやいた。
「ご、ごめん、心配させて。ちょっと頭を冷やしたくて」
そうっと顔をあげたら、ごつごつの掌が降りてくる。
「腫れてる。痛むでしょう」
心配そうにかがんでくれるシァルの、輝くようなかんばせが近すぎて、鼓動が駆ける。
「へ、平気」
敬語を、はずす。
それが、こんなに難しくて、こんなに照れくさくて、こんなにどきどきするなんて、知らなかった。
シァルを見あげる目が、潤んでゆく。
きらきらのシァルが、もっと、もっと、輝いてゆく。
「荷物を整理するの、手伝おうか」
やさしく聞いてくれるシァルに、首をふる。
「だ、だいじょうぶ。ありがとう。物の場所は自分がわかったほうがいいから」
下着とかシァルにさわられたら、ほんとに、憤死するから──!
燃える頬で、申しわけなく断ったら、ちょっと眉をさげたシァルはうなずいてくれた。
「そっか、わかった。じゃあ、居間にいるから、手伝いがいるときは呼んでね」
やさしく手を握ってくれた指が、離れてく。
『ちゅう、は……?』
聞きたくなって、耳まで燃えた。
……な、なななななな何を考えた──!?
心の臓が破裂しそうに、熱い。
血の管が脈打つ音が、耳元でうなる。
ぎゅうぎゅう、胸が、苦しくなる。
病気なのかと一瞬、疑ったセィムは、首をふる。
恋に落ちる、音がする。
吸う息まで、熱い。
燃える頬を包むてのひらまで、熱い。
切なく、くるしく、駆ける鼓動を抱えたセィムは、荷をほどきはじめた。
奢侈な装飾を削ぎ落とした洗練が香る部屋に、持ってきた服がみすぼらしく見えて、肩が落ちる。
「……こんなところで、ほんとうに暮らすのかな」
『伴侶になってほしい』シァルが言ってくれてからずっと、ありえない夢のなかにいるみたいだ。
ぽわぽわした頭と手と、どきどきする胸で、少ない荷をしまい終えたセィムは階下に降りる。
すぐに気づいたシァルが、邸内にある魔道具や設備をセィムに教えてくれた。
シァルが暮らす大邸宅には、恐ろしいことに鍋も調味料も食材も何もなかった。
「何を食べてるん……!」
ですかって言ったらだめだ──!
あわあわ止まったせいで、変なところで切れてしまったセィムの言葉を、シァルは笑ったりしなかった。
「かわいい」
頭をなでなでしてくれる。
シァルの視力が心配になってきた……!
「あ、あの、シァルさま、もしかして目が見えなくなる病なんじゃ……」
そうっと聞いたセィムに、シァルはふくれた。
「さまも禁止。言ったら二度と、ちゅうしてあげない」
死刑宣告されたように、セィムは跳びあがる。
「は、はい! い、今のは敬語じゃないから……!」
叫んだセィムに微笑んだシァルは、やっぱり頭をなでてくれた。
ごつごつのてのひらが、やさしい。
「俺の食事は、選王宮の料理人が配達してくれるんだ」
さすが救国の英傑、選王と同じものを召しあがってる!
「じゃあ……シァル、は、それで。俺は勝手に料理していい?」
この輝かしいシァルさまを呼びすてるだなんて、くだけた口をきくだなんて、心の臓にめちゃくちゃわるい。
『シァル』口にすると、鼓動が跳ねる。
頬が、燃える。
「俺にも食べさせてくれるなら」
指をからめて握ってくれるシァルが、まぶしすぎて、つらい。
「きゅ、救国の英傑が召し……食べるようなもの、作れないけど……!」
敬語を使ったら、もう二度と、ちゅうしてくれない。
──今のは、だめだっただろうか。
泣きだしそうな目で見あげるセィムの頬に、やわらかな唇が降ってくる。
「セィムが作ったごはん、食べさせて」
ちゅ
あまい音が、やわらかなぬくもりが、頬にふれて、はなれてく。
最新鋭の設備なのに全く使われた形跡のない台所で、ぽわぽわ頭のセィムは料理をはじめた。
魔導士ユリお手製の、髪と目の色を変えて目立たなくする魔道具の眼鏡をかけて、市場の買い出しからずっとつきあってくれるシァルの目の前で料理をするのは緊張する。
救国の英傑が自分の手料理を食べてくれると思うだけで、野菜と肉を香草で煮ただけの簡単な家庭料理を作る指が、ふるえてる。
「いい匂いだ」
とろけるように微笑んだシァルは、セィムの手料理を食べてくれた。
シァルの空の瞳がまるくなる。
「……うまい」
『いいなあ! 僕も食べたい!』
突然響いたユリの声に、セィムは跳びあがる。
異常がないか、ユリは時々邸内の様子を確認してくれているらしい。台所にも設置されている魔石が輝いて、もしゃもしゃの毛玉みたいなユリが手を振ってる。
「いや、ユリは食べなくていいから」
鼻を鳴らすシァルに、ユリがふくれた。
『やきもち烈しい男は、きらわれるよ!』
シァルの輝くかんばせが、一瞬で絶望に染まる。
「セィムは、やきもち、きらい……?」
ごつごつの手で、きゅ、と指をにぎられたセィムは、熱い頬で首をふる。
駆けっぱなしの鼓動が、とくとく揺れた。
「やきもちをやいてもらえるなんて、それだけ想ってくれているということだから。……すごく、うれしい」
ぽそぽそささやいたら、ぎゅう、と手をにぎってくれる。
「だって!」
ぴかぴかに輝くシァルのかんばせに、魔石のなかのユリが、げんなりしてる。
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