38 / 131
キュトたん、陥落
しおりを挟む魔王さまのお家の隣、キュトの家の反対側の場所を確かめたレトゥリアーレは、目を閉じる。
月影に照らされた、つややかに流れ落ちる長い銀糸の髪が、舞いあがる。
エルフの長の膨大な魔力が、透きとおる。
辺りを祓うように広がる魔力に、キュトもジァルデもゼドも僕も、目を瞠る。
清かな歌が、桜の唇から零れた。
エルフの長が住まうところにしか生えぬという精霊の樹が、芽吹きゆく。
幹を、枝を伸ばし、天を覆うように翠の葉を茂らせた樹は、レトゥリアーレの一節が終わる頃には、大樹になった。
レトゥリアーレの銀の爪が触れると、巨大な幹に、扉が現れる。
「…………え?」
レトゥリアーレが扉を開くと、中にはエルフのお家が広がっていた。
細く伸びた枝や葉がたえなる弓を描き、椅子や机、寝台や窓を形作る。
床にはふかふかそうな樹皮が敷き詰められていた。
天井から下がる明かりは精霊が舞う姿が模られ、やわらかな光を投げかけた。
なかで明かりを燈すのは、たぶん、光の精霊だ。
目が合うと、手を振ってくれる。
「きゃー! 精霊さん!」
手を振り返して悶える僕に、精霊が笑ってくれた気がした。
お家、全部、精霊の樹だ!
さらに精霊が住んでる!
すごい!
メルヘン!
か──わ──い──い──!
「ぎゃああァアああ!
こ、このエルフ、せ、精霊の樹を、お家にしたぁあああ────!」
悲鳴をあげるキュトの隣で、ジァルデもゼドも引き攣った。
僕、あんまりこっちの世界の常識ないけど、ものすんごい、やったらだめなことのような気がしてきた!
めちゃくちゃ可愛くて、めちゃくちゃ住み心地良さそうだけど!
仰け反る皆を見渡して、レトゥリアーレは微かに笑う。
ああ、もうその微笑みで生きていけます。
世界一むかつくモブなのに、お傍にいちゃいけないと思うのに、レトゥリアーレさまの生微笑み見られるとか、僕、ほんとに尊死する────!
「一瞬で家が建つ。
大樹も、私がなかにいると、魔力が補充できて喜んでくれる」
「そ、そそそそうなの?
ぼ、僕も入っていい?」
紫紺の目をきらきらさせるキュトに、レトゥリアーレは銀の眉をあげた。
「ルルに手出ししないなら」
「くぅうううゥウウうう!!!」
ちっちゃな愛らしい顔を歪めるキュトは、魔法研究魂と、何かを闘わせているみたいだ。
伝説の魔法マニアのキュトの研究魂と闘えるなんて、なんかすごいものが闘ってる!
「ぼ、僕も、お家に入りたいです!」
うめくキュトの隣で、僕は手を挙げる。
ジァルデとゼドも手を挙げた。
「はいるー!」
きらきらの瞳のクロの、ふわふわの尻尾は、ぶんぶんだ。
「どうぞ」
ふうわり、レトゥリアーレが笑ってくれる。
その笑顔だけで、意識が遠くなるよ。
はあ、レトゥリアーレさま、尊い──!!!
倒れそうな僕を、クロが支えて、ジァルデが、きゅるるる氷枕を作って、鼻にあててくれる。
鼻血準備万端!
ありがとう、クロ!
ありがとう、ジア!
「わぁあ!
お邪魔します──!
ほわぁあああああ──!」
めちゃくちゃいい匂いする!
精霊の樹の香りかな?
ま、まさか、レトゥリアーレさまの香り?
きゃああああァア────!
もだもだして倒れそうな僕を、クロが支えてくれる。
ジァルデが、氷枕をぐりぐり鼻に押しあててくれた。
だ、だいぶ、つべたい。
ありがとう、クロ。
ありがとう、ジア。
「は──!
かわい──!
樹なのに、ふかふかしてる!
すごい! ぬくぬく!
精霊さんがいる!
ほわぁああああ!」
僕の感激の声の隣で、ジァルデが
「すごいな」
呟いて、ゼドは
「いいな!」
もふもふのたてがみを揺らした。
「いーにおいー!」
楽し気に飛び跳ねるクロの尻尾は、ぶんぶんだ。
「ぐぅうううううゥウウウうう!!!
い、入れてください…………!」
崩れ落ちたキュトに、レトゥリアーレは、唇の端をあげる。
「約束するか?」
「い、いじわるエルフめ!」
レトゥリアーレは銀のたおやかな眉をあげる。
「入らないでいいのか。
伝説の精霊の樹に」
桜の唇が、あでやかな弧を描いた。
「ぐぅ゛う゛ううゥウウウぅぅうううう!!!!」
キュトのちいさな頬が、涙に濡れる。
「…………入れてくださいお願いします」
にやりと、レトゥリアーレが笑う。
わるい笑みが、この上なくかっこいーなんて、レトゥリアーレさま、尊い!!
867
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?
詩河とんぼ
BL
前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!
水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。
それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。
家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。
そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。
ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。
誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。
「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。
これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
【完結】悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる
路地裏乃猫
BL
ひょんなことから悪役令嬢モノと思しき異世界に転生した〝俺〟。それも、よりにもよって破滅が確定した〝バカ王子〟にだと?説明しよう。ここで言うバカ王子とは、いわゆる悪役令嬢モノで冒頭から理不尽な婚約破棄を主人公に告げ、最後はざまぁ要素によって何やかんやと破滅させられる例のアンポンタンのことであり――とにかく、俺はこの異世界でそのバカ王子として生き延びにゃならんのだ。つーわけで、脱☆バカ王子!を目指し、真っ当な王子としての道を歩き始めた俺だが、そんな俺になぜか、この世界ではヒロインとイチャコラをキメるはずのヒーローがぐいぐい迫ってくる!一方、俺の命を狙う謎の暗殺集団!果たして俺は、この破滅ルート満載の世界で生き延びることができるのか?
いや、その前に……何だって悪役令嬢モノの世界でバカ王子の俺がヒーローに惚れられてんだ?
2025年10月に全面改稿を行ないました。
2025年10月28日・BLランキング35位ありがとうございます。
2025年10月29日・BLランキング27位ありがとうございます。
2025年10月30日・BLランキング15位ありがとうございます。
2025年11月1日 ・BLランキング13位ありがとうございます。
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました。これもひとえに皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる