178 / 178
chapter9
忘れ得ぬ3
しおりを挟むいつまでも降り続けていた雨が段々とパラパラと小雨になり出した空をベランダから眺めていたら
「…………もう、。」
「朝ごはん、食べていく?」
後ろからかけられた雪さんの声に振り向くと、ブランケットを肩にかけられる。
「あの、」
「見てるだけで寒そうだったから使って。そんな事より、なに見てたの?」
「ただ、外に出たくなって。」
ベランダの柵の上に乗せていた手に貼られている絆創膏が剥がれかかっているのに気づいて剥がれ落ちてしまわないように、反対の手でその剥がれかかっている部分をなぞる。
「ただ、それだけです。」
「そっか。それで朝ごはんはどうしたい?」
「今日は、朝の準備があるので遠慮します。」
「そっか。ぁ、そうだ。昨日はよく眠れた?」
「はい。」
「それなら、良かった。じゃ、寒いし戻る?それとも、もう少しここにいる?ここにいるなら何かあったかいものでも持ってこようか?」
「楪さ、」
「雪でいいよ。」
「雪、さんは…………佐藤さんのこと好きですか。」
「うん、多分、正直言うと………………凄く好きだと思うよ。でも、急に何でそんなこと聞くの?」
「ただ、それもなんとなく聞いてみたくなって、すいません。」
「そんな風に謝らないでよ。僕が、悪いことしてるみたいじゃない?」
柔らかく甘く笑う雪さんに、昨日からずっと渦巻いてた疑問がこぼれ落ちた。
「嫌じゃないんですか?」
「何が?」
「名前を勝手に使ってるので。いやだと思うのが自然だと思うので。」
なのに、純さんも雪さんもそんな反応も示さない。
楪について書かれていたあの冊子で色々なことを知った。
血縁関係のことや、何故、純さんが楪を名乗ってないのかということも色々と書かれていた。やっと、落ち着いてきた純さんに取り入るかのように入り込んできた人間に、どうして笑いかけてこんな風に快く接するのか。俺を見張るためだとしてもどうにも腑に落ちない。
それとも、もしかして_____。
「佐藤さんと同じで、雪さんも誰にでも優しいからですか?」
「残念だけど、僕は兄さんとは違って誰にでも優しくはないよ。伝えてるつもりだったのにな________君は、特別だって。」
隣で、また優しく笑いかけられて全身が冷えていくような感覚とともに、顔を逸らして目線を合わすことができなくなる。
「…………っ、冗談」
「じゃないよ。考えたんだけど、そういえば、僕も君に秘密を握られてるってことだから。優しくしないとって思ってさ。僕は、見ての通りの打算的人間だよ。ってことで、やっぱり、寒いから部屋入ろっか。」
雪さんに促されるまま部屋に入ろうとした足を止めて、また、暫く、後ろを振り返って遠くの景色を見るけれど、どうしたって俺の見たかったものは見えなかった。
「どうかした?」
部屋の中から俺を見る雪さんの視線を受けて、部屋の中へと足を踏み入れて後ろ手でベランダの戸を閉めて言った。
「何でもないです。そろそろ部屋に戻ろうと思います。色々と準備に時間かかると思うので。」
「あぁ、そっか髪の色、黒く戻さないと駄目だもんね。ごめんね。僕のせいだ。…………でも、その色、君にあってるから残念だな。」
「そう、ですか。」
「うん。そうだよ。」
喉に言葉が引っかかってうまく出てきてくれない。何か詰まったみたいに、苦しいのは何でなのか。ちゃんと戻せていないからなのか、消えてくれないからなのか。無理やり寝たのに、それでも駄目だった。全然、駄目で胸の奥に渦巻き続ける。
でも、多分、きっと__________。
また、いつもみたいに少しすれば戻るだろうから。
少し、思い出しただけならば、きっと。
戻せるから。
「好きじゃ、ないよ。」
さっきまで陽が差しそうな空だったのに、また、雨が降り出した、と思いながらここから見えないものが見れるわけがないのに、それを思い描きながら遠くを眺める。雪さんに聞こえないくらい溜息をつくぐらい小さく呟いた言葉は俺の中へと重く沈み込んでいく。まるで、海の底のような暗くて寒い場所に落ちていくみたいに。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
笑わない風紀委員長
馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。
が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。
そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め──
※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。
※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。
※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。
※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる