花は何時でも憂鬱で

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chapter4

春の日の思い出

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「新くん。いい加減、着替えてくれないと
僕、帰れないんだけどなぁー」

矢井島が、指に鍵を引っかけながら
少し困ったように話しかけてくる。


道場の床に仰向けに倒れこみながら
輝き続ける、月を眺める。

「今日は、凄く綺麗な月だな。」

しょうがないなと言ったように
溜息を細く吐いて、矢井島も呟く。

「うん。そうだね。今日は、綺麗な夜だ。」

それから、矢井島は言葉を続ける。

「でも、勝負(ゲーム)の代償は払ってもらうよ。新くん。蒼くんの願いは____」

「わかってる。アイツの願いなんて。『もう、関わるな』とかそういうのだろ。」

「当たり。よく分かったね。」

「前も、そうだったんだ。」

「……前って何?」

上から覗き込む矢井島の目が
何かを探るように眇められている。

「前は、前。昔のこと。」




最初に、見たのは、見つけてしまったのは
ある春の日だった。
暖かい、春の日。



親に連れてこられてきた場所は
つまらなく、親の目を盗んで
たどり着いたのは綺麗な屋敷だった。



最初に、目に入ったのは大きな大きなさくら。


「うわぁ!」


母親には、木に登るなと言われているが
ウズウズと登りたい衝動を抑えきれなくなり
さくらの木を登り、一番太い幹の上まで登ると
綺麗な黒髪の女の子と目があった。


「だあれ?」

トタトタとバルコニーの手すりへと擦り寄り
クリクリとした大きな瞳を
3回、瞬かせて話しかけられた。

「えっと……。」

「あ!もしかして、さくらの妖精さん?そうでしょ!」

「……え、いや。ちがっ」

「違うの?だって、妖精さん、頭の上にさくらの花びらいっぱいついてるのに?」

「え?」

「違うなら、だあれ?」

「そ、それは。えっと……」


「あやめ?」

ガチャリと音がしたと同時に
誰かの声が聞こえてきた。


そして
目の前に、現れたのは綺麗な綺麗な男の子だった。





一目見て、目を奪われた。


「キレイでしょ?」

「……え?」

「私のお兄ちゃん。」

ふんわりと笑って
自慢げに胸を張る女の子の姿に
無意識にうんと呟いた。

「……キレイ」

「………だれ?」

その男の子は、怪しいものでも見るように
目を細めると持っていた花束をアンティーク調の
丸机に置いて、窓のまでやってきた。

「あのね、春にぃ。春兄様!さくらの妖精さんだよ!」

「さくらの妖精?」

嬉しそうに語りかける女の子の
頭を撫でて、愛おしそうに笑みをこぼす。



トクリ、トクリと身体の奥から
何かが溢れ出しているような
痛みのような甘さのようなものを感じながら
ソレを見ていた。



「うん。さくらの妖精さん」


その少女から視線を外して
一歩、身体を前に滑り込ませて後ろに少女を隠すようにして、初めて、合わせた視線が絡み合う。


「君は、だれなの?」

さっき少女へと向けられていた
優しい声色も甘く蕩けるような笑みも身を潜めて
ただ、シンと鋭さを帯びた瞳と声が飛んできた。


「俺……は、えっと。アレだ!ドロボーネコだー!」



刹那の沈黙の後

 「「ドロボー……ネコ?」」

その目の前の男の子と女の子は
同時に、キョトンと瞳を瞬かせて
首を傾げながら呟いた。


「ドロボーのネコさんなの?」

女の子が無邪気に笑いながら
男の子の後ろから顔を覗かせながら
聞いてくる。

「ドロボーネコは、スゴイんだ!」

「さくらの妖精さんじゃなくて
ドロボーのネコさん。ここには、何しにきたの?」

「えっと。……何しにきたんだっけ?」

「まさか………ドロボー?」

男の子は、顔を若干青ざめさせながら
呟いた。
その男の子が、女の子を守るようにして
後ずさりしているのを感じた。


「ち、違う!待って!」

その腕を掴むと
更に顔に不安の色が滲んでいるのを
見て取って、リュックサックに入れていた
金平糖が入っている瓶を取り出して
手のひらにおいて差し出す。


「これは?」

怪しいものを見るような瞳は身を潜め
その綺麗な男の子は、初めて見るものに目を瞬かせてた。


「金平糖だよ。ホラ。綺麗だろっ!」

手のひらの3つある中から
金平糖を1つを取って見せて口にいれる。


ソレを見てた、男の子がおそるおそると言ったように
金平糖をつまんで暫く、眺めてからそれを口に含む。


「私も、食べる!」

それを見てた、女の子も金平糖をつまんで
口の中にいれる。


「………美味しいっ、甘い。ね、春にぃ!」

満面の笑みの女の子が男の子の服を引っ張る。

「どう?」

「………うん」

「美味しくなかった?」

「……甘い、すごく………あまい。」

「_________っ!」

その日、俺へと向けられた笑顔は
絶対に忘れない。


甘くふんわりと優しく心に溶けていくようだった。



この金平糖よりもどんなお菓子よりもその甘い笑みを
俺は絶対に忘れない。



_____忘れない。忘れられない。忘れたくない。



だからこそ


「俺は、昔見た、あの笑顔をもう一度見たいんだ。アレを取り戻したい。」




そう思うことは、間違いなのだろうか。



困惑する矢井島の顔を視線にいれて
ため息をつくと、道場のゆかに仰向けに倒れていた体勢から上半身を起き上がらせる。



「新くん」


「でも、もう、今となっては全部ダメになったみたいだ。何せ、『関わるな』だもんな。俺はまた」



           ______何もできない_____ 








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