もう涙はいりませんわ

夜桜

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第9話 迫る闇の足音と、誓いの剣

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 夜の帝都は、いつもより静かだった。
 けれど、それは平穏ではなく――
 嵐の前の、息を潜めた“静寂”だった。

 わたくしとアレク団長は、騎士団本部の執務室にいた。
 窓の外に広がる帝都の灯りが、やけに遠く感じられる。

「……フォードが死んだ?」

 アレクが読み上げた報告書に、わたくしは思わず息を飲んだ。

「あり得ませんわ。だって、フォードは……拘束されていたはずですのに」
「拘束されていた“はず”だった」

 アレクは苦々しい表情で報告書を机に置いた。

「議会からの命令でフォードは解放された。
 そしてその直後、“失踪”。
 遺体は発見されていないが……明らかに議会の手によるものであろう」

 言葉を聞くだけで、冷たいものが背筋を走る。

(フォードを消した……? どうして……?)

「薬物密輸を暴かれたからですの?」

「それだけなら、議会は見捨てるだけだ。わざわざ“処理”する必要はない」

 アレクは深く息を吸い、わたくしをまっすぐ見つめた。

「――エイダ。おそらくフォードは“議会にとって都合の悪い何か”を知ってしまったのだ」

「何か……とは?」

「議会の頂点にいる、ベルナール・グランツ。あの男だ」

 ベルナール――議会議長。
 帝国の心臓部に座る、最高権力者。

(そんな人が、薬物密輸の……? まさか、本気で……)

 信じがたい。
 けれど、“獅子の牙”の黒い封筒が、議会印を持っていた現実。
 フォードが解放された直後に“失踪”したという不可解さ。

 全てが、ひとつに繋がっていく。

「団長様……。だとしたら、ベルナールは……帝都の闇そのものなのでは……?」

「そうだ。そして今、やつは……俺たちを敵と定めた」

 アレクはわたくしの手をそっと包み、強く握り返した。

「エイダ。君はフォードの裏を暴き、“闇に光を当てた”。ベルナールからすれば、君の存在は危険だ」

「わたくしが……?」

「君が剣を握り、罪を暴き、闇に立ち向かってきたからだ。ベルナールは恐れている。“次に暴かれるのは自分だ”とな」

 わたくしの胸が震えた。
 恐怖ではなく――怒りと、熱。

「……許せませんわ」

 アレクは目を細め、わずかに頷いた。

「君のその心が、奴らにとっての天敵だ。だからこそ、守り抜かなければならない」
「アレク団長……いえ……アレク」

 思わず名前で呼んでしまい、胸が熱くなる。

「わたくしもう、逃げません。最後まで闘います」

 アレクが驚いたように目を見開き、次の瞬間、柔らかく微笑んだ。

「エイダ。……君と出会ってから、俺は変わった」

「変わった……?」

「今の俺には、“守りたい人”がいる。そのためなら、帝都そのものを相手にしても構わない」

 その瞳は、闇の中でも決して消えない炎のようだった。
 胸が苦しくなるほど、強く、優しい光。

「アレク……わたくし……あなたの力になりたいです」
「エイダ……」

 アレクがわたくしの頬をそっと撫でた。
 指先が触れた瞬間、体中が熱くなる。

「君はもう十分、俺の力になっている。君の存在が、俺を強くする」

「そんなこと……」

「本当だ」

 アレクの額が、わたくしの額に触れた。

 温かい。
 心臓が跳ねて止まりそうになる。

「エイダ。
 ――絶対に、守る」

「わたくしも……あなたを信じています」

 そう言った瞬間。
 扉を叩く音が、執務室に響いた。

「失礼します、団長様! 議会から特使が到着、至急の召喚が――!」

 アレクはゆっくりと身体を離し、深く息を吐いた。

「……来たか」

 議会の“使者”。
 おそらく、ベルナールの直轄。

(いよいよ……始まるのね)

 わたくしは、アレクに寄り添うように立ち上がった。

「エイダ、無理はするな。だが……俺から離れるな」
「もちろんですわ」

 扉が開く――
 そこに立っていたのは、黒い外套を身にまとった使者。

「アレク・ブラウン団長、エイダ・エーデルワイス嬢。――議会議長ベルナール・グランツ様が、お二人を“直ちに”招集いたします」

 議会がついに動いた。
 帝都の闇と光が激突する、決戦の前夜だった。
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