CRYSTHL―クリスタル―

気紛屋 月影

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対策本部創立と、懺悔の声。

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 空が歪み別の世界が見えた出来事は瞬く間に世界中に広まり、連日のニュースでも何度も報道されている。
 驚くべきことはそれだけではなかった。
 相手側――つまりは、”絶”が、こちら側の”転”に宣戦布告をしてきたのだ。

 「見ろよ、まただ」

 黒蒼達の通う学校でもその話題は持ちきりで、戦争から離れた日本国の住民はいまいち自分達の住む世界に危機が迫っているということの自覚が無い。そもそも、異世界なんてあるわけがない。そう馬鹿馬鹿しく思っていいる者の方が多いのだろう。
 「俺達の世界が”転”、あっちの世界が”絶”……って呼ばれてる、ねぇ」
 「ファンタジーな話だよな」
 窓際に集まる生徒達。黒蒼達も例外ではなく、窓から空を見上げた。

 『我の名は爆龍。二つ名は黒炎よ! ”転”の住民よ、我が言葉を聞くが良い!』

 空に出来た空間の歪み。
 攻め込むと決めたあの日から”絶”は”転”への道を創り上げるも、すぐには攻め込むことはしなかった。その代わりに、歪みを利用した、演説をしている。魔法で作り上げたスクリーンを使って、”転”の世界を煽っている。
 『我等”絶”は十分、時間を取った。我等に対抗出来るだけの時間をな!』
 爆龍は愉し気に言葉を紡いで行く。血に塗れた世界を知らない”転”の住民を、自らの手で刈り取れる事に。
 『これより七日後、お前達の世界へ”絶”は進軍する。……戦わねば血が流れるぞ。俺は別に、どちらでも構わんがなぁ!』
 ふ、はは、ははははは!
 黒炎の爆龍は高笑いを上げる。強面で、顔には大きな傷跡が残る男は、空の通信が切れる時まで笑い続けた。

 「……警察とか、自衛隊に頼るのは無理だな、こりゃ」

 ぼそりと、行儀悪く机の上に腰掛けていた紫の言葉が、いつの間にか静まり返った教室に大きく響いた。
 「七日後な……武器を持たない奴は死を……無残にも殺されるってわけか」
 「いや……嫌だよ、そんなの!」
 「いやぁッ、まだ死にたくない! まだ、死にたくなんてない!」
 誰かの声が皮切りとなり、ざわめきが戻る。
 泣き出す生徒。
 怯え、震えだす生徒。
 恐怖に、絶望に、様々な感情をその顔を染めて行く。
 泣き出さず冷静さを保つ生徒が居たが、それはほんの僅か。そんな一人である黒蒼は、立ち上がった。

 「なら、自分達で守るしかないだろう‼」

 大きく、ざわめきに負けないような大声を張り上げる。さぁっと、声はいくらか静まった。
 「黒蒼?」
 「守るって……」
 「どうやって、何を、守るつもりじゃ?」
 紫、鈴原、宮司の三人が困惑気味の声を上げた。周りも、その先の言葉を待つかのように静まった。
 「あの空の演説。”転”にはなくて”絶”が使っているのは、おかしいと思うかもしれないけど魔法だと思う。ここの技術だと、機会がなければあんな大きな映像はまず有り得ない。だから、あれは魔法って考えるのが一番だと思う」
 唯一、”絶”を知って、転生者である乱銀が言葉を発した。黒蒼の隣に移動し、多くの視線を浴びる。
 「空に出来た歪み。”絶”が私達の居る世界”転”に来る為に作ったものなら……」
 そこで一度言葉を切る。
 どく、どく、どく、と心臓の脈打つ音が聞こえるような気さえもする。「……ッ」つぅ、汗が顔の端を伝った。
 次の言葉を言わなければ。
 そう思いながらも、口の中が乾いて上手く声が出せない。そんな乱銀の様子に気付いた黒蒼が彼女の手を取った。
 「大丈夫か?」
 安心させるかのように手を握る。握られた掌から伝わる温もり。一気に自分のペースを散り戻した乱銀は続けた。

 「私達”転”の住民も、魔法が使えるかもしれない」

 やってみないことには、分からないけれど。
 けれど乱銀には確信があった。空に歪みが出来たあの日から、”絶”あちら側から魔力が漏れ出していることに。それは”転”の大気と同化し、”転”の住民に影響している。身体に問題は無い。ただ、超人的能力が扱えるようになるきっかけの一つだろうと、彼女は考えた。
 「……」
 「…………」
 沈黙が教室を支配する。その静けさに、言うべきではなかったか……と、思った時だった。
 「乱ちゃんすげえ!」「……え?」
 一人の生徒が興奮気味に声を上げた。それから次々に凄い、凄いと声が上がる。思っても無かった反応に拍子抜けする。
 『そんなこと、考えられない』
 そう言われるのでは、と思っていた。
 「決まりだな。乱銀の言った通り……やってみるか」
 黒蒼が級友達の反応を見て呟く。「とは言っても、どうするつもりじゃ」宮司の言わんとしていることも分からなくはない。
 そんな不安を取り払うかのように、紫が大きく手を振り上げた。その際、何処かにぶつけたのか、痛そうな音が聞こえた。

