花は何時でも憂鬱で

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chapter9

傷痕1




今日は早く寮に帰って休もうと思っていたので
誰よりも早く教室を出ていた。なのに、捻りでもしたのか増していく左足の痛みのせいで、人混みに追い抜かされてなんとか帰ってきた寮の自室のあるフロアに到着すると、俺が乗っていなかったエレベーターが少し遅くこのフロアに到着して、そのエレベーターから出てきた荒谷と目が合う。


「プリントがあるから遅いんじゃなかったのか?」

「いや、終わったから早く帰ってきたんだけどさ、何だあれ。」


先生に出されたプリントを終えるまで帰れないと言っていた為、荒谷が俺より遅いとは言えど、この時間に寮にいるとは思わなかった。



荒谷は自分の部屋の前を見て眉を寄せた。俺も同じように視線を向けると、荒谷の部屋の前には大勢の人だかりができていた。

「あ。来た!………………って、新くん。プリントは」

「ちゃんと、終わらせてきたって!サボってないからな!」

「新くんのことだから、どうかなぁ~。」


その人だかりから出てきた美音がこちらに寄ってきて荒谷へと目を留める。

「そんで、俺の部屋になんかあった?アレ、何?」

「ぁ。えっとね、異臭騒ぎ?」

「え、異臭?俺の部屋が?」

荒谷が思ってもみなかった事態に、目を点にしていると、あの人だかりがざわざわと騒がしくなったかと思うと、皆、口々にこれだと言いだしていた。

「新くんの部屋といえば部屋なんだけど。………あ。異臭元が見つかったみたいだね」

矢井島が人だかりの方を見ながら言うと、俺と荒谷と矢井島はここで突っ立って話しているわけにもいかないのでその異臭騒ぎの元へと足を運ぶ。


部屋の方に進むにつれて酷くなるその嗅ぎ慣れてしまっていた臭いに俺は足を止めた。


「ねぇ、何が原因だったの?」


矢井島が尋ねると、その生徒は矢井島に話しかけられたことで若干緊張した面持ちで何かを指差した。


「コレだよ、コレ。………この華。」

「黒い華?………これって。」


_______クロユリ………。



「そうそう。あの旧校舎にある墓前に咲いてる気味が悪い華。これから、すっごい臭い匂いがしてるんだよな。臭いのなんのってさぁ。あー、やだやだ。」

「そっか。ありがとうね、助かっちゃった。………………新くん、これみたいなんだけど。新くん、どうかした?」

矢井島がその生徒から受け取った
小さな黒い花束を手にとって見せると、荒谷はそれを受け取る。

「15本の、クロユリ」

「クロユリ?クロユリっていうのこの華?」

「あぁ。」

荒谷がその花束を手にとって呟いた言葉を聞いて
矢井島が荒谷に尋ねると心ここにあらずといったように、渇いた声で荒谷が答えた。

俺の位置からは荒谷の背中しか見えないため
その15本のクロユリの花束を持った荒谷の表情は見えない。

「………クロユリ。」

「蒼くん、これがあの華なんだけど。てゆうか、何でそんなに離れてるの。あ、花粉症なんだっけ。」


その華があることに気づいて離れた位置で立ち止まった俺に、矢井島が不思議そうにしながら俺を見てくる。

「_______ケホっ。」


_______『クロユリ様』。


「蒼くん?………どうかした?気持ち悪い?」

不自然に胸元を握り込んだ俺を変に思ったのか
矢井島から伸ばされた手を無意識に避けたことに
俺だけでなく、矢井島も驚いたように大きな瞳を更に丸めた。

「ここは、人がいるのですいません。………っ、は。」


_______『クロユリ様』。


「え、ぁ。ごめん」

矢井島が戸惑ったような表情を浮かべているのに
それを誤魔化すような術が思いつかない。


今まで、矢井島は最初を除いて大勢の人間がいるところで接触をすることはほとんどしてこなかった。寧ろ、気を使っていてくれていたと思う。


今は、他人がいると言ってもあの華に意識を向けている状況だからこそ話しかけてきたのに矢井島を拒否する、俺の行動が不自然になってしまった自覚はある。


「臭いが気持ち悪いみたいなので、外の空気を吸ってきます」


踵を返して非常階段の方へと向かうと、荒谷が俺の腕を掴む。


_______『クロユリ様』。

「佐藤」

片手にクロユリの花束を持った荒谷は俺をじっと見つめる。

「ちょっと、新くん。」

矢井島が人だかりのうちの何人かがこちらをチラチラと見ているのに気づいて、止めに入ってくれているようだった。

「どこ行くんだよ?」

「どこにも行きませんよ。ただ、外の空気を吸ってくるだけです」

「それなら、こっち見ろ。華なんかじゃなくて」

荒谷に言われて初めて、俺の意識があの華に向けられ続けていたことに気づく。


_______『クロユリ様』



荒谷の視線の指し示す先にある真っ黒な華は、ある日を境に毎日のように届けられ続けた華だった。



お婆様に俺たちが嫌いなのだと教えられ続ける華だった。
だけど、それでも俺の好きな華。



例え、苦しくても_______大好きな華だ。



「ねぇ、あのクロユリを何とかしてもらえない?」




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