【完結】お義父さんが、だいすきです

  *  ゆるゆ

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しょうげき

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 生まれた世界なのに、僕は目をみはる。

 精霊界は夜なのに、人間の世界は昼だ。
 降りそそぐ陽は弱く、茂る緑の葉は淡く、渡る風は

「……くちゃぃ」

 鼻をつまむ僕の隣でリィフェルも眉をしかめ、アライアは笑った。

「すぐ慣れる。生き物の匂い、汗と血と排泄物と死骸の匂いだ」

 僕はアライアとリィフェルを見あげる。

「……ぼく、も……?」

 くちゃい……?

 二精は顔を見合わせた。

「……いや」

「ちっと、かいでみるか」

 真っ暗な僕の髪に鼻を突っこんだアライアが、すんすん匂いをかいだ。
 固まった僕に、沙汰がくだる。

「くさくねえ」

 思いつく理由は、ひとつしかない。

「ちゅき、の、みにゅ?」

「ああ、そうかもしれない」

 うなずくリィフェルの隣で、アライアは 腕を組む。

「そういや人間は排泄するよなあ。トェルはまだか」

「はーせ?」

「それが今ひとつ解らない」

 首をひねる僕とリィフェルに、アライアが手を叩く。

「よし、見に行こう!」

 楽しげに陽の瞳を光らせたアライアは、息ができなくなるうえ目までしぱしぱして涙が出るほど臭いところに連れてきてくれた。

 緑の草が驚くほど規則正しく風にそよぐなか、風雨にさらされ今にも崩れ落ちそうな掘立小屋が、すさまじい匂いを放っている。

「これが厠だ!」

 自信満々で楽しそうに紹介してくれるアライアに、僕とおとうさんはのけぞった。

「な、んだ、この匂いは──!」

 リィフェルの周りに月光がパチパチしてる。

「丁度人間が入ってくぞ。トェルは男か」

 アライアに振り返られた僕は、確かついてるのは男と言うのだと、こくんとうなずいた。

「あい」

「あっちも男だな。よし、しっかり見ろ」

 ちょいちょいとアライアが指を振ると、掘立小屋の壁がなかったことになった。しかし人間にとって、壁はあるままらしい。突然壁が消えたというのに動揺することなく前をくつろげる。気持ちよさそうに放尿し、屈んで排泄するところを、僕もおとうさんも目をかっぴらいて見た。

「……!?」

「……くちゃぃ……」

 僕は涙目だ。

 アライアがお腹を抱えて笑ってる。
 それも人間には聞こえなかったらしい、すっきりした顔で鼻歌とともに緑の草の原に消えてゆく。

「……こ、これが、はいせつ、か──!」

 リィフェルにも衝撃だったらしいが、自分がするのかと思うと、ぷるぷるする。

「……くちゃぃ……」

 くずおれる僕の肩をアライアが、ぽふぽふしてくれる。

「皆してるから。ふつーだよ、ふつー。今までしてないトェルがおかしいんだ。月の水のせいでちっと精霊っぽくなってるのかもな。あれは力の水だ。ぜんぶ吸収される」

 僕は自分の前とお尻をこっそり見てみた。

 ……ここから出るんだ。

 びっくりして怖い気持ちと、おとうさんに、きらわれるんじゃないかと恐れる気持ちで、ふるえが止まらない。

「に、人間を、少し理解した、気が、する」

 リィフェルの目が虚ろだ。

 僕はぎゅっと唇を噛んだ。

「……ぼく、きら、ぃ……?」

 声にするだけで、涙があふれる。

「まさか!」

 伸びた腕が、僕を抱きしめてくれる。

 やさしいおとうさんだから抱っこしてくれるけれど、排泄したら、ひどい匂いがしたら、きらいになっちゃうんじゃ……!

 ふるえる僕に、アライアは眉をしかめた。

「きらわれるってことを理解してるのか。……誰か言ったか?」

「ああ、確かアライアが。ノォナに『しつこくしたら、きらわれる』と」

「俺か──!」

 仰け反ったアライアは、眉間に谷を刻む。

「そんなちょこっと言っただけで、きらいって概念を理解して、排泄したら汚くて臭くてリィフェルにきらわれちゃうかもって、泣いちゃうっていうのがもう、ありえねえだろ!」

 びくんと跳ねた僕を守るように、リィフェルが背を抱いてくれる。

「大丈夫だ、トェル。
 私は、その……人間には疎いが、くさいとか汚いとかでトェルを厭うことはない」

 くしゃりと顔を歪めた僕の頭を、アライアが、わしゃわしゃしてくれる。

「そこは『トェルは臭くない、汚くない』って言ってやるところだぞ。泣いちゃうよな」

 鼻をすする僕を抱きしめてくれる、おとうさんの腕が、強くなる。


「トェルはいつも、いい匂いがする。汚いなんて思わない。
 トェルは、きれいだ」

 ささやきが、胸にしみる。


 悪魔と呼ばれる、この髪を、この目を、僕を、そんな風に言ってくれるのはきっと、あなただけ。







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