 「それなら心配無用だ!」

 堂々と、自信を持った紫。
 視線が集中するのを意にも返さずに、更に続ける。
 「俺達には心強い味方が居ることを忘れてないか⁉」
 「心強い……」
 「味方?」
 数人が、首を傾げる。黒蒼と乱銀は互いの顔を見合わせた。さっぱり解らない。
 だが、紫の発言により、場の空気は一変した。
 いち早くそれに気付いた乱銀。黒蒼の腕に自分の腕を絡めた。
 
 「居るだろう!」高く、遠くまで響くような声。
 「アニメやゲーム、漫画をこよなく愛するオタクや隠れ中二病が‼」
 「今よ、今こそ集え!」
 「立ち上がれ、俺達の”転”世界を守る為に名乗りを上げろ‼」

 最後の言葉を放った時、紫は笑った。……不敵に、笑ったのだ。
 黒蒼の通う学校は演劇に力を入れているだけではない。生徒の個性を殺さないようにもしているのだ。それは生徒だけではなく、教師陣にも言えたことなのだが。
 それぞれの個性が、とても強い。
 だからこそ、誰か冷静さの残る者が居れば、冷静さを取り戻して行く。そして、現れるのだ。

 紫の、言葉に応じる者達が。

 「ほらほら、どんどん名乗りを上げていけぇえええ!」
 絶叫に近い呼び掛けに、一人、また一人と手を上げる。
 「ッて、ほとんどのしがそういう趣味を持つんか⁉ これまで中高通って来たが、まったく知らんかったぞ!」
 素っ頓狂な声を上げて頭を抱える宮司。今の今まで過ごして来た仲間達のほとんどが、オタクだとは思わなかった。現実が受け止めきれずに意識が遥か彼方へ飛んで行きそうだ。否、別に人の趣味を否定するつもりは無い。ただ、受け止められないだけ。
 「我等、来たれり」
 一人が言えば、『来たれり!』と復唱。

 「え、っと……」
 言葉に詰まる乱銀。何と言ったらいいのか、分からない。
 「……まぁ、いいんじゃないか? ”絶”に対抗できる可能性が出来た。後は、本当に出来るかどうかだ。…………違うか?」
 ぽりぽり頬を掻きながら、黒蒼は言った。
 恐らく、”絶”は一番にこの国――日本を責めるだろう。”転”で平和ボケした国と言えば、日本しか思い当たらなかった。
 それは、勘であったが、何となくそう思った。――それは、黒蒼の魂に刻まれた防衛本能の一つなのかもしれない。
 
 「対策本部、創りましたッ‼」

 黒蒼属するクラスを筆頭に、彼等は立ち上がった。
 血に濡れた戦いは、近い。


 ※


 ――ごめんなさい。

 「――ッ」
 唐突に聞こえた声に、思わずピクリと肩を揺らした。
 表情には出ていなかった為、周りが気付いていなかったのに安堵した。さり気なく黒蒼は視線を様々な所に視線を向けながら小首を傾げた。
 (知らない声だったな)
 それに、今にも消えそうなほど儚い声音にも感じた。
 ――ごめんなさい。
 また、聞こえた。誰に謝っているのだろうか。
 今度は動じなかった。それに、この懺悔の声は自分にしか聞こえては無いようで、他の生徒達はグループを作って何やら話し込んでいる。
 「……悪い。少し教室出るな」
 「黒蒼君? 気分でも悪いの?」
 「顔色悪いよ、保健室行ってきなよ!」
 「ああ。そうさせてもらうな」
 声を掛けるなり、ふらりと教室を出た。向かう先は、女子の言う通り保健室。
 その道中も、懺悔の声は黒蒼の耳――否、脳に直接響いて聞こえた。
 
 「白狼びゃくろう、居るか?」

 ガラリと戸をスライドして、保健室の中に入る。しかし、誰も居ない。それに短く息を吐き出し、黒蒼は勝手知ったるという風にベッドの上に身を投げた。そのまま目を閉じる。闇はすぐにやって来た。

 ――ごめんなさい。……ごめんなさい。

 夢の中でも、姿の解らぬ声の主は謝り続けている。声からして、女性だとは分かるが、それだけだ。
 「何を、そんなに謝っているんだ?」
 無意識に声が出た。同時に、懺悔の声も静まった。
 ――貴方を守れなくて、救えなくて、……ごめんなさい。
 声が泣いている。
 この言葉は、黒蒼自分に向いているものだと、何故かそう思った。
 ――私は、私の声はあの人には届かない。姿は、見せられない。
 
 「貴方は誰だ。何故、俺に語り掛ける?」

 黒蒼は問うた。
 意識したことはあまりなかったが、幼い頃には良く自分にしか分からなくものを見ていたという。その一つが、この声の主なのだと黒蒼は思い当たった。
 ――私は……わたし、は……流星の石メテオクリスタル
 その名乗りに、息を飲んだ。
 「メテオ、クリスタル……ッ⁉」
 少し前、夢の中で耳にした名称。女性の姿は見えない。辺りは暗闇。黒蒼は上下左右分からない空間の中で、妙に落ち着いている自分が居ることに気付いた。

 ――もう、あの人を解放できるのは貴方しかいない。私の言葉はあの人に届かない。
   だからどうか、どうかあの人を――、”絶”あちら側の世界を救って――!

