きみの騎士

心臓だいじょうぶ？

　魔法陣だよ！
　すごい！
　かっこいー！
　魔法使いみたい！

　わたわたするリイの目は、たぶんきらきらだと思う。
　ザインの目が泳いでいる。

「……ああ、うん、描けたな。
　間違うと魔術は失敗する。よく覚えるように！」

「はい！」

　大地に描いたのは、炎の魔術の紋様だ。
　初歩の初歩『はじめての魔法』なので、一番簡単なのを選んでくれたらしい。

　炎っぽい紋様と精霊語を組みあわせたものみたいだよ。
　魔力を介して魔術を成功させるための紋様を、魔紋と呼ぶ。

　魔紋なし、詠唱なしで成功させるのが無詠唱だけど、この世界ではありえないみたいだ。
　かっこいー魔紋と呪文にわくわくしている永遠のちゅうに病なので、うれしい限りだ！


　はじめての魔法だよ！
　がんばるよ！

　言われたとおりに描いた不思議な紋様を確かめ、教えてもらった通りに指を掲げる。

　すんばらしい異世界転生、きたれ！


「ロイキメテルナ！」


　………………ぽひゅ

　かすかな火の粉が舞って、消えた。



「……………………え？」

　愕然とするリイの隣でコルタが爆笑して、ザインは目を丸くした。

「…………本気でやったか？」

「めちゃくちゃ真剣です！！」

　拳を握るリイに、ザインの唇の端が上がる。

「リイに魔法の適性は、ないみたいだな」


　………………しょっぽい異世界転生でした………………

　希望が潰れるしかないんですけど！


「……い、いつか、使えるようになるんでしょうか……」

　ちいさな火の粉を見つめるリイに、ザインは鋼の瞳を細めた。

「使えなければ正式な光騎士にはなれん！」

　――血が引いた。

　至光騎士戦は優勝したけど魔撃が使えないので光騎士になれませんでしたとか、本気で泣く！

　ルフィスを見つける前に、ルフィスの傍にゆく資格を失うなんて、最低だ！


「ど、どどどどうしよう……！」

　泣きそうなリイの肩をぽんぽんしようとしたのだろう、手を伸ばしたコルタが胸を押さえる。

「……ぐ」

「どうした、コルタ！　苦しいのか！？」

　心臓発作か！　AEDがないよ！
　あわあわするリイを見つめたコルタが、ほんのり赤い頬で憤慨する。

「リイの涙目の攻撃力が上がってるんだけど！
　僕までよれっとするとか、もしかしてリイ、僕を狙ってるの！？」

　ちょっとうれしそうなのは何故かな、コルタ。

「狙ってない。
　捜してるのは、ルフィスだ」

　断言したら、コルタはぶっすり膨れて、光騎士たちが声を立てて笑った。


「俺は知らないけど、ちょっと実家に聞いてみてやるよ」

「伴侶の実家なら、誰か知ってるかもしれん。聞いてみよう」

　微笑んでくれる光騎士たちに、涙が出そうになったリイは、あわてて目を擦って深く頭をさげる。

「ありがとうございます！
　どうかよろしくお願いします！」

「…………ぐ」

　光騎士たちが胸を押さえてよれっとするんだけど、皆、心臓病？
　だいじょうぶ？？

　手を伸ばそうとしたら避けられた。

「そ、その涙目で近づくな！！」

　真っ赤な同僚たちの対応が酷いです！！





　リイは魔撃の鍛錬を第一に掲げ、特訓を決意した。

　暇を持て余している光騎士たちが魔撃の鍛練、剣術や武芸の鍛錬の相手を喜んでしてくれる。

　誰もが至光騎士戦で優勝し、精励を重ねた者だ。
　その気魄に、一点の隙もない舞のような武技に、震える。

「身体の芯をぶらすな！」

「はい！」

「視線で次の攻撃が読めるぞ！
　目を動かすな！」

「はい！」

「下がったら負ける！
　押し込め！」

「はい！」

　無言のじいちゃんは凄かった。
　リイの身体の動きは、光騎士たちと比べても常軌を逸している感じがする。

　けれど周辺諸国との衝突で実戦を重ねた光騎士たちの指導は、リイが気づけなかったこと、その域まで達せられなかったことばかりで、毎日が新しい発見だ。


　まだまだ、強くなれる

　きみのために


　魔撃は覚えることだらけで大変だけれど、鍛錬していると真っ白になれる。
　何もかもが削ぎ落とされ、鼓動だけが響く世界にゆける。

　光騎士になれたのにルフィスに届かないことも、海のような知識を呑みこむなんて絶対無理だと思う茫然も、魔術に対する不安も、何もかもが霧になる。


　ただ切っ先だけを見て、剣を振る。

　鼓動を感じ、風を感じ、天を斬る。



　きみのために、生きるよ

　ルフィス


　きみに染まりゆく心に、かすかに浮かんだ笑みは、刃に溶けた。