もう涙はいりませんわ

夜桜

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第7話 帝都の影と、寄り添うぬくもり

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 フォードが拘束され、倉庫の外へ連行されていく。
 スラム街のざわめきはまだ続いていたが、わたくしとアレク団長のまわりだけは、不思議なほど静かだった。

「エイダ、もう少し歩けるか?」
「ええ、大丈夫ですわ。……アレクが一緒ですから」

 その一言に、アレクの足がわずかに止まった。
 振り返らなくても、彼が微かに微笑んだことが分かった。


 フォードを引き渡したあと、わたくしたちは騎士団本部の一室へ移動した。
 ここは重要な事件の捜査に使われる小会議室。
 窓から夕暮れの光が差し込み、室内に淡い橙色を落としている。

「アレク、先ほどの封筒……議会の印がありましたが……」
「気になるのはそこだろう」

 アレクは机に置いた黒い封筒をじっと見つめていた。
 その表情は、今までにないほど厳しく、深い思考に沈んでいる。

「議会は国政の中心だ。騎士団でさえ手出しができない領域だ」
「では……フォードの背後にいる“支配者”とは……?」

「名はまだ分からん。ただ、議会の中に“獅子の牙”と繋がる者がいる可能性が高い。
 ……帝都を裏で動かす黒い手が、確かに存在する」

 わたくしの胸がざわりと震えた。

「つまり……フォードは操り人形のようなもの、ですの?」
「奴は欲望で動き、闇組織はそれを利用した。
 フォードのように扱いやすく、切り捨てても惜しくない人間こそ、闇が好む駒だ」

「なるほど……だからフォードは……」

「そうだ。利用されたに過ぎない。だが罪は重い。帝都を危険に晒したのだからな」

 アレクが封筒を指先で押し、わたくしを見つめる。

「エイダ。君はもう、ただの被害者ではない。君はフォードを倒し、真実に最も近い場所にいる。闇の連中は、君を恐れている」

 その言葉に息が詰まる。
 恐れ……怖さ……そして、少しの誇り。

「……わたくしのせいで、騎士団に迷惑をかけているのでは……?」

「違う」

 アレクは強い声で遮った。

「君がいたから、ここまで追い詰められたんだ。君の勇気がなければ、フォードの罪も、闇の存在も掴めなかった」

「アレク……」
「だから、胸を張れ。エイダ。君は帝国を救う鍵でもある」

 胸の奥が熱くなり、指先が震えた。
 わたくしの小さな一歩が、帝都の未来に繋がっている――そんな実感が芽生える。


 話がひと段落すると、アレクはわたくしを静かに見つめた。

「それで……エイダ。話がある」
「え……?」
「今日、君を守ったとき……俺は、少し……いや、だいぶ取り乱した」

「取り乱した……?」

「俺らしくない」と彼は苦笑する。
「君が傷つくかもしれないと思った瞬間、頭が真っ白になった。騎士団長としての冷静さじゃなく……男としての感情が先に動いた」

 わたくしの心臓が跳ねた。

「エイダ。俺は、君を守りたい。この手が届く限り、何度でも」

 夕陽の橙が、アレクの金の髪をあたたかく照らしている。
 その光景は、胸が震えるほど綺麗で――わたくしは思わず唇を噛んだ。

「わたくしも……あなたが側にいると、心が強くなりますの。どんな闇が迫っても、怖くなくなる……。こんな気持ち、初めてで……」

「エイダ」

 アレクの手が、そっとわたくしの肩に触れた。
 その一瞬で、心臓が熱く跳ねる。

「君は、俺の光だ。帝都の闇よりも強く、まっすぐな光だ」
「アレク……」

 わたくしは足がふらりと揺れ、腕が自然と彼の胸元を握っていた。
 彼の胸の鼓動が、わたくしの耳にも響く。

 近い。
 息が重なるほど、近い。

「……君が望むなら、これからも俺は君の剣になる」
「望みます……。心から……」

 その瞬間、アレクがわたくしを抱き寄せた。
 少し強く、でも壊れ物を扱うように優しい抱擁。

 胸が熱く、息が苦しくなる。
 けれど、この温もりは――何より心地よかった。
 アレクの腕の中で、わたくしは静かに目を閉じた。
 しかし――その瞬間。

「アレク様! 大変です!」

 ロールシャッハが駆け込んできた。
 息を切らし、顔色が青ざめている。

「議会から使者が……!
 “フォードの件を即時引き渡せ。それ以上の捜査は許可しない”と通達が……!」

「なんだと……?」

 アレクの表情から熱が引き、鋭い緊張が走る。

「エイダ、後ろへ」
「はい……!」

 議会がフォードを護ろうとしている――
 つまり、その背後にはもっと巨大な“闇の黒幕”がいる。

(この帝都……何か、大きな渦が動いている……)

 アレクが剣に手をかけ、低く言い放つ。

「面白い……。相手がどれほど巨大でも、エイダを狙うなら――俺が斬る」

 その横顔は、雷のように鋭く、炎のように熱かった。

 そして、わたくしの胸は再び高鳴った。

 ――この方となら、どんな闇でも越えていける。
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