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ぼくが
しおりを挟む寝室の奥の部屋にあるお風呂は、ほわほわの白い湯気に満ちていた。
「あったかぃ! すごぃ!」
ぺちぺち拍手する僕に、ムニャが首をかしげる。
「お風呂は、あったかいものじゃないの?」
ふるふる僕は、首をふる。
「ぉふろ、はじめて! ぼく、いつも、いどで、あらぅの。ちべたぃの」
ムニャといると、はじめてのことばかりだ。
「……僕は、とても、とても恵まれていたんだね……」
ぎゅっと唇を噛むムニャの手をにぎる。
「しゅてきな、こと。むーちゃん、なかなぃで」
「……う、うん。ごめんなさい、ぽて」
「むーちゃんが、あやまゆこと、なぃ!」
手をのばしたら、頭をさげてくれる。
なでなでしてあげたら、赤い頬で、笑ってくれる。
「洗うのは、できるのかな?」
顔をのぞきこむムニャに、胸を張る。
「あい!」
白い花の陶器のお皿に置かれていた、白いせっけんを使ったら、ふわふわの泡ができて、びっくりした。
ほんもののお花みたいな、いい匂いがする。
「ふあふあ!」
「せっけんだからね」
ちいさく笑うムニャに、首をふる。
「ぼくの、せっけん、はいいろで、くちゃくて、あわ、ないの。ぉねだん、たっかくて、あんまり、おちなぃの。おせんたく、たぃへん!」
ムニャが眉をさげる。
「そ、それは、せっけんなのかな……?」
「ちがぅ……?」
泣きそうになる僕を、あわあわしたムニャが、やさしく抱っこしてくれる。
「ご、ごめんね、ぽて。僕はあまり物を知らなくて」
「そ、なの?」
さみしそうにムニャはうなずいた。
「僕はずっと王宮の奥に押しこめられて暮らしていて……市井のことも、皆がどうやって暮らしているのかも、何にも知らないんだ」
むつかしい言葉は、僕にはよく分からない。
でも、ムニャが困っていることは、わかる。
「ぼくが、おしぇて、あげゆ!」
胸を叩いて、笑う。
ふうわり赤くなったムニャが、くすぐったそうに目をほそめた。
「ありがとう、ぽて。頼りにしてる」
僕を抱っこして、笑ってくれる。
「むーちゃんの、かみ、あらって、あげゆね」
ふしぎな白いせっけんに、のばした指をムニャの手が止める。
「あ、髪はこっちだよ」
ムニャが隣の赤い花のお皿を指した。
「これ、なぁに?」
「髪を洗うための、せっけんなんだって。ここに送ってくれた従僕が教えてくれた」
「おくゆ?」
ぎゅっと唇を噛んだムニャが、目をふせる。
「……今日、僕はここに……捨てられたんだ。ひとりきりで」
泣きだしそうなムニャの瞳を見あげる。
「ぼくと、いっしょね」
「……うん」
星の瞳からあふれる涙に、手をのばす。
「なかなぃで、むーちゃん」
「……うん」
涙のムニャを抱きしめる僕の鼻も、つんとする。
「こっちで、かみ、あらって、あげゆ」
「……うん」
赤いお皿のせっけんを泡立てるのに、ちょこっと水をもらおうとしたら、あったかい……!
「しゅごい、おみず、ぬくぬく!」
「お湯って言うんだよ」
微笑むムニャは、おとぎ話に出てくる学者さんみたいだ。
「むーちゃん、たくさん、しってゆ」
「そ、そうかな?」
「むーちゃん、すごぃ!」
ぺちぺち拍手したら、くすぐったそうに笑ってくれる。
「ありがとう、ぽて」
抱っこしてくれるムニャが、泣いている。
お父さんに捨てられた、降りつもる冷たい雪に圧しつぶされるような、せつなさも、大地が崩れ去るような、さみしさも、ムニャの涙を前にすると、遠くなる。
僕の気もちは、ムニャのかなしみの前に、ちいさな、ちいさな、しみになる。
「むーちゃん、ぼくが、ぃる」
抱きしめる腕は、骨と皮で。
むーちゃんより、ずっとちいさい僕だけれど。
でも、いつか、むーちゃんが、心から笑ってくれる人に、ほんとうに頼りにしてくれる人に、なりたい。
……ちがう。
──なるんだ。
「むーちゃんは、ぼくが、しあわせに、して、あげゆ!」
抱っこしたら、星の瞳から涙が降る。
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