【完結】ずっと、だいすきです

  *  ゆるゆ

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おまけのお話

きせき

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 8歳のジゼでさえ、背がふるえるほどの艶を香らせて、ゲォルグの長い月のまつげが揺れる。

「……何か、あったか……?」

 心配そうにのばされる指に、ジゼは息をのむ。


 ──ああ、そうか。

 10年越しのセバとの愛の時を中断してまで出てきてくれたのは、ジゼを心配してくれたからか。



 父ゲォルグが愛してくれているのは『ジゼ』おばあさまと、セバの名をもらったからなのだろうと思っていた。

 叶うことがないと思い決めていたセバへの愛を籠められた名を、愛されているのだろうと。


 想いをこめた名前が、すき。

 ただそれだけで、子どもを愛せるだろうか。


 慕わしいわけではなく、憎しみさえいだくかもしれぬ相手との子を。


 ──憎まれて、当然だ。

 両親のあいだに愛はなく、帝王陛下の勅命で生まれたと知ったジゼは、そう思ってきた。


 セバの名をつけられた子を、母が愛せないのは当然だ。母が、自分を憎むような眼で見ていたことも、理解できた。それを苦しく思ってくれたのは、母のやさしさだろうと。


 想いをこめられた名前が、きらい。

 ただそれだけで、子どもを憎むだろうか。




「ジゼ……? 何か、あったのか? まさか、怪我を?」

 セバしか映ることはなかったのだろう、ぼんやりしていたゲォルグの瞳に、光が入る。


「大丈夫か?」

 父の、ごつごつの大きな手が、ジゼの頬を包みこむ。


 心配してくれていること。
 思ってくれていること。

 愛してくれていること。

 ジゼは、ゲォルグの気もちを一度も疑ったことがない。


 それほど、ゲォルグはいつもジゼを気遣い、ジゼを抱きしめ、とろけるような、やさしい瞳で笑ってくれた。

 想うことができない相手との子を、憎んで当然の、ただ勅命だから生まれた子を、愛してくれた。


 想う相手との子を、勅命で手にいれた子を、母が憎んだのと、反対に。


 ……母も、辛かったのだと思う。

 けれど、ジゼに残されたのは、憎しみの瞳で。


 愛してくれたのは、ゲォルグと、セバだ。




 愛する人の子ども。

 ただそれだけで、子どもを愛せるだろうか。


 憎しみしかないだろう相手との子を。




 帝王の勅命なんて無視して、ゲォルグとセバは国を捨て、逃げればよかった。

 ふたりで、しあわせになってくれれば、母は泣かなかった。


 ──自分は、生まれてくるべきではなかった。


 自責で潰されそうになるたび、ゲォルグが、セバが、抱きしめてくれた。



「ジゼさまが、だいすきです」

 一片の曇りもない、まっすぐな瞳で、笑ってくれた。


 愛してくれた。



 生まれてきたことは、奇跡で。

 愛してくれたことは、奇跡で。



「……おとうさま」

 抱きしめてくれるたび、泣いてしまいそうになる。


「ジゼさま、大丈夫、ですか──!」

 白い衣をひっかけただけで、よろめくように扉に近づくセバを、振りかえったゲォルグが光速で支える。


「何か、ありましたか。申しわけありません、時間の感覚がなくて──」

 真っ赤な頬で、上気する肌で、とろけた唇で、10年越しの愛を中断されたのに、心配しかない瞳で、ジゼの顔を覗きこんでくれる。


 あいしてる


 言葉にされなくても、つながる指から、かさなる瞳から、抱きしめてくれる腕から、あふれて


 いつもジゼを満たしてくれる。



「……もう、10日、経った、から、心配、で……湿布と、軽食を」

 鼻をすすったジゼは、持ってきたお盆を差しだした。


「10日──!」

 セバがのけぞって、ゲォルグは眉をあげる。


「心配させて、すまない。ジゼ。だが後20日は、出てこない」

 宣言するゲォルグに、笑った。


 セバの成人の日にあわせて、ひと月分の執務を前倒しで行っていたことを知っている。

 ほんとうにひと月、寝室に籠もる気らしい。

 滲んでしまった涙を、ぬぐう。


「セバの身体も、おとうさまの身体も、いたわってあげてください」

 湿布を押しつけたら、ゲォルグは喉を鳴らして笑った。


「ありがとう、ジゼ」

 抱きしめてくれるゲォルグの腕は、セバの香りで。

 はずかしくて、てれくさいけれど、おとうさまが抱きしめてくれるのが、だいすきで。


「ジゼさま、何かあったら、いつでもいらしてくださいね」

 ひと月、寝室に籠もることに異存がないらしいセバが抱きしめてくれる腕は、父の香りで。


「身体を、壊さないように」

 心配で見あげたら、とろけるようにセバが笑う。



「こわれても、ルグさまの、お傍にいたいです」


 ……ああ、こんなセバだから、自分を愛してくれたんだ。

 涙があふれそうで、あわてて笑う。


「……しあわせそうで、よかった」

 ささやいたら、きょとんとしたセバが微笑む。



「ルグさまとお逢いした日から、ずっと、俺は、しあわせです」

  至上のさいわいを溶かした瞳で、ジゼを抱きしめて、笑ってくれる。


「……俺は、ちょっと、辛かった」

 しょんぼりする父の10年の忍耐を思って、ぽんぽんその背をやさしくたたいた。


「よくがんばりました」

「うん」

 ジゼの肩にひたいをつけて、ゲォルグが微笑む。

 誇らしそうに、うれしそうに。

 ジゼを抱きしめて、笑ってくれる。



「あと20日、ごゆっくり。何かあったら、いつでも呼んでください」

 ジゼは、笑って、手をあげる。



 父とセバは、とろけるようにしあわせになったから。


 ……いや、ずっと、しあわせだったから。


 母にもさいわいがあることを祈って、目を閉じた。






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