花は何時でも憂鬱で

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chapter9

傷痕2







「………女の子?」

荒谷が驚いたように、呟いた。

前に中庭で見かけた女の子みたいな容姿をした生徒。
折れそうなほどに細い身体に、腰くらいまで伸びた髪をかきあげる仕草をする少女のような顔をしたその生徒はにこりと微笑んだ。


「女の子だなんてそんな風に言っていただけて光栄だし、お取り込み中に申し訳ないのだけれどこの悪臭どうにかしてもらえます?」

「あー、悪い。けど、ちょっと待ってて。今、」

「私も待てません。………こんな異臭にこの花が大量にあるなんて気味が悪いもの。」

「気味が悪いってゆーのは何で?」

その少女のような顔をした生徒は、荒谷からクロユリへと顔を向けるとその臭いのせいか咳き込みながら答えた。


「質問に答えるのなら、呪いの花だからということと後はそうね………答えはその華の花言葉ですかね。」

「………花言葉?」

「ええ。『恋、愛』の他にあるんですよ。不吉な花言葉が。………それに、この悪臭にこんな下向きの華を贈られるなんて、よっぽど嫌われてるのか嫌がらせの類だと思いますけれど______________それで?」

荒谷の部屋の前に積まれた沢山の紙袋から大量のクロユリの花束が次から次へと出てくる様を見た少女は、早く対処してくれとでも言うような視線を荒谷に向ける。

「今、早急に解決しなければならない問題でもあるのかしら?私、こんな異臭が漂ってるのは我慢ならないのよね」

服の上からでも分かるほど細い腕を組んで、その少女は荒谷を見上げる。


「ないよね。新くん。………ほら、行こうっ!新くん宛らしいし!秋(みのり)ちゃん、ありがとうね。」


矢井島がしぶる荒谷の腕を引っ張って無理やり連れていくと同時に離れた手首を摩り、踵を返すが呼び止められた。


「ねぇ、私はあのクロユリ間違って贈られたものだと思うんですよね。それに、私の言ったことへの反応を見るにしてもあの人宛ではなさそう。手違いかしらね。」

「_______っさぁ。僕には何とも分からないです。」

そうだ。荒谷にはあの華は、クロユリなんてもの似合わない。誰の目から見ても俺の目から見てもそう思う。他人から好かれることはあってもその逆はきっとないような人柄だから。

「貴方、クロユリの別の花言葉を知ってるんじゃない?知ってそうだと思ったんだけど、違う?」

細い指先を折り曲げて考え込むような仕草で首を傾げる少女のような顔をした生徒はさぞかし疑問なようで俺を見上げてきた。

「まぁ、何でもいいのだけれど。それより、貴方、どこか悪いの?さっきから、胸元を握っているけど。」

「どこも悪くないですよ。………ただ、気持ちが悪いだけでっ_______。っひゅ。」

瞬間、愛らしい少女のような顔に翳りが生まれ
丸い大きな瞳が揺れた。

「ねぇ、貴方。これ、さっきの金髪の人の花束から落ちたと思うんですけれど。……………………って、何かありましたか?」

「いえ、何もないです。………受け取っておきますね」

一向に受け取らない俺に焦れたのか怪訝そうな顔をしているその生徒から、そのピンクの花を受け取って、手の平の中へと閉じ込める。

「花を贈る、贈り手には意味をもっているはずです。でも、それをどう解釈するかは贈られた側が決めること。………でも、クロユリと杏を贈る意味は分かりかねますね。貴方は、どう思いますか。杏の花言葉には花びらと実の2通りの意味合いがありますが、どちらなんでしょうね。」

