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chapter7
欠如1
矢井島を一色からできるだけ離れた縁側へと降ろして
一瞬だけ手を離そうとすると、ぎゅっと服の袖元を掴まれる。
「………っ。」
矢井島は、何かを言おうとはしなかったが
何かを紡いでしまえば保ってきたものが決壊してしまいそうで、ゆらゆらと瞳が揺らめいていた。
俺は、縁側に座る矢井島を見上げるような体制のまま
髪をやわく撫でると、矢井島の身体が、一瞬、強張った。
「………ズルイよ。いつもは優しくないのに」
「泣かれたくないから。泣かれるのは、困るんだよ」
「_____ふん。別に、泣かないもん。絶対、泣かない」
矢井島の潤んだ目には、ぐちゃぐちゃの感情の中で
一種の決意のようなものが見え隠れした気がした。
「僕ね、寒いところが嫌いなんだ。だから、2月が嫌い」
「うん。」
「後ね、僕が一番欲しいものはね、僕を置いていかないもの。隠し事されるのが、嫌い。__________ねぇ、蒼くん。知りたい?」
「何を」
矢井島が言っていることは、多分、一色とのことだと
分かってはいたが、はぐらかすと拗ねたように視線を逸らす。
「ひどいなぁ_____。じゃあ、蒼くんが僕の初恋になってよ。ダメ?蒼くんなら、好きになれる気がする」
矢井島からの提案に反応する前に、近くでバタンと何かが倒れた音がして、同時にその音の発生源に顔を向けると
見覚えのある誰かが倒れていた。
「新くん、何してるの?」
倒れた拍子に顔面を打ち付けたのか鼻を抑えながら
荒谷は徐に立ち上がって、気まずそうではあったがこっちに寄ってきた。
「別に、アレだ。覗くつもりは全くないと言ったら嘘に_____。じゃなくて、覗くつもりはなかった、多分。」
荒谷の言い訳にもなっていない言葉に
矢井島は耐えられなかったのか肩を震わせて吹き出すように笑った。
「ふふっ。そこは、断言してよ。新くん」
「しょうがないだろっ!苦手なんだから、嘘とかつくの」
「ふーん。そうなんだ」
矢井島が何かを考え込む仕草をしたと思っていたら
突然、チュッと小さく音を立てて頰へと唇を押し当てられて呆気にとられる。
「羨ましい?新くん」
「………俺がやったら殴られそうだから、まぁ。羨ましい」
「ふふふ。本当に、嘘、苦手なんだ」
矢井島がいつも通りに戻ったのに、少し安堵したものの
玩具のだしにされたのは癪だったのでデコピンを食らわせた。
「いたいっ………。」
俺の行動が予想の範囲外だったのか
目蓋を瞬かせて、おでこを抑える矢井島にわざと見せつけるように肩を揉みながら告げる。
「そういえば、さっき美音を持った時の腕が痛い気がする。」
「なっ?!………ひ、酷い!!」
「そんなに痛いのか?!大丈夫か?確かに、若干、腕が赤いんじゃないのか?!」
荒谷があからさまに心配をしだして
ぷくうっと頰を膨らませてポカポカと荒谷を殴りだした。
「ちょっと?!僕が重いみたいに言わないでよっ!!新くんのバカぁ!!!」
「いたっ!………痛い痛い!!いや、俺は関係ないっ?!俺は、ただ矢井島を持って腕を怪我した佐藤の心配をだな」
「それ、間接的に言ってるもん!直接、言われた方がまだいいよ!!」
水に油を注ぐとはこのことだろうか
荒谷の悪気のかけらもない言動がどんどんと矢井島の地雷を踏み抜いていく。
※
「そんで、何の話してたんだよ。初恋とかなんとか言ってたろ」
「新くん、初恋の話聞いてたの?」
とりあえず、矢井島の怒りが静まったのを気に
荒谷が話を切り出す。
「まぁ、うん。聞いてたよ。気になったからな!」
「開き直ってるし!でも、盗み聞きはダメだよ?なんてね。蒼くんに、僕の初恋になって貰おうかと思っただけだよ。」
「本当の初恋って_____。本物は最初の一回だけじゃ、………っ~~。」
荒谷が余計な事を口走っているので、無理やり手で塞ぐ。
「最初の一回だけのはずだけど………。やり直してみたいの!」
「じゃあ………………俺とやり直してみる?矢井島」
矢井島は瞬きを繰り返してから
ゆっくりと、首を横に振った。
「ううん、蒼くんと恋人って面倒そうだからやっぱり、イヤ!それと!!みーね、だよっ?あーぁ、なんか眠くなっちゃったなぁ」
「確かに俺も、眠い。さっさと部屋に戻って枕投げしてから寝るか。ん?そういえば、佐藤。あのおーさまと持っていたバケツのやつ、案外早く終わったんだ…………………………………な」
「ありゃ。蒼くんって意外と足速いんだね?新くん。」
矢井島が俺を評価していた言葉なんて知るはずもなく
すっかり頭から抜けていた事に焦って、屋敷のくぐり戸へと走る。
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