たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ

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 どうしてセバスチャンはいつも、物事をややこしくするんだろう? 少しの恥ずかしさと気まずさを感じながら、私は降参することにした。

「歴史の授業で一緒のマックスが、12時になったら上の階で落ち合おうって……」

 私の言葉を聞いた瞬間、セバスチャンの顎がこわばったのを感じた。

「マックスだって?」

 苦々しげにつぶやきながら、セバスチャンはまたもカップを傾けた。

「それでマックスは2階で何をしたいって?」

 じっとまっすぐに見つめられて、その威圧感に私は思わず息を呑んでしまった。

「これがどういうパーティーなのか、分かってるだろ、ミニー」

 ゆっくりと、セバスチャンは私と目線が合うようにかがみこんだ。

「ほとんど知りもしないような男とどこかに消えたりするんじゃない。特に、2階になんて近づくな」

 セバスチャンの吐息がそっと、私の耳を撫でた。それだけで腰が抜けてしまうかと思うほどの、破壊力があるけれども、その内容もまた私にとっては驚きだ。

「そんなの、映画とかドラマの中だけの話でしょ?」

 彼から距離を取ろうと、私は一歩、横にずれる。
 こういったパーティーの2階で何が行われるか、全く想像できないほど子供じゃない。性的な密会場所を連想するのは、簡単だ。でも、こんなオープンなパーティーで、こんなにたくさんの人がいる中で本当にそんなことをする人なんて、いるとは思えない。
 真に受けずに笑い飛ばそうとする私を、彼は意地悪な微笑のまま見下ろした。

「おい、チャールズ」

 不意にセバスチャンは通りすがりの誰かを呼び止めた。スタリオンズのジャージを着ているってことは、セバスチャンのチームメイトだろう。

「お前、2階に女を誘って何もしなかったことあるか?」

 セバスチャンのあまりにダイレクトな問いかけに、私は思わず赤面した。セビーってば、何を聞いてくれてるの!?
 動揺する私をよそに、チャールズと呼ばれた彼は、得意げに鼻で笑う。

「なんだよ、セブ。そんなことあるわけないだろ。2階だぞ? 冗談よせよ」

 ぽかん、と間抜けに口を大きく開けた私になど見向きもせずに、チャールズは人並みの向こうへと消えていった。
 取り残されたのは、言っただろう、と言わんばかりに勝ち誇った笑顔を見せるセバスチャンと、いまだに驚いた表情で固まっている私だけだ。

「……あの人がたまたまそうってだけで、みんながそんな……破廉恥なことをしているわけじゃないと思う!」

 ギュッと唇をかみしめながら、私はセバスチャンを見上げた。

「おいおチビ、今お前、破廉恥って言ったか?」

 お腹を抱えて笑い始めた彼を前に、私はうんざりしたように天を仰いだ。

「破廉恥、ねえ。破廉恥。まあ、間違っちゃあいないが……。ミニ・ミニ・ミニーにとってセックスは破廉恥か」

 目の端にちょちょぎれた涙を拭うセバスチャンを見ながら、誰か鈍器で私の頭を殴るか彼の頭を殴らせて欲しい、と思った。

「とにかく、マックスと2階で会うんじゃないぞ、分かったな。行ったら最後、破廉恥なことされるぞ」

 急な真顔で、異論を許さないような彼の物言いが、妙に癇に障った。
 いつまでも私のことを子ども扱いして、自分の方が3つ年上だからって、世の中のことを何でも知っている気になって。そんなところが、なんだか妙にムカついた。
 世の中はきっと、セバスチャンが言うみたいな世界だけじゃない。彼は私を怖がらせるためだけに誇張して言っているに違いない。マックスとの約束の時間だって近い。約束を破るだなんて失礼なこと、したくない。
 私が諦めると高を括っているセバスチャンの隙をついて、階段を駆け上がった。

「あ、こら、待て!」

 ドタドタと私の後を追ってくる音を無視しながら、私は階段を上り切った。
 1階の騒がしさがまるで嘘みたいに、2階は空気が全然違う。静かで、なんだか湿っていて、重みのある空気が、私の肌にピタリとまとわりつく。
 そして、ゆっくりと私の耳へと届いた音に、私は大きく目を見開いた。
 
 聞いたこともない、獣のような低い唸り声と、それとは相反するような甲高い女性の鳴き声。
 ギシギシと音を立てるベッドに、ヘッドボードが壁にぶつかる音。
 人の肌と肌がぶつかり合う音に、荒い呼吸音。

 まるで、今まで足を踏み入れたことのない世界へトリップしたような気分だった。
 なんだか妙な恥ずかしさのようなものがこみあげてきて、頬が熱くなるのを感じる。熱のせいなのか、私はただただ呆然とその場に立ちすくむしかなかった。

 唐突に手首を大きな手で後ろから掴まれて、私は鋭く息を呑み込んだ。一瞬で身体が硬直する。
 
「戻るぞ」
 
 耳元で囁かれた聞きなじみのある低い声に、身体から一瞬で緊張感が抜けていく。
 セバスチャンに手を引かれて階段を下りていると、ちょうど階段を上がってきたマックスとかち合った。まるで私に判断を委ねるかのように、セバスチャンはその場で足を止めた。奇妙そうに私を見上げるマックスから、私はそっと視線を逸らした。





 ああ、またトラブルを起こしてくれたな。
 階段を駆け上がっていくミニーを見た瞬間、俺は心の中で舌打ちした。いったい何度、こいつの好奇心に振り回され続けてきたことか。ガキの頃から、本当に変わらない。
 怖いもの知らずで、人一倍好奇心が強いくせに、なぜだか妙に純粋なところがあって。無鉄砲になんでもかんでも首を突っ込むんじゃないと、何度言っても聞かなくて。
 そんなだから、目を離すことができない。マークだけじゃ、手に負えない。
 俺が一緒に見ていてやらないと、どんなトラブルに巻き込まれるか知ったこっちゃない。
 俺が守ってやらないと。
 この世界の現実に直面するには、ミニーはまだ、純粋すぎるから。
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