俺を探るような視線が這わされたと思っていたら、少女のような顔をした生徒に腕を回した生徒がいた。

「なに?誰ですか、貴方は?」

「ご挨拶だな………俺のこと知ってるやろ?」

「………………白っき?でも」

「ぁ_______。失敗したなぁ。………まぁ、ええわ。」


その少女のような顔をした生徒が誰かに絡まれて俺から視線を離した隙に踵を返すと、非常階段の扉を開けてすぐ、滑り落ちるように座り込んで喉元を押さえ込む。


「………っは。ごほ、ケホっ!」



_______クロユリ様。


「………っ、そんなにですか_______っゴホ。」


決まって15本の花
真っ黒なあの華とともに添えられるピンクの華。


あの華が
それが、今回、荒谷宛のはずの花束にも添えられていた。



_______クロユリ様。苦しいですか。


「………っ苦しくなんか、ない。ゲホ、っ」


_______クロユリ様。辛いですか


「辛くも………………ないっ。っは、ゴホッゴホッ」


_______クロユリ様。貴方には価値はありません。苦しむ資格も辛いと嘆く資格も、心をなくす資格すら。
そんなこと、貴方が壊したモノに比べれば容易いことでしょう。



忘れようと必死においやった_______。



思い出せばこの感情に囚われてしまったら触れたくもないものに見たくないものに思い出したくないものに苦しむのは分かっていたから。記憶の底に追いやった、幾重にも布をかけて釘を打ちつけ鍵をかけて、見えないようにした。



弱さを晒したくないから、傷ついているフリをする自分なんて知りたくもないから。



だから_______隠した。



中身がどろどろに腐る、顔を背けたくなるほど臭いものに蓋をするように決して溢れ出てこないように、決して他人にも自分にすら触れられないように奥底に隠す。




幾重にも幾重にも、蓋をし続ける。
中身が分からないように、決して誰にも知られないように、暴かれてしまわないように。




「そんなに_______」



…………………隠しておきたい自分(もの)。


それでも、時として______________簡単に溢れ出すことがある。


「これからもッ、………。」



例え、目の前にいなくても、こんな遠くまで離れようともきっと、俺が目の前から永遠に消えたとしても_________。


………………いつまでも_______あの女(ひと)は俺を嫌ったまま。



「変わりませ、んかっ。………ゲホ、ゴホ、ごほっ……!っは。」


変わることは永遠にないその事実を頭では理解しているつもりだ。なのに、その事実が胸を軋ませジクジクと痛み続ける。



何度も刷り込まれ何度も告げられ続けた事実、俺が壊すだけの人間だと知っている。だから、憎まれて当然だ。疎まれることが可笑しいなんて思ったことなんてない___________なのに____________ガラスの破片でも刺さったみたいにナイフで刻まれ続けるように苦しい。


この感情は間違っているのに、痛くてたまらない。


「馬鹿だ_______っ、。」


あの手があの瞳が本当の意味で優しく伸ばされることも優しく見つめられることもないと知っているのに。
絶対にありえないと分かっているのに。



心のどこかで、期待している。
______________もしかしたら、と。




諦めきれないなんて、馬鹿だ。
………バカなんだ。



「………っ、ケホ。っふ_______。」


ほら_______思った通りこんな弱い感情に囚われる。



弱くてはダメなのに。


弱くては、傷つけるだけで壊してしまうだけで、何も守れない。









なのに








【ハル】



ほら______________思い出す。


【俺と同じ綺麗な名前………………ハル】


ほら______________思い出してしまう。
苦しい、暖かい日々を。


暖かい人を思い出してしまう。


あの手を取りたいと思ってしまう自分が嫌いだ。
誰かに何かに縋る自分が嫌いだ。



嫌いだ。大嫌いだ。



「………似合わないです。_________春なんて、分不相応な名前です。………………、ケホっ。俺に価値なんて_______ないです。」



俺が奪いました。俺が壊しました。
全部、俺のせいです。



それでも
………………お願いですから。



「分かっていますから………っ。ゴホッ、ゲホ!」


自分が奪うだけの化け物だということなんてことは



俺は__________偽者なんてことは




分かっているから。


_______それでも、どうか。お願いですから。




偽物ではない愛を与えて下さい。
奪ってもいない、壊してもいないあの子にだけは



本物の愛を。



______________どうか。










【_______手のひらに閉じこめていたピンクの花びらが一枚、二枚と散り咲いて死んでいく。手のひらに喰い込むほど立てられていた爪が花びらを赤く染めるのにも気づかず_______。



彼はソレが傷だと知らないまま、重ね続ける傷には気づきもしない。…………………まるで、散って踏みつけられる花びらのように___________憐れ】








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