たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ

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「えっと、待ち合わせしてたよね?」

 戸惑ったような表情で私を見上げるマックスから、申し訳ないと思いつつも視線を逸らす。2階がどういうところなのか知ってしまった以上、とてもじゃないけれども安心して彼と過ごすことなんてできない。彼にマックスの意図がただただ純粋な会話なのだったとしても、あんな破廉恥な音で溢れかえった場所で大人しく会話なんてできやしない。

「あー、そのことなんだけど……」

 どう答えるべきか、考えあぐねてセバスチャンをちらりと見る。私の手首をつかむ硬い掌の熱とは対照的に、涼しげな表情で見下ろされてしまう。要するに、私を助けてくれるつもりはないらしい。邪魔する時にはうるさいくせに、こういう時には助け舟一つ出してくれない。まったく、セビーらしい言動だ。というか、私の方が一段上に立っているのに見下ろされる、というこの状況も、気に食わない。

「うーんと、2階はなんだか埋まってるみたいだから、おしゃべりするなら別の場所の方が良いんじゃないかなって」

 2階で聞いた音のことには触れずに、なんとか切り抜けたかった。それなのに、マックスは納得していなさそうだ。

「どうして? 1階だとうるさすぎて、会話になんてならないよ。2階の方がうんと静かだ」

 階段を上がりながら、マックスは距離を詰めてくる。

「2階もあんまり静かじゃなさそうだったよ」

 同意を促すようにセバスチャンの方を向いたけれども、彼の視線は冷ややかにマックスを見下ろすだけだった。
 マックスの視線が私の顔からセバスチャンの顔、そして私の手首をつかむセバスチャンの手へと降りていく。咄嗟に節くれだった大きな掌から手首を振りほどこうとしたけれども、腕力でスラッガーに敵うはずもない。

「ふーん、なるほど」
 
 マックスは小さくため息をつくと、階段の途中で足を止め、私ではなくセバスチャンの方へと体を向けた。

「セバスチャン・ソーンなら、誰でも選び放題でしょう? だから、ジャスミンは僕に譲ってもらえませんか?」

 飄々としたマックスの言葉に、私が眉をひそめたのとセバスチャンの手に力が入ったのは、同時だったと思う。
 まるで私を物みたいに話すマックスを見て、彼と二人きりで話すことはもうないだろうな、と思った。
 そもそも、どうしてマックスと2階で落ち合う約束なんてしてしまったんだろう。高校までは誰からも見向きもされなかった私が、大学生になってようやく一人の女性として誰かに見てもらえた。
 そんな風に感じて、舞い上がった。
 その一言に尽きる。愚かな自分を、壁に額を打ち付けて罰したい気分だ。
 これじゃあ、セバスチャンの言う通りじゃない。
 
 ちらり、と彼の方へと視線を移せば、階段のおかげでいつもより顔が近いせいか、その顎にぐっと力が入ったのが分かった。まるで、チームが負けるのを防ごうとしている時みたいだ。
 
「マックス、だっけか。ミニーと歴史の授業が一緒だって?」

 ゆっくりと一段、また一段とセバスチャンは階段を下りて、マックスとの距離を詰めていく。手首を掴まれたままの私は、必然的に一緒に階段を下りることになる。選択の余地は与えない癖に、私が落ちないようにゆっくりと下りていくところが、なんだか憎い。

「まだ9月もはじめの方だ。今からでも学生課に行けば、クラスを変えてもらえるぞ」

 まるでバッターボックスからピッチャーを捉える時みたいに、彼はマックスを鋭いまなざしで見つめた。

「学生課の知り合いに頼んでやるよ。だから、二度とミニーに近づくな。初心な新入生ひっかける程度の脳しかないやつが、相手を満足させられるわけがない」

 マックスから目を逸らさないまま、セバスチャンはニヤリ、と口角を上げた。

「俺ならだれでも選び放題だって? そうかもな。少なくとも俺は、自分が何をしているのかを分かっている女としか、楽しまない。それが俺とお前の違いだ」

 勝ち誇ったような笑みを残して、セバスチャンは階段を下りていく。すれ違いざまにマックスになんて声をかけようか、なんて考える隙すらもなく、私はただ彼の後ろをついていくことしかできなかった。
 階段を下り切ったところで振り返ってマックスを確認したけれども、彼はもう私たちの方なんて見ていなくて、悔し気に階段の手すりに拳を振り下ろしていた。
 私に興味があった、というよりも、単純に自分の機会を潰されて悔しがっているようにしか見えなかった。私はため息をつきながらズンズンと直進するセバスチャンを見上げた。

「兄貴のところに連れてってやる」

 有無を言わさぬ圧を感じつつも、私はそっと彼の手を掴んでその場に引き留める。

「なんだよ?」

 イラついたように振り向くセバスチャンを、じっと見上げる。

「お兄ちゃんのところに行く前に、外の空気に当たりたい。ちょっと、頭の中を整理したいの」





 俺をじっと見上げる茶色の大きな丸い瞳は、ガキの頃から変わらない。この小鹿みたいな瞳にノーと言える奴なんて、この世にいるのだろうか。
 ずっと、妹みたいな存在だった。そのはずだったのに、今、俺を見上げるミニーは、もう子供じゃない。
 地元にいたころは、ほんの少し脅すだけでみんな簡単にミニーに近づかなくなった。でも、ミニー自身が意志を持って行動し始めたら、ミニーが誰かを求めたら、落ちない奴なんているはずがない。ミニーに2階へ誘われたら……。
 ずっと、妹みたいな存在だった。それなのに、俺が今抱えている感情は、明らかにそれ以上のもので。
 その感情が、バカみたいに俺を怖がらせる。
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