 悲痛な声だった。
 正体も分からぬ声の主。信じるものでもないはずなのに、立て続けに非現実的な出来事が起こるようになった事もあってか、黒蒼は動じずに、その言葉に耳を傾けた。
 ――私は、光。あの人は闇。……私はまだ、姿を現すことが出来ない。
 何故、とは黒蒼は言わなかった。時間の問題だろうと思ったからだ。そして、その考えは当たる。
 ――時はまだ、その時じゃない。だけど――、両世界を渡る時は来た。
 「は? どういう意味、だ!」
 思わず口調が荒くなる。一方的に語り、正体を詳細に明かさない相手に苛立つ。

 ――……蒼炎の騎士、  よ。
 初めて耳にする新たな名称。そのすぐ後に、名前が紡がれたのだろう。黒蒼には名前の部分だけが聞き取れなかった。   
 ――あの人……いいえ、私達を破壊こわして。その方法しか、消えれない。
 「まて、待ってくれ、どういう意味だ。」
 黒蒼は待ったを掛けた。
 知らない、解らないことが多過ぎる。だから待ってほしいと言う。
 ――……ごめんなさい。もう、目覚めの時間。……どうか許して。優しき心を持ち、蒼き炎を纏いし蒼炎の騎士よ。
 声は申し訳なさそうに言うなり、声は静まった。黒蒼はそれでも叫んだが、意識がぐんと強く何処かに引っ張られる感覚と共に、意識が沈んでいくのを感じた。

 ――ごめんなさい。

 完全に意識が沈む前に、淡い光に包まれた女性の姿を、黒蒼は目にした。
 そして――
 「起きろ、黒蒼」
 「……、白狼?」
 揺り起こされる感覚に目を覚ました。眼前には白衣を身に纏った保険医。無意識に詰めていた息を吐き出した。
 あれは、夢だったのか。
 そう思ったも、あまりにも鮮明に覚えている。とてもじゃないがそうとは思えなかった。
 「先生を付けろ、サボリ魔」
 「そんなこと言ったって、白狼はタバコ吸ってるだろう。保険医の癖に」
 「ばれなきゃいいんだよ、ばなきゃ」
 教職でありながら考えられない言動。呆れしかでないが、黒蒼は上半身を起こし肩を竦めるだけに留めた。
 今現在、絶賛喫煙中の保険医こと白狼びゃくろう。口の悪さや態度に問題あるが、業務はきっちりこなしている。そんな彼が、黒蒼の呼び捨てに頓着しないのは、いくつかの理由があるのだが、今語る内容では無いだろう。


 「悪い夢でも見たか」「あ?」
 額に指を当てると同時に体調不良の有無を問われ、ポカンと口を半開く。
 「おい?」
 「いや、平気だ。何ともない」
 「そうか」
 何てことの無い風に応えた。
 (――……)
 本当は気分が悪かった。情報の整理が追いついていない。
 深く突っ込んで来ない白狼に、黒蒼は感謝した。

 「そういやぁ、授業は暫く中止だとよ」
 ふと思い出したように言い放つ保険医に、一瞬反応出来なかった。
 「あちらさんが攻め込んで来るのに、呑気に授業なんざ受けられねぇだろ」
 それに、生徒が率先して動き出しているのだから尚更。
 「……もう行くな、白狼」「おう、自分の身は自分で守るってな」
 そうだ。
 自分の身を守り、戦わなければならない。
 生き残る為に。先を生きるために!


 
 「黒蒼」
 白狼と短い言葉を交わして保健室から足を踏み出した時、後方から呼び止める声。
 誰だと言うまでもなく、相手は乱銀だった。
 「どうした?」乱銀の纏う空気に問い掛ければ、
 「”絶”が”転”に攻め込んだ時、私は”絶”に行こうと思う」
 「……は」
 思わぬ乱銀の言葉に絶句する。
 「”絶”が”転”に来るのなら、私達だってあちら側に行けるはず」
 攻め込む? ”絶”に赴く意思があるのは、そういうことか? 
 混乱する。
 頭を押さえ、乱銀を見やる。一目見て強い意志があることが分かった。……一人で行く気か? 仕方ない。否、一人で行かせるわけにはいかない。

 「……分かった。その時は、俺も行こう」

 一人で危険な場所へ行かせるわけにはいかない。
 そう思った。




 ふ、ふふ、ふふふふ。
 ははははははははは!

 楽しみだ。楽しみで仕方無い。
 我が力の糧となる者を喰らう日が待ち遠しい。


 場所は”絶”。
 流星の石が安置されているそこで、クリスタルは怪しく輝く。
 「……お前の思う通りになるか。どうなるか」
 一人、そのクリスタルの前に立つ、男が居た。
 神官ジャ・シンナール。
 その瞳は、楽し気に歪んでいた。

 (世界が変わる。そんな感じだ)



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