8 / 9
第8話「崩れた王城 ― 獣の咆哮」
しおりを挟む
朝靄の中、氷の帝都はいつもより静かだった。
けれど、空の向こう――南の方角に、黒い煙が立っていた。
「アークライト王国の王城が……崩落した?」
カイルの報告に、わたくしは思わず言葉を失った。
「夜明け前、突如として城の中央塔が崩れ落ち、城下にも被害が出ております。
民は“獣の咆哮”を聞いたと……」
“獣”。
その言葉だけで、胸が締めつけられる。
「レオン殿下……」
口にした瞬間、背筋に冷たい感覚が走った。
ユリウス陛下はすでに執務室で対策会議を開いていた。
帝国と王国の間にある国境地帯では、すでに難民の避難が始まっている。
「王族の生存者は?」
「いまだ確認できず。城跡から“金の鬣を持つ獣”が逃げたとの報告が」
「……レオンだな」
陛下の表情は硬いが、その瞳の奥には一瞬の哀れみがあった。
だがそれもすぐに氷の仮面に戻る。
「この呪いは放置できぬ。王国が滅ぶ前に、我々が止める」
その言葉に、わたくしは首を振った。
「陛下。あの呪いは……わたくしに関係している気がします」
陛下の視線が、静かにわたくしを射抜く。
「理由を」
「“声”が呼んでいるのです。――わたくしを、王国へと」
夜。
神殿の鐘が遠くで鳴る中、わたくしは一人、回廊を歩いていた。
風の音の中に、あの声がまた囁く。
『光の娘よ。闇はまだ終わらぬ。
呪いは“王”ではなく、“血”を狙う』
「血……?」
『お前の中にも、流れている』
ぞくりとした。
思い出す――わたくしの母は、もとは王国の分家の出。
つまり、わたくしの血もまた、アークライトのもの。
「……だから、呪いが完全には消えなかったのね」
誰もいない廊下で立ち尽くす。
足元の氷がきしみ、遠くで雷が鳴った。
そのとき、背後から声がした。
「セレナ様」
カイルだった。
いつもの穏やかな顔――だが、その目は少し曇っている。
「お休みのところを申し訳ありません。陛下からの伝言をお預かりしています」
「伝言?」
「はい。“明日の朝、王国へ向かう”と」
「……陛下自ら?」
「ええ。呪いを断つのは、皇帝の責務だと」
カイルの声が少し揺れた。
わたくしは思わず、その腕を掴んだ。
「お願い。――陛下を、一人で行かせないで」
「……わかっています」
しばしの沈黙のあと、カイルは言葉を継いだ。
「セレナ様。……陛下は、あなたを巻き込みたくないのです。
ですが、私にはわかります。あの方は、あなたがいなければ“光”を失う」
その言葉が、胸の奥を熱くした。
――そう、今ならわかる。
神の声ではなく、自分の声で、彼を導かなければ。
夜明け前。
氷の城門が開く。
ユリウス陛下の黒馬が月光を浴びて立ち、騎士たちが列を成していた。
陛下がわたくしを見て、眉をひそめる。
「……なぜ来た」
「言ったでしょう。あなたの氷は、わたくしが溶かすと」
わたくしは微笑んだ。
「それに――神も“行け”と囁いています」
短い沈黙のあと、ユリウス陛下がため息をついた。
「……全く、聞かない女だ」
「ええ。陛下に似たのです」
その言葉に、彼はふっと笑った。
「なら、共に来い。――この手を離すな」
冷たい風の中、わたくしはその手を取った。
そして、帝国と王国を隔てる雪原へ。
彼の瞳の奥には、戦ではなく“決意”の光があった。
『光と氷、共に行け。
闇の獣は血を求める。だが、心が勝るなら――それは救いに変わる』
神の声が、確かに聞こえた。
――あの呪いの果てに、何が待つのか。
もう恐れはなかった。
彼となら、どんな闇でも越えられる。
そして、吹雪の向こうに見えた崩れた王城の影が、
新たな運命の幕開けを告げていた。
けれど、空の向こう――南の方角に、黒い煙が立っていた。
「アークライト王国の王城が……崩落した?」
カイルの報告に、わたくしは思わず言葉を失った。
「夜明け前、突如として城の中央塔が崩れ落ち、城下にも被害が出ております。
民は“獣の咆哮”を聞いたと……」
“獣”。
その言葉だけで、胸が締めつけられる。
「レオン殿下……」
口にした瞬間、背筋に冷たい感覚が走った。
ユリウス陛下はすでに執務室で対策会議を開いていた。
帝国と王国の間にある国境地帯では、すでに難民の避難が始まっている。
「王族の生存者は?」
「いまだ確認できず。城跡から“金の鬣を持つ獣”が逃げたとの報告が」
「……レオンだな」
陛下の表情は硬いが、その瞳の奥には一瞬の哀れみがあった。
だがそれもすぐに氷の仮面に戻る。
「この呪いは放置できぬ。王国が滅ぶ前に、我々が止める」
その言葉に、わたくしは首を振った。
「陛下。あの呪いは……わたくしに関係している気がします」
陛下の視線が、静かにわたくしを射抜く。
「理由を」
「“声”が呼んでいるのです。――わたくしを、王国へと」
夜。
神殿の鐘が遠くで鳴る中、わたくしは一人、回廊を歩いていた。
風の音の中に、あの声がまた囁く。
『光の娘よ。闇はまだ終わらぬ。
呪いは“王”ではなく、“血”を狙う』
「血……?」
『お前の中にも、流れている』
ぞくりとした。
思い出す――わたくしの母は、もとは王国の分家の出。
つまり、わたくしの血もまた、アークライトのもの。
「……だから、呪いが完全には消えなかったのね」
誰もいない廊下で立ち尽くす。
足元の氷がきしみ、遠くで雷が鳴った。
そのとき、背後から声がした。
「セレナ様」
カイルだった。
いつもの穏やかな顔――だが、その目は少し曇っている。
「お休みのところを申し訳ありません。陛下からの伝言をお預かりしています」
「伝言?」
「はい。“明日の朝、王国へ向かう”と」
「……陛下自ら?」
「ええ。呪いを断つのは、皇帝の責務だと」
カイルの声が少し揺れた。
わたくしは思わず、その腕を掴んだ。
「お願い。――陛下を、一人で行かせないで」
「……わかっています」
しばしの沈黙のあと、カイルは言葉を継いだ。
「セレナ様。……陛下は、あなたを巻き込みたくないのです。
ですが、私にはわかります。あの方は、あなたがいなければ“光”を失う」
その言葉が、胸の奥を熱くした。
――そう、今ならわかる。
神の声ではなく、自分の声で、彼を導かなければ。
夜明け前。
氷の城門が開く。
ユリウス陛下の黒馬が月光を浴びて立ち、騎士たちが列を成していた。
陛下がわたくしを見て、眉をひそめる。
「……なぜ来た」
「言ったでしょう。あなたの氷は、わたくしが溶かすと」
わたくしは微笑んだ。
「それに――神も“行け”と囁いています」
短い沈黙のあと、ユリウス陛下がため息をついた。
「……全く、聞かない女だ」
「ええ。陛下に似たのです」
その言葉に、彼はふっと笑った。
「なら、共に来い。――この手を離すな」
冷たい風の中、わたくしはその手を取った。
そして、帝国と王国を隔てる雪原へ。
彼の瞳の奥には、戦ではなく“決意”の光があった。
『光と氷、共に行け。
闇の獣は血を求める。だが、心が勝るなら――それは救いに変わる』
神の声が、確かに聞こえた。
――あの呪いの果てに、何が待つのか。
もう恐れはなかった。
彼となら、どんな闇でも越えられる。
そして、吹雪の向こうに見えた崩れた王城の影が、
新たな運命の幕開けを告げていた。
42
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?
tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」
「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」
子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
王太子に婚約破棄され塔に幽閉されてしまい、守護神に祈れません。このままでは国が滅んでしまいます。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
リドス公爵家の長女ダイアナは、ラステ王国の守護神に選ばれた聖女だった。
守護神との契約で、穢れない乙女が毎日祈りを行うことになっていた。
だがダイアナの婚約者チャールズ王太子は守護神を蔑ろにして、ダイアナに婚前交渉を迫り平手打ちを喰らった。
それを逆恨みしたチャールズ王太子は、ダイアナの妹で愛人のカミラと謀り、ダイアナが守護神との契約を蔑ろにして、リドス公爵家で入りの庭師と不義密通したと罪を捏造し、何の罪もない庭師を殺害して反論を封じたうえで、ダイアナを塔に幽閉してしまった。
【完結】婚約破棄されたユニコーンの乙女は、神殿に向かいます。
秋月一花
恋愛
「イザベラ。君との婚約破棄を、ここに宣言する!」
「かしこまりました。わたくしは神殿へ向かいます」
「……え?」
あっさりと婚約破棄を認めたわたくしに、ディラン殿下は目を瞬かせた。
「ほ、本当に良いのか? 王妃になりたくないのか?」
「……何か誤解なさっているようですが……。ディラン殿下が王太子なのは、わたくしがユニコーンの乙女だからですわ」
そう言い残して、その場から去った。呆然とした表情を浮かべていたディラン殿下を見て、本当に気付いてなかったのかと呆れたけれど――……。おめでとうございます、ディラン殿下。あなたは明日から王太子ではありません。
お母様が国王陛下に見染められて再婚することになったら、美麗だけど残念な義兄の王太子殿下に婚姻を迫られました!
奏音 美都
恋愛
まだ夜の冷気が残る早朝、焼かれたパンを店に並べていると、いつもは慌ただしく動き回っている母さんが、私の後ろに立っていた。
「エリー、実は……国王陛下に見染められて、婚姻を交わすことになったんだけど、貴女も王宮に入ってくれるかしら?」
国王陛下に見染められて……って。国王陛下が母さんを好きになって、求婚したってこと!? え、で……私も王宮にって、王室の一員になれってこと!?
国王陛下に挨拶に伺うと、そこには美しい顔立ちの王太子殿下がいた。
「エリー、どうか僕と結婚してくれ! 君こそ、僕の妻に相応しい!」
え……私、貴方の妹になるんですけど?
どこから突っ込んでいいのか分かんない。
もてあそんでくれたお礼に、貴方に最高の餞別を。婚約者さまと、どうかお幸せに。まぁ、幸せになれるものなら......ね?
当麻月菜
恋愛
次期当主になるべく、領地にて父親から仕事を学んでいた伯爵令息フレデリックは、ちょっとした出来心で領民の娘イルアに手を出した。
ただそれは、結婚するまでの繋ぎという、身体目的の軽い気持ちで。
対して領民の娘イルアは、本気だった。
もちろんイルアは、フレデリックとの間に身分差という越えられない壁があるのはわかっていた。そして、その時が来たら綺麗に幕を下ろそうと決めていた。
けれど、二人の関係の幕引きはあまりに酷いものだった。
誠意の欠片もないフレデリックの態度に、立ち直れないほど心に傷を受けたイルアは、彼に復讐することを誓った。
弄ばれた女が、捨てた男にとって最後で最高の女性でいられるための、本気の復讐劇。
「君との婚約は時間の無駄だった」とエリート魔術師に捨てられた凡人令嬢ですが、彼が必死で探している『古代魔法の唯一の使い手』って、どうやら私
白桃
恋愛
魔力も才能もない「凡人令嬢」フィリア。婚約者の天才魔術師アルトは彼女を見下し、ついに「君は無駄だ」と婚約破棄。失意の中、フィリアは自分に古代魔法の力が宿っていることを知る。時を同じくして、アルトは国を救う鍵となる古代魔法の使い手が、自分が捨てたフィリアだったと気づき後悔に苛まれる。「彼女を見つけ出さねば…!」必死でフィリアを探す元婚約者。果たして彼は、彼女に許されるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる