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chapter9
忘れ得ぬ2
NO side
「…………ん。」
夜明けがまだ漂っているようなそれでも否応なしに朝が迫ってきているような薄紫色の空をカーテンの隙間から見た宵はゆっくりと上体を起こしてその空を眺めていた。
「やっと…………。」
「起きたのか。」
「あ、おはようございます。黒河先生。昨日の夜は、ありがとうございました。」
「おぉ、よくできました。」
「何がですか?」
黒河のいう意味が分からず、お辞儀をした宵が首を傾げていたら、黒河は苦笑いしながら答えた。
「いや、ただ。素直にそう言われるのが珍しい気がしてな。なんせ捻くれた奴が多いからな。」
「先生。」
「ん?」
「難しいですね。」
「なんの話だ?」
宵は、黒河の問いかけに微笑むと
んーと声を出しながら背伸びをしてもう一度空を仰いだ。
「僕が、一番に起きたと思ったのに。先生の方が早起きみたいだったので難しいなぁって思って。」
「俺は少し前に目が冴えて、たばこ休憩行ってたからなぁ」
「残念。でも、朝からたばこって不健康ですね。ね、先生。先生って全校生徒の顔と名前って一致してるんですか。」
「何で?」
「探してる人がいるんです。だから、知ってるかなって思って。」
「なに、恋人とか?」
宵の変わらない表情に黒河は、一瞬、驚いたように瞑目させるが、すぐに面白いものでも見つけたように口角をあげた。
「これは、発狂する生徒が両手で足りないだろうな。それで、本気?それとも、冗談?」
「秘密です。」
「全員とは言わないが、把握してるうちなら答えられるけど。」
黒河はベッドに腰掛けながら、宵に目線を合わせてその誰かを聞けとでも言うように促す。
「名前は___________あかつき。東方 暁(とうほう あかつき)」
「あかつき?…………どんなやつなんだ。」
「うーんと、バスケが好きな人?後、季節でいうと春が好きな人です。」
「何だその特徴。……………………暁ね。悪いが覚えはない。もしかしたら、記憶の隅においやられてるだけかもしれないけどな。それにしても、東方って西方の分家だろ。それならお前のが知ってるだろ。」
「そうなんですけど。もしかしたらって思って。…………ぁ、先生。後___________〝はる〟って生徒を知ってますか。」
「いや。知らないな。」
「今度は、即答なんですね。」
宵は先程の暁の質問とは違って、何故か、即答した黒河を不思議に思いながら言うと、黒河はそれに答えた。
「そりゃあ、風紀委員長が前に探してたみたいだからな。」
「風紀委員長さんが…………?」
「西方は、何で〝はる〟って生徒のこと聞くんだ?」
「昨日、広場で白い髪をした人がいたんです。そしたら、誰かがそう呼んでいた気がしたので。もしかしたら、気のせいかもしれませんけどね。」
黒河は宵から視線を逸らしてから、気づかれないほど僅かに表情を強張らせる。黒河はいつもの癖で懐に手をいれて煙草を探ろうとした手は、ここが救護室だったのを思い出したことによって、彷徨ったすえ首筋に行き着く。
「西方、あまり、その名前は出さない方が賢明だ。」
「どうしてですか?」
「どうしてって………………秘密?」
「そんな気になること言っておいて、それはずるいです。僕は、知らないことが多いのでできるなら、教えて欲しいです。」
「お前も、教えてくれないことが多いだろって、断りたい所だけど。まぁ…………だよな。この学園で〝はる〟っていう名前は、たったの1人なんだよ。いつまでも鮮明に残り続けるたったの1人。」
黒河は宵に教えるように言いながら、5年という長いんだか短いんだか分からない時間をもう通り過ぎてきたのかと、どうしたって重くなる口を無理やり開きながら続けた。
「俺は〝はる〟って、名前の生徒は知ってる。けどな、その生徒は幽霊か亡霊じゃなきゃ絶対に会うことはできない。」
「亡霊か、幽霊?」
「本当に知らないのか?」
「分からないです。」
「あまみや はる っていう奴が、いたんだよ。いっつもジャージ着てて、絆創膏してるような奴で、その生徒が5年前に事故で死んだ。」
「……………………………っ、えっと、。ごめんなさ、」
黒河はその動揺したような宵の反応を視界に入れながら、未だに首筋に当てたままだった手を宵の頭にのっける。
「別に、謝れって言ってるわけじゃない。そういうことだから。お前が聞いた〝はる〟は天宮のことじゃなくても、その名前は口に出さない方が賢明だ。お前のためにもな。」
本当に、天宮晴の事故のことは知らなかったようだと黒河は見立てを立てながらも、宵に似ている、いや、宵が似た男を、頭の中に思い浮かべる。
「何を考えてるのか、さっぱり、分からないな。」
「何のことですか?」
「あぁ、何でもない何でもない。西方が小動物みたいで可愛いなって思ってただけだから。」
「急に、何ですかっ、。」
「はいはい。可愛い、可愛い。」
宵の頭を撫でつつ驚いた反応をする宵を適当にあしらいながらも、黒河は様々な思考を巡らせる。
ただでさえ、良好とはいえないそれどころか亀裂は既に戻れないところまで来ているような天宮と西方の関係を
この純粋そうな子供を使って、更に不調和を生むようなことをする西方燐の考えていることが分からないと黒河は嘆息した。
けれど__________と、考えを巡らせながら、黒河は自分の見立てが間違っている可能性も視野に入れる。
もし、この目の前の西方が、天宮の事故のことも知っていたなら、父親に協力して、わざとその名前を出した可能性もあるのだとも思うがこれはいくら考えようとも堂々巡りになるだろうと考えをまとめた所で、宵の頭から手を離す。
「ひどいです、先生。」
涙目になりながら黒河を非難する宵を見て、納得したように顎に手を置きながら黒河は言った。
「あー、なるほど。…………これは、確かに。騒ぐわけだ。」
「何の話ですか。」
「いや、何でも?」
西方燐が、何を考えているのか分からないけれど、でも、一つ確かなことは、西方燐がこの子供を送ってくる理由は、あの噂も兼ねた場合、一つなのだろう。
「根も歯もない噂だと思っていたが、あるいは。」
黒河は天宮から出た確証も何もないあの噂が脳裏を掠めるが、まさかと思いその考えを掻き消す。けれど、最終的に行き着く答えは一つだった。
「まぁ、でも。」
(西方燐は、天宮を潰そうとしているのだけは確かだろう。……………………そして、最初に狙われるのは恐らく、西方に敵対していてなおかつ、最も天宮に近いお家柄の人物。)
黒河は、ある1人の生徒を思い出しながら
どうしたってチラつくその生徒の父親を蹴散らすようにガシガシと頭を掻き毟る。
「………んせい。どうかしたんですか?」
「ん?あ、何?」
「ぼうっとしてたみたいですけど、大丈夫ですか?」
宵が下から覗き込んだことによって、意識が別の場所にいっていたのだと黒河が理解した途端、救護室の扉に何かがぶつかってきた音がして黒河はすぐに扉の外に向かった。
「……………………やっぱり。」
黒河が救護室からいなくなってから
宵は、以前、この学園に来たときに拾った写真を取り出し、その写真に映る顔の見えない白髪の人物を指でなぞりながら呟いた。
「やっぱり、〝あまみや はる〟は、僕の知ってる____________________〝はる〟。」
その写真を握り込んだ宵の真っ黒な瞳がドロドロに濁っていく。
「僕は__________ただ、。」
「夕暮。お前、いい加減にしろ。ここは、病人のベッドなんだよ………っ、他人の話を聞け。」
黒河の呆れた声に反応した宵はその写真を仕舞い込むと、ほぼ同時に、現れた明らかに酔っている様子の誰かに宵は目を丸める。
「いいじゃらいれすかぁ~。ひょうせ、誰もいまふぇん、……………………あり?何で、ここに西方様、が。」
それだけを言って完全に眠りに落ちたその人物のそばに寄ろうとした宵を黒河が何もしなくていいと言われた為、宵はベッドに座ったまま話しかける。
「本当に、大丈夫ですか?」
「あぁ、気にしないでいい。今回は、確実に減給と始末書扱いだろうがな。…………おい、さっさと起きろ。夕暮っ!」
冷たい地べたに寝転んだ夕暮を起こそうと黒河は、その肩を揺すろうとしたその瞬間、ポケットに入っている教師用の端末が鳴り響いた為、その端末を取り出した。そして、その画面に『クソじじい』と表示されているのを見た途端、黒河は舌打ちを打ちつつもその電話を取った。
「後で、連絡する。あと、こんな朝っぱらからかけてくんな。」
それだけ言うと、プツリと電話を切った黒河はその端末をポケットに放り込んでから夕暮から距離を取り腕時計の時間を確認する。
「6時か。…………西方。俺は急用ができたから行かなきゃならないんだが。何かあったら、この寝そべってるのに何か頼んでくれ。後、もう少ししたら矢井島とれん、じゃなくて桜崎先生が来ると思うから。」
「…………、えっと。何で、ですか。」
「昨日の夜から、ずっと側にいたんだよ。ついでに、今は、朝ごはんの調達に言ってるってわけ。荒谷は、そういや、戻ってきてないみたいだけどな。これなら、寂しくないだろ。」
揶揄うように言った黒河が救護室からいなくなった後、宵は地べたに寝ているその人物のことが視界に入り、何もしなくていいと言われたものの、このままにしておくこともできないと、使っていない毛布をかけようと側によるとお酒の匂いに混じって僅かに香ってきた匂いに手を止めた。
「…………っ、クロユリの匂い、?」
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