運命の糸を手繰り寄せる

沙羅

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今朝は少しだけ大変だった。
また運命の番に会ってしまう可能性があるくらいなら、もう仕事には行かないと彼が言い出したのだ。もともとお金持ちの彼は、確かに働かなくてもなんとかなるくらいの貯金は持っているらしい。でも俺と価値観が合わないのが嫌で、仕事を始めたと言っていた。

だから、「仕事に行かない」と言われるのは複雑な気持ちだった。
俺と一緒にいるためだとは分かっていても、そこまでしないと回避できないものなのだという事実が痛かった。それにせっかく昨日ここから出ていく決意をしたというのに、彼に居られては難しくなる。

だから彼を説得して、会社へと行かせた。
「俺のために仕事してくれてるんでしょ」なんて、ズルいセリフまで吐いて。



部屋の中を見回す。2人で選んだ家具や、2人のおそろいの物が目に入って心が痛い。
俺が遠慮する必要ないんてないんじゃないかと心の悪魔が囁くけれど、誠司のことを愛しているからこそ幸せになってほしかった。

彼が戻ってくるまでに、さすがに自分の痕跡を消すことなんて出来ない。
というより、自分がそれに耐えられる自信がない。思い出をゴミ袋に入れる度に涙が溢れてきて、掃除が手につかなくなることが目に見えていた。

……どうして。どうして俺たちなんだ。
誠司も言っていた。運命の番は都市伝説のようなものなのだと。こんなに広い世界なのだから、たとえこの世のどこかには居るとしても出会うことは稀なのだと。

身の程をわきまえずαと恋愛をしている俺に、神様が罰を与えたのだろうか。
それならば、俺とこの人を出会わせてなんてくれない方がよかった。
……こんなに辛いなら、出会いたくなんてなかった。

気持ちはどんどんと沈んでいくけれど、出ていく前にやっておきたいことがある。
それは、彼に対して手紙を書くことだった。

手紙を書くのも精神的に辛いけれど、俺が彼の浮気を疑ったわけではないということだけは伝えたかった。ただただ幸せになってほしいことを願っていて、俺ではその幸せを叶えてあげられそうにないから離れるだけなんだってことを伝えたかった。
そうじゃないと、彼は自分のことを責めてしまいそうだから。



βの俺に、良くしてくれてありがとう。
前にも、子供を残せっていう誠司の実家からのプレッシャーに2