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守りたい
しおりを挟むレイティアルトの執務室まで、後少し。
肩で息をする三人の額から、汗が滴り落ちた。
数えきれぬほど敵を屠り、駆けてきた。
現れる敵の数に茫然とするたび、背が凍った。
ラトゥナは本気だ。
本気でレイティアルトとレミリアを殺す気だ。
そのためにここまで準備してきたのだ。
恐怖に反するように、息が切れる。
足が、もつれる。
柄をにぎる指が、汗で滑った。
「リイ────!」
レミリアとコルタの悲鳴が、遠くで聞こえた。
衝撃が襲い、濡れた感覚が背を伝う。
痛みは、あとから噴いた。
切り裂かれた背に眉を寄せたリイは、血が滴るのを感じながら、一瞬、目を閉じた。
明く。
汗を拭った手で柄を握り直し、息を止めた。
振り翳される剣を、止める。
背から噴きあがる血が、鼓動とともに脈打った。
「リイ!」
「斬る!」
己の目でさえ、刃の軌跡が霞む。
光となる剣が、翔る。
血を噴きあげ倒れゆく刺客に、息をついた。
「リイ……!」
涙のレミリアが、背の傷に手をあててくれる。
癒しの銀の光が溢れた。
「ありがとうございます、レミリアさま」
リイを抱きしめ、レミリアは首を振った。
「大丈夫か!」
駆けてきてくれる真っ青なコルタに頷いた。
「無様なところを見せた」
「3人で300人はつらいよ。
僕らはよく踏ん張ってる。
もうひと踏ん張りだよ」
汗をぬぐいながら、打ち身だらけのコルタが笑ってくれる。
「リイ、痛む?」
顔をのぞきこんでくれるレミリアの花のかんばせが近すぎて、鼓動が跳ねる。
「ゆけます」
「急ごう!」
コルタの声に頷いた。
軋む足を踏み出し、切れる息を振り切り、駆ける。
「来たぞ!」
「迎え撃て!」
敵の叫びに、乱れた息を整え、剣の柄を握りしめる。
リイの思いに応えるように、光剣が白銀に閃いた。
先陣を切るリイの背をコルタが守り、レミリアの銀の炎が敵を焼くはずだった。
「レミリア様……!」
コルタの悲鳴に、リイの血濡れた編上靴が止まる。
振り返ったリイの目の前で、敵の血に足を取られたレミリアの細い首に、鋼の刃が喰い込んだ。
「剣を捨てろ」
勝ち誇り、顎をあげる敵に歯噛みしたコルタの剣が、地に落ちる。
背後に潜んでいた刺客に、気づけなかった。
凍てついたように、リイの指は剣の柄を握ったままだ。
「ひめの命が惜しくないのか。
剣を捨てろ!」
レミリアの肌にふれる刃に、リイの瞳が冴え凍る。
蒼白きいかづちが、リイの光剣を取り巻いた。
白銀の光が、一閃する。
血が噴いた。
嘲笑を描く唇が、崩れ落ちる。
「お怪我は、ありませんか?」
かき抱き、輝く肌に傷がないかを確かめるリイに、レミリアの瞳から涙があふれた。
「リイ……っ」
恐怖から守るよう、レミリアを抱きしめる。
「俺の力不足です。
ごめんなさい、レミリアさま」
髪をなでて、抱きしめて。
背をあやすように撫でて慰めるリイの肩に、レミリアは紅くなった頬をうずめる。
「…………あの……僕も、いるんだけ、ど…………」
耳まで赤いコルタの嘆きを黙殺したリイは、刃を伝う血を払った。
雪明かりに輝く黒髪が、風もないのに舞いあがる。
「あなたに仇なす敵を、殲滅する」
血濡れた剣を掲げるリイに、星の瞳が揺れる。
「敵襲!」
高浪のように押し寄せる敵に目を剥いたコルタの叫びに、振り向いた。
風が、消える。
リイの周りを、いかづちが取り巻いた。
銀の光が、噴きあがる。
──魔撃を決めるのは、心の強さだ。
あなたのために闘うなら、強くなれる。
ルフィスのために闘った、至光騎士戦のように。
「我、リイ、光騎士の称号を受けし者。
我が光剣に宿りし雷精にこいねがう。
我が目前の敵を滅ぼすいかづちよ、来たれ。
我が主に仇なす者に、裁きの光を!」
描きゆく魔紋が烈しく輝き、うなりをあげて走る雷光が、真白き王宮を駆け抜ける。
「くだれ雷撃!
ザイレオス・ガイゼリオン!」
キュァアアアア──……!
銀の光が、一点に集中する。
雪崩のように押し寄せた敵が、凝集する魔力の反動に吹き飛んだ。
「な、んだ──?」
「に、逃げろ!」
あなたのために、闘う。
「ギゼルガリア!」
いかづちが、世界を染める。
月光石を切り裂き、大地に轟く雷撃が、贄を嘗めた。
光が消えたあと、立つ者はなかった。
倒れ伏した黒き塊から、微かに呻き声があがる。
「行きましょう」
どんな敵も、あなたのためなら、薙ぎ倒してみせる。
魔撃はすべてレミリアさまに賜ったものだけれど、そこはおまけしてください。
あなたをきっと、護るから。
リイの指を握るレミリアの頬が、朱に染まる。
レミリアの指先を握り返したリイが、熱い頬で笑った。
「兄さまが心配です。急ぎましょう!」
ちょっと涙目で拗ねたみたいにリイを睨んだコルタが頷いて、首を傾げたリイは星のひめの踵を追いかける。
つながる指で、あなたと駆けた。
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