きみの騎士

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花のきみ

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 何も見なかったことにしたリイは、駆ける足を速めた。

 たった三人だと侮り、数に物を言わせた敵はその進撃に色を失い、後退する。

 だが斬っても斬っても、敵は現れた。


 衛士にはなるべく峰打ちを心掛けたが、明らかにラトゥナの手の者とわかる、殺すために剣を抜く者は、容赦なく斬り捨てた。

 向こうは殺す気だ。

 生かせばこちらが、殺される。

 剣を振ったリイの刃から鮮血が滴り、白い月光石の床に血飛沫を散らした。


 あなたの命のために人を斬ることを、ためらったりしない。

 どんな罪に穢れても、俺は、あなたを護る。


 冴え凍るリイの隣で、レミリアは倒れ伏した刺客に銀の掌を掲げた。

「…………レミリアさま」

 まさか、回復を──?

 目を剥いたリイに、レミリアが笑う。

「リイの手が、私のために血で穢れるなんて、ゆるさない。
 起きないよう血だけ止めておくわ。
 ……何とか生きるように。
 ゆきましょう!」



 あなたが、笑ってくれる。

 血に染まる手を、癒してくれる。


 涙に滲む視界で、あなたと駆ける。



 この時間なら、レイティアルトは王太子執務室にいるはずだ。

 執務室は入り組んだ宮殿の最奥にある。
 王太子の執務室や私室は最高機密とされ、限られた者しか知る者はない。

「こいつら、殿下の居場所を知ってる?」

「ラトゥナが、どうして──!」

 コルタとレミリアの声に、リイは息をのむ。


 ──……キールが伝えたのかもしれなかった。


 レイサリア王宮は、巨大だ。

 王族の居住する広やかな宮殿、光国議会殿、王侯貴族の王宮執務室、舞踏殿、光騎士殿、光騎士鍛錬用闘技場、王宮衛士殿などを有し、隅々まで手入れされた庭園と噴水が白亜の宮殿群を彩る。

 内部をよく知る者でなければ、どこに何があるのか皆目わからなくなるように、宮殿は皆同じ月光石の同じ柱、同じ床、同じ大きさで造りあげられていた。

 王族を守るため、千年かけて築きあげられた、白亜の迷宮だ。

 王太子執務室に辿り着くまでには、恐ろしいほど複雑な回廊を踏破しなくては
ならない。
 部外者がレイティアルトを俊敏に襲うことは、不可能だ。

「ああもう! 迷宮すぎる!」

 肩で息をするレミリアを支えたリイも、額の汗をぬぐう。
 この道を覚えるために泣いた日々が、もう遠い。

 強固な守りが、レイティアルトを助けにゆきたい時にも障害になる。
 迷路のような宮殿の角を曲がるたび、冬の深い闇にまぎれ潜んでいた刺客が、刃を抜いた。

「──……どんどん多くなるな。
 召集弾、もう一発撃っておく」

 レイティアルトの執務室に近づけば近づくほど増えてゆく敵に、肩で息をしたコルタが、もう一度窓から天へと向け、銀の弾を撃ちあげる。

 翔る銀の光が、王宮の闇を切り裂いた。



 レイティアルトのもとへ駆けるたび、

「来たぞ!」

「出合え!」

 湧きおこる敵襲の刃を、リイの一撃が切り裂く。

 一瞬で崩れ落ちる兵に後退る敵を、

「ヴィレルゼリオン!」

 うなりをあげて逆巻く銀の炎が焼いた。


 リイより強いは、戯言ではない。
 希代の魔術士も、レミリアには完敗だろう。

「行きましょう!」

 血に染まる白き衣の裾をひるがえし駆けるひめに、跪きたくなる。


 あなたこそが、真のレイサリアの花のきみ。






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