クズαに囚われた2人の話

沙羅

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「ここ、は……」
「あ、起きた?」
 本能的な恐怖か、その声の主を判別する前に体が震える。目の前でニコニコとしているのは、さっき僕を殴ったのと同じ男だった。

「あんた、情緒不安定なの?」
 目の前の男はおかしい。そう判断したからこそ、普通なら失礼だと思って躊躇ってしまう質問も、簡単にしてしまえる。
「んー、そうでもないけどね。みんな俺のことは優しいっていうよ。ただちょっと、自分のほしいものは手に入れないと気が済まない性分ってだけ」
「ほしいものって、淳のこと?」
「ふふ、どうだろうね」

 そう言うと男は、顔を近づけてくる。意味が分からなくて避けようとしたのに、いつの間にか顎が固定されていて、動けない。
「っ、なにっ……」
 なにすんだよ、と言おうとしたものの、声は男の口の中に消える。どんどんと酸素が足りなくなっていき、これが暴力的なキスだと気付いた。

「俺がほしいのは君だけかもしれないし、本当は淳くんなのかもしれない。それとも2人ともセットで手に入れるから価値があるのかもしれない」
「意味、わかんねぇ」
 淳がヒートになってしまった日、優しく看病をしてくれた要さんはもういない。居るのは、意思疎通の全く図れない男だけだった。

 男の顔が離れる隙を狙って、勢いよくベッドから転がり落ちる。うまく勢いをつけられたおかげで、男の手によって静止されることはなかった。これならいける、外に出れば交番に駆け込んで……。
 そう思って手をかけたドアノブは、びくともしなかった。
「ここは透くんのために作った檻だもの。内側から開くわけがないでしょう」

 こつ、こつ、と靴が床を叩く音がする度に、恐怖心が増していく。扉を背にしてしまえば、もう逃げられるところなどない。
「今のは見逃してあげる。でも、もしまたここから出ようとしたら……淳くんの痣はもっと増えることになっちゃうかもね」
 その言葉を理解してしまうと、ギリギリと歯の音を立てることしかできない。蹴破ってでも外に出ようとしていたが、大事な幼馴染が人質になっていると知ってしまえば、そんなことは出来なかった。僕の使命は、淳を守ることなのだから。

「ほんとに奇妙な関係だよね。番にもなれないのに、そんなに献身的になって」
 どこにそんな力があるのかと言いたくなるほど簡単に、体が持ち上げられる。一瞬のうちに、さっき居たベッドへと逆戻りしていた。
「大丈夫だよ。逃げられないつらさを感じないように、ベッドの上から動けないようにしてあげるから」
 もう一度キスを落とされたかと思うと、今度は唇がチロチロと舐められる。意図を理解し、意地でも口を開けないようにと抵抗していると、今度は鼻がつままれた。
「んっ……、ふぅっ」
 息が苦しい。意識が朦朧とする。それを自覚した時には、もう男の舌に口内が蹂躙されていた。暴れまわる舌が、気持ち悪い。
「気持ちいキス、これから覚えていこーね。それより今日は、こっち」

 そう言って男の手が、体の下のほうへと下がっていく。そいつの手が止まったのは、驚くことに性器の上の部分だった。
「あんまり大きくないね、かわいい」
 ナチュラルに心を抉る言葉を吐きながらも、やわやわとそこに刺激が与えられる。ろくに自慰もあまりしたことのなかった僕には、違和感を感じるだけだった。
「さわんな」
「んー。まぁβだと感度はよくないよね。淳くんはすぐにいい声で鳴いてくれたのに」
 淳のことを引き合いに出されたのが悔しくて、キッと睨みつける。ほんとは蹴りの一発でもいれてやりたいのに、体が押さえつけられているのがもどかしい。

「俺の匂いを全開にしたら、いくら鈍感なβでも反応するようになるかな?」
 実験を楽しむような口調でそう言って笑うが、βの僕には何かが変わった感覚はない。と思っていたのに、遅れてふわりとした甘い香りが漂ってくる。認知するやいなや、頭に霞がかったような感じがした。
「Ωだったら失神しちゃうくらいの香りだよ。透くんはどう感じてるんだろうね」
 さっきと同じように手がそこに触れただけ。それなのに、さっきとは違う感覚がする。この甘い香りのせいで、力が抜けてしまったからだろうか。

「抵抗できなくなっちゃった? かーわい」
「うるっ、せぇ!!」
 息をするだけでも甘い。息を止めたい。でも本能が、それを許してくれない。呼吸をする度、頭はぼーっとするしさっきとは違う感情の波が押し寄せてくる。

「ふふ、透明な液が流れてきたね」
 嫌だ。見たくない。全部の感覚を遮断したい。そう思って目を閉じるのに、それでは下の方に意識が集中してしまうだけだった。どうすれば逃げられるのか分からない。
「イっちゃおっか」
 その言葉と同時に、男の手の動きが今までと変わる。的確にいいところに刺激を与え、苦しいくらいの気持ちよさが押し寄せてくる。
「やだ、やめろっ……! んあっっ!!」
 欲を吐き出した感覚があって死にたくなる。よくできました、といわんばかりにそれを優しく撫でる男が、憎らしかった。

「お前に淳は、絶対やらねぇ……」

 精神的な疲れか、射精した後の疲れか、それともこの変なにおいのせいか。こんな危険な男を目の前にしているのに、どんどんと瞼は重くなっていく。

「君も、淳くんも、もうとっくに俺のものだよ」

 意識が、沈む。

「バカだよねぇ。淳くんと俺はある意味幸せに暮らしてたから問題なかったのに、勝手に俺の罠にハマってくれて。さて、今度最後までする時のために馴らしてあげようね」

 そうして僕たちは、この檻に囚われた。
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