願わくば、幸福な人生を。

屑籠

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 暫く歩き、次の街の中に入る。この街はノーズライナと言う少し田舎の侯爵家領地だ。
 宿を取り、はぁ、と息を吐く。宿はどうせ一日、二日しか泊まらないので、二人部屋だ。
 宿を確保した所で、冒険者ギルドへと向かった。宿屋の女将に聞けば、珍しくギルドは外壁付近の大きな建物だという。
 出入り口に近かったり、街の中心にあったりするギルドは珍しくはないのだが、外壁に沿って建つギルドは初めて見た。
 中に入り、ギルドの受付へと顔を出す。

「すまないが、最近できたダンジョンについての情報が欲しい」

 ちらっとギルドタグを見せれば、受付の女性はにっこりと笑い、かしこまりました、と事務的に対応してくれた。
 情報料はそれなりに取られるものの、何の情報も無しに挑むのとそうでないのは、雲泥の差だ。
 必要な情報を入手して、ギルドの酒場でレーヴェの前へ腰を掛けた。

「それで、ここってどんなダンジョンなの?」
「最近できたダンジョンじゃなくて迷宮らしいぞ」
「えぇー?まぁ、いいや。前回はダンジョンだったもんねぇ」

 ダンジョンと迷宮は正確には同じ部類として扱われるのだが、冒険者たちが会話に出すと少し意味合いが変わってくる。
 ダンジョンとは、自然発生したものではなく、意図的に魔人が作り出すものだ。魔物は凶暴性を持ち、人間も亜人も関係なしに襲ってくる。魔人ごとに内装も違うため、興味深いと言えば興味深い。
 それに引き換え、迷宮は自然発生したものを言う。そこに発生する魔物は、レベルもそれほど高くはない。ダンジョンが色々な装飾がされているのに対し、迷宮は土肌がむき出しだ。
 しかし、迷宮には色々な部屋があり、その部屋には様々な壁画が描かれている。
 そのため、戦闘狂なレーヴェはダンジョンが好きで、俺は迷宮に興味がある。どちらも興味があるけれど、どちらかと言えば迷宮の方が好きだ。
 自分の目で、本に書かれていることの本当を確かめられるのもそうだし、また、新しいことを知るのも好きだ。
 儲けたい冒険者が選ぶのは、大抵、レベルの高いダンジョンであり、迷宮は初心者向けとレッテルを貼られていることが殆どだ。

「ルヴィの満足する迷宮だといいね」
「あぁ、今回はどんな物語があるのか、すごく楽しみだ」

 迷宮ごとに壁画に描かれている物語が違う。
 その物語が繋がっていることもあれば、新たな物語だったりしてと、とても興味深い。

「じゃ、今日はしばらくの酒断ちって事で飲みますか!」
「あぁ、そうだな」

 酒断ち、とは言っても二人とも酒は好きだが、ダンジョンの中では飲まないし、街と街の移動中も飲まない。
 こうしてダンジョンに向かう前だけぱぁっと飲み明かすのだ。
 だから、ほぼ飲んでる時間はないのだが。むしろ、久しぶりの酒だ!が正しいのだが……。
 運ばれてきたジョッキを持ち、かんぱいっ!と打ち付けあう。

「ぷはっ!うまっ!」
「……っ、はぁ、旨いな」

 久しぶりの酒に、二人は頬を緩める。
 それを、遠巻きからちらちらと除く人影。
 それは一つじゃない。
 無駄に容姿のいいレーヴェと一緒にいる男が、俺みたいなパッとしない根暗だとしたら俺だって目を疑う。
 しかも、黒髪の魔法師と来たもんだ。胡散臭くも思うだろうな。

「ルヴィ、このお肉おいしいよ」

 あーん、と口を開けばレーヴェが勝手に肉を放り込んでくる。酒を飲む時はいつもだ。
 とは言っても、気分が良くなるだけで俺もレーヴェもそんなに深く酔うことはない。
 そもそも、そんな深酒をするほど不用心でもない。

「お野菜も食べなきゃだよね」

 何かしゃべろうと口を開くたび、レーヴェは自分がおいしかったものなどを放り込んでくるから休む暇もない。
 とはいえ、ある程度食べれば落ち着くだろうと甘んじてそれを受け入れる。
 俺は、酒を飲むときは摘まみもなく、もくもくと酒だけを飲む。それを危惧したレーヴェが次第に口の中にモノを入れてくるようになった。
 不味いモノを渡された記憶はないので、信用して俺も口を開く。

「おう、あんちゃんら、羽振りがいいみたいだな?どうだ、一杯俺におごってくれよ」

 どんっ、と俺たちのいる席に腰を掛けてきたのは大柄の、如何にもな男。
 あん?と俺が睨みつけて見れば、まぁまぁ、とレーヴェに止められた。
 ギルドの受付嬢なんかは心配そうに見ている。特に、大柄の男を。
 そりゃそうだろう。誰だって、喧嘩売りたくないこの男には。

「お断りだねぇ、俺たちに何の利益もない」
「はっ、偉そうに」
「偉そうなのはどっちだろうねぇ」

 ギルドは実力主義だ。
 強さこそが正義、強いやつが偉い。実に単純で分かりやすい。弱肉強食とはよく言ったものだ。
 正式な場で下克上を果たせば別だが。
 はぁ、と俺はため息を吐いてその成り行きを見守る。
 もちろん、手は出さないが。
 レーヴェは楽しそうな雰囲気を出してはいるが、その実、胡乱な目をしている。
 くっだらねぇとか思ってる顔だな。

「俺様はCランクのガルゴ様だぞ!?この街の中じゃ上位に入るパーティのリーダーなんだぞ!?」
「ぷっ、くくっ、お兄さんCランクで粋がってるの?すっげー……バカみてぇ」

 なっなっ、とガルゴの顔が赤く染まっていく。
 その様子を見ながら、あーあ、と内心呟く。

「お前の方が煽ってんじゃねぇか」

 何がまぁまぁ、だ。よく俺に言えたもんだな。
 むしろ、自分が相手をしたいから俺に待て待てと言ったのか。

「てっ、テメェっ!!」

 勢いよく立ち上がったガルゴにレーヴェは胸倉をつかまれる。
 笑いながら、レーヴェはされるがままにさせているが。

「離せよ」

 ぽんぽんっ、とレーヴェが胸倉をつかむ腕を叩く。
 まだ優しいうちに離してやった方がいいと思うが。
 そう言ったところで聞く相手ではないだろう。

「俺が優しく言ってる間に、離せ」
「ば、馬鹿にしやがってっ!!!!」

 振り上げた手が、レーヴェに当たるかと言った瞬間、ズダァアンッ!!と大きな音が鳴り響いた。
 あーあ、と俺は酒を啜る。
 バカみてぇだな、と。どの街にも、羽振りの良く、粋がる輩が居るものだが、ここでもそうか、と。

「離せっつったろ?自業自得だよな、オイ」

 持ってるジョッキから一滴も酒をこぼさず、レーヴェはぶん投げた男を冷たい目で見ていた。
 魔法剣士とはいえ、レーヴェの体術も見事なものだ。俺とて護身術として一応、貴族のはしくれだからと習っていたが、それとは比べ物にならないくらいに鮮やかで。
 鍛えてはいるが、レーヴェよりも薄い体を見ると、体質なのか?とも思ってしまう。
 荒くれ者の多い冒険者ギルドでは、こうした諍いもそう珍しいことではない。
 ちゃりっ、と仕舞われていたギルドタグがレーヴェの胸元から飛び出す。
 それは鈍い灰色。
 誰もが見間違う。
 それを、Cランクのタグだと。
 しかし、ギルドで長年働く従業員たちは、それがCランクの証ではないことを見て即座に分かった。

「よくもやりやがったな!?同じCランクで、この街に来た新入りのくせに!!」

 部下だろう男が叫ぶ。
 レーヴェは、それを鼻で笑う。
 いい加減にしろ、と言う感じでギルドの荒くれ専門が出てきた。
 ギルドの受付が、彼に耳打ちをしたのだろう。

「そこまでだ!」

 ぴたりと彼の声に襲い掛かってこようとした奴らが止まる。
 俺はその間に、せかせか動いていた店員に酒のお代わりを頼む。
 一人静かに飲む酒はうまい。

「ガルゴたちよ、この人たちが本当にお前たちと同じCランクの実力だと思っているのか?」
「い、いや、でも、あのタグは……」
「この街にはあまり来たことがないからな。彼らのタグは銀じゃない。白金だ」

 しんっ、と静まったような動揺が広がる。
 Aランク冒険者とは、やはり国内外で見ても、ギルド全体で見ても途轍もなく数が少ない。
 その上のSランクともなればもう伝説級だろう。

「はっ、白金……?」
「じゃ、じゃああいつ等は」
「あぁ、Aランク冒険者の二人だ。お前たちが束になってもかなわないだろうよ」

 さぁ、と彼らは顔を青くして、すみませんでしたーっ!!!と急ぎ足で逃げていく。
 はぁ、とため息を吐けば、すまなかったな、と謝られる。
 が、レーヴェはいいよいいよと笑う。まぁ、これが初めての事じゃないし、俺たちも目くじらを立てたりなんかしない。

「って、あぁ!!ルヴィ!!」

 嵐が去り、けふっ、と息を吐いたところで俺を見たレーヴェが声を上げて机をたたく。

「ほぼ酒じゃん!ダメだって言ったじゃん!?」
「……もの食うの面倒くさい」
「いや、明日の朝どうなってても俺知らないからね!?」

 多少食ったから大丈夫だろうと、油断しながら俺たちは宿に戻る。
 そのまま、浄化の魔法を体にかけてベッドにもぐりこんだ。
 仕方がないな、と言う顔をしたレーヴェもおやすみ、とベッドの中に入る。レーヴェもすぐに眠ったようだった。
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