158 / 178
chapter9
からっぽ
しおりを挟む河井の元から離れて、広げていた勉強道具を鞄に仕舞い込むと図書室を出る。
「うわっ。びっくりした。………帰るのか?」
図書室の扉を開けると、荒谷が目の前にいた。
「あぁ、帰る。」
「ちょっ………。それじゃ、俺も帰るって。」
荒谷の言葉を無視して、さっさと昇降口へと向かおうとすると嗅ぎ慣れてしまった香りが鼻腔をくすぐった。
_______クロユリ様。
「………っ、ケホッ。」
_______一度も、話すところを見たことがないわ。それどころか、笑ったことなんてあるのかしら。
「………………っは_______。」
_______あの部屋はすごい臭いがするから。入りたくないわ。
_______不気味よね。能面みたいだし………。
_______化け物みたいだわ。
「ケホッ。………馬鹿なことは考える、な。_______っ、ゴホッ。」
「大丈夫か?」
誰かに肩を掴まれて驚いて振り返ると、風紀委員長の手が宙を彷徨ったようにこちらに伸びていた。
「何がですか。」
「ぁ。いや、咳をしてたみたいだったから」
「すいません。気をつけます」
「前から思っていたけど、君は_______。俺のことが嫌いそうだ。………………あたり?」
少し寂しそうに笑うから、顔を背けてしまった。
これじゃあ、肯定しているのと同義だ。
「………いいえ。」
「当たりか。まぁ、しょうがないか」
「違いますよ」
「じゃあ、少しは好き?」
同じ赤色でそんな顔をされるのは正直
どうすればいいのか分からなくなる。
「眠れないなら、眠る前の1時間は端末とかいじらないこと、後はクラシックを聞くとか。あったかい牛乳とかがいいと思います」
突然の話題変換についていけないのか、わけが分からないという顔をする。俺だって、こんな話題の変え方をされたら戸惑うだろう。
袖口で、咳を抑え込んで逸らしていた顔を風紀委員長に向ける。
「少しは………………好きですよ_______。」
風紀委員長、貴方は似ているから。
だから、そんな顔をされるのは困ってしまう。
俺が決して見たくない顔はして欲しくない。
「ぇ、。…………ぁあ、え?嫌いじゃなくて?」
「風紀委員長様から、仰ったんですよ。」
「え。………あぁ、うん。」
豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をする風紀委員長を置いて学園を出る。
※
【時を同じくし、天宮の屋敷にて】
「あやめ様。このお華、腐っているようなので処分しても宜しいですか?」
「え?」
「華の向きが下向きになってますし。それに、少し臭いが酷いかと思うのですが?」
あやめがそれを聞いて、可笑しそうに笑うと
読んでいた本を閉じる。
「それは、そういう華なの。………それに、その華は春の好きな華だから捨てないで。」
「承知いたしました。」
_______コンコン。
「どうぞ。」
あやめの部屋に響く来訪者の音に、あやめと新人メイドどちらも扉の方へと顔を向ける。
「失礼いたします。」
「鈴森、どうかしたの?」
「そろそろ、診療の時間ですので。ご準備をお願いします。」
「えぇ。」
あやめによって送り出された新人メイドは扉の外に出て入れ替わりで医者が入っていくのを見ながら、顔色ひとつ変えない鈴森の顔色を窺う。
「あの、鈴森さん。あやめ様のお兄様はどこにいるんですか?ご病気か何かなんですか。屋敷にはいらっしゃらないんでしょうか?」
「口を謹みなさい。」
「はい、申し訳ありません。………ただ、あやめ様が恋しそうにクロユリは春様の好きなものだと仰るものですから。」
鈴森が新人メイドの言葉に目を丸くすると、微動だに動こうとしなかった顔を新人メイドの方へと向ける。
「春様と_______この屋敷で決して呼ばないように。」
「どうしてです?」
「その名前は、綺麗すぎるので似合わないからです」
「綺麗すぎるとは………?では、何とお呼びすれば?」
鈴森は意味がわからないと困惑しあからさまに動揺している様子を眺めてから再び視線を前に戻した。
「お呼びする機会は来ないですから。」
「それは、どういう意味ですか?」
「ただ、そのままよ。………2度とあのクロユリ様はこの屋敷には戻ってこないの。」
目の前に、急に現れたメイドに鈴森は一瞬、表情を曇らせて新人メイドは目を瞬かせた。
「冬野。」
「鈴森さん。蘭様を見かけませんでしたか?かくれんぼだって言ってからどうしても見当たらないんです。」
「見ていませんが」
「あの、今のはどういう意味なんでしょうか?」
新人メイドは冬野と呼ばれたメイドに今の言葉の意味はなんなのか尋ねると冬野は冷たく笑って答えた。
「クロユリ様は、あやめ様を捨てて出ていったということよ。からっぽ人間らしく」
「冬野、口を慎みなさい。」
「じゃあ、なんと呼べばいいのでしょうね。クロユリ様が好きなものはこの扉の先にいる方だけ。あやめ様が好きなものは好きになり、例え嫌いだとしても好きだという。そんな人間のことをからっぽ人間以外に、なんと呼べば宜しいのですか?」
「冬野。暫く、頭を冷やしなさい。」
「落胤のクロユリと呼ばれ、毎日のように贈られるクロユリに苦しんでいる時でさえ誰かに頼るどころか、周りを拒絶するのを見た時は、流石に思いました。_______哀れな化け物だと。」
「………冬野っ!」
普段、温厚な鈴森が声を荒げたため新人のメイドはびくりと肩を震わせ冬野はそれを意に介した様子もなく、一礼をして立ち去る。
「私情を挟んだようです。頭を冷やしてきます。でも、一華さん。………………貴方も思うでしょう、哀れな化け物だって。あの顔に生まれてさえなければと思うでしょう?」
鈴森は振り向かずに冷めた調子で呟く冬野には答える気がないように、いつもと変わりなく前を向いていた。
「なんのことだか、計りかねるお話ですね。」
0
あなたにおすすめの小説
笑わない風紀委員長
馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。
が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。
そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め──
※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。
※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。
※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。
※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる