僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ

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ぼくが

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 寝室の奥の部屋にあるお風呂は、ほわほわの白い湯気に満ちていた。

「あったかぃ! すごぃ!」

 ぺちぺち拍手する僕に、ムニャが首をかしげる。

「お風呂は、あったかいものじゃないの?」

 ふるふる僕は、首をふる。

「ぉふろ、はじめて! ぼく、いつも、いどで、あらぅの。ちべたぃの」

 ムニャといると、はじめてのことばかりだ。

「……僕は、とても、とても恵まれていたんだね……」

 ぎゅっと唇を噛むムニャの手をにぎる。

「しゅてきな、こと。むーちゃん、なかなぃで」

「……う、うん。ごめんなさい、ぽて」

「むーちゃんが、あやまゆこと、なぃ!」

 手をのばしたら、頭をさげてくれる。
 なでなでしてあげたら、赤い頬で、笑ってくれる。

「洗うのは、できるのかな?」

 顔をのぞきこむムニャに、胸を張る。

「あい!」

 白い花の陶器のお皿に置かれていた、白いせっけんを使ったら、ふわふわの泡ができて、びっくりした。
 ほんもののお花みたいな、いい匂いがする。

「ふあふあ!」

「せっけんだからね」

 ちいさく笑うムニャに、首をふる。

「ぼくの、せっけん、はいいろで、くちゃくて、あわ、ないの。ぉねだん、たっかくて、あんまり、おちなぃの。おせんたく、たぃへん!」

 ムニャが眉をさげる。

「そ、それは、せっけんなのかな……?」

「ちがぅ……?」

 泣きそうになる僕を、あわあわしたムニャが、やさしく抱っこしてくれる。

「ご、ごめんね、ぽて。僕はあまり物を知らなくて」

「そ、なの?」

 さみしそうにムニャはうなずいた。

「僕はずっと王宮の奥に押しこめられて暮らしていて……市井のことも、皆がどうやって暮らしているのかも、何にも知らないんだ」

 むつかしい言葉は、僕にはよく分からない。
 でも、ムニャが困っていることは、わかる。

「ぼくが、おしぇて、あげゆ!」

 胸を叩いて、笑う。

 ふうわり赤くなったムニャが、くすぐったそうに目をほそめた。


「ありがとう、ぽて。頼りにしてる」

 僕を抱っこして、笑ってくれる。


「むーちゃんの、かみ、あらって、あげゆね」

 ふしぎな白いせっけんに、のばした指をムニャの手が止める。

「あ、髪はこっちだよ」

 ムニャが隣の赤い花のお皿を指した。

「これ、なぁに?」

「髪を洗うための、せっけんなんだって。ここに送ってくれた従僕が教えてくれた」

「おくゆ?」

 ぎゅっと唇を噛んだムニャが、目をふせる。


「……今日、僕はここに……捨てられたんだ。ひとりきりで」

 泣きだしそうなムニャの瞳を見あげる。


「ぼくと、いっしょね」

「……うん」

 星の瞳からあふれる涙に、手をのばす。

「なかなぃで、むーちゃん」

「……うん」

 涙のムニャを抱きしめる僕の鼻も、つんとする。


「こっちで、かみ、あらって、あげゆ」

「……うん」

 赤いお皿のせっけんを泡立てるのに、ちょこっと水をもらおうとしたら、あったかい……!

「しゅごい、おみず、ぬくぬく!」

「お湯って言うんだよ」

 微笑むムニャは、おとぎ話に出てくる学者さんみたいだ。

「むーちゃん、たくさん、しってゆ」

「そ、そうかな?」

「むーちゃん、すごぃ!」

 ぺちぺち拍手したら、くすぐったそうに笑ってくれる。


「ありがとう、ぽて」

 抱っこしてくれるムニャが、泣いている。


 お父さんに捨てられた、降りつもる冷たい雪に圧しつぶされるような、せつなさも、大地が崩れ去るような、さみしさも、ムニャの涙を前にすると、遠くなる。

 僕の気もちは、ムニャのかなしみの前に、ちいさな、ちいさな、しみになる。


「むーちゃん、ぼくが、ぃる」

 抱きしめる腕は、骨と皮で。
 むーちゃんより、ずっとちいさい僕だけれど。

 でも、いつか、むーちゃんが、心から笑ってくれる人に、ほんとうに頼りにしてくれる人に、なりたい。

 ……ちがう。

 ──なるんだ。


「むーちゃんは、ぼくが、しあわせに、して、あげゆ!」

 抱っこしたら、星の瞳から涙が降る。





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