13 / 90
しょうげき
しおりを挟む生まれた世界なのに、僕は目をみはる。
精霊界は夜なのに、人間の世界は昼だ。
降りそそぐ陽は弱く、茂る緑の葉は淡く、渡る風は
「……くちゃぃ」
鼻をつまむ僕の隣でリィフェルも眉をしかめ、アライアは笑った。
「すぐ慣れる。生き物の匂い、汗と血と排泄物と死骸の匂いだ」
僕はアライアとリィフェルを見あげる。
「……ぼく、も……?」
くちゃい……?
二精は顔を見合わせた。
「……いや」
「ちっと、かいでみるか」
真っ暗な僕の髪に鼻を突っこんだアライアが、すんすん匂いをかいだ。
固まった僕に、沙汰がくだる。
「くさくねえ」
思いつく理由は、ひとつしかない。
「ちゅき、の、みにゅ?」
「ああ、そうかもしれない」
うなずくリィフェルの隣で、アライアは 腕を組む。
「そういや人間は排泄するよなあ。トェルはまだか」
「はーせ?」
「それが今ひとつ解らない」
首をひねる僕とリィフェルに、アライアが手を叩く。
「よし、見に行こう!」
楽しげに陽の瞳を光らせたアライアは、息ができなくなるうえ目までしぱしぱして涙が出るほど臭いところに連れてきてくれた。
緑の草が驚くほど規則正しく風にそよぐなか、風雨にさらされ今にも崩れ落ちそうな掘立小屋が、すさまじい匂いを放っている。
「これが厠だ!」
自信満々で楽しそうに紹介してくれるアライアに、僕とおとうさんはのけぞった。
「な、んだ、この匂いは──!」
リィフェルの周りに月光がパチパチしてる。
「丁度人間が入ってくぞ。トェルは男か」
アライアに振り返られた僕は、確かついてるのは男と言うのだと、こくんとうなずいた。
「あい」
「あっちも男だな。よし、しっかり見ろ」
ちょいちょいとアライアが指を振ると、掘立小屋の壁がなかったことになった。しかし人間にとって、壁はあるままらしい。突然壁が消えたというのに動揺することなく前をくつろげる。気持ちよさそうに放尿し、屈んで排泄するところを、僕もおとうさんも目をかっぴらいて見た。
「……!?」
「……くちゃぃ……」
僕は涙目だ。
アライアがお腹を抱えて笑ってる。
それも人間には聞こえなかったらしい、すっきりした顔で鼻歌とともに緑の草の原に消えてゆく。
「……こ、これが、はいせつ、か──!」
リィフェルにも衝撃だったらしいが、自分がするのかと思うと、ぷるぷるする。
「……くちゃぃ……」
くずおれる僕の肩をアライアが、ぽふぽふしてくれる。
「皆してるから。ふつーだよ、ふつー。今までしてないトェルがおかしいんだ。月の水のせいでちっと精霊っぽくなってるのかもな。あれは力の水だ。ぜんぶ吸収される」
僕は自分の前とお尻をこっそり見てみた。
……ここから出るんだ。
びっくりして怖い気持ちと、おとうさんに、きらわれるんじゃないかと恐れる気持ちで、ふるえが止まらない。
「に、人間を、少し理解した、気が、する」
リィフェルの目が虚ろだ。
僕はぎゅっと唇を噛んだ。
「……ぼく、きら、ぃ……?」
声にするだけで、涙があふれる。
「まさか!」
伸びた腕が、僕を抱きしめてくれる。
やさしいおとうさんだから抱っこしてくれるけれど、排泄したら、ひどい匂いがしたら、きらいになっちゃうんじゃ……!
ふるえる僕に、アライアは眉をしかめた。
「きらわれるってことを理解してるのか。……誰か言ったか?」
「ああ、確かアライアが。ノォナに『しつこくしたら、きらわれる』と」
「俺か──!」
仰け反ったアライアは、眉間に谷を刻む。
「そんなちょこっと言っただけで、きらいって概念を理解して、排泄したら汚くて臭くてリィフェルにきらわれちゃうかもって、泣いちゃうっていうのがもう、ありえねえだろ!」
びくんと跳ねた僕を守るように、リィフェルが背を抱いてくれる。
「大丈夫だ、トェル。
私は、その……人間には疎いが、くさいとか汚いとかでトェルを厭うことはない」
くしゃりと顔を歪めた僕の頭を、アライアが、わしゃわしゃしてくれる。
「そこは『トェルは臭くない、汚くない』って言ってやるところだぞ。泣いちゃうよな」
鼻をすする僕を抱きしめてくれる、おとうさんの腕が、強くなる。
「トェルはいつも、いい匂いがする。汚いなんて思わない。
トェルは、きれいだ」
ささやきが、胸にしみる。
悪魔と呼ばれる、この髪を、この目を、僕を、そんな風に言ってくれるのはきっと、あなただけ。
969
あなたにおすすめの小説
【完結】かわいい彼氏
* ゆるゆ
BL
いっしょに幼稚園に通っていた5歳のころからずっと、だいすきだけど、言えなくて。高校生になったら、またひとつ秘密ができた。それは──
ご感想がうれしくて、すぐ承認してしまい(笑)ネタバレ配慮できないので、ご覧になるときはお気をつけください! 驚きとかが消滅します(笑)
遥斗と涼真の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから飛べます!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】双子の兄が主人公で、困る
* ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……!
本編、両親にごあいさつ編、完結しました!
おまけのお話を、時々更新しています。
本編以外はぜんぶ、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。
みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。
愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。
「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。
あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。
最後のエンドロールまで見た後に
「裏乙女ゲームを開始しますか?」
という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。
あ。俺3日寝てなかったんだ…
そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。
次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。
「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」
何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。
え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね?
これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。
神子の余分
朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。
おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。
途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。
【完結】もふもふ獣人転生
* ゆるゆ
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
もふもふ獣人リトと、攻略対象の凛々しいジゼの両片思い? なお話です。
本編、舞踏会編、完結しました!
キャラ人気投票の上位のお話を更新しています。
リトとジゼの動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントなくてもどなたでもご覧になれます
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
『伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします』のノィユとヴィル
『悪役令息の従者に転職しました』の透夜とロロァとよい子の隠密団の皆が遊びにくる舞踏会編は、他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きしているので、お気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
ジゼの父ゲォルグ×家令長セバのお話が『ずっと、だいすきです』完結済みです。
ジゼが生まれるお話です。もしよかったらどうぞです!
第12回BL大賞さまで奨励賞をいただきました。
読んでくださった方、応援してくださった皆さまのおかげです。ほんとうにありがとうございました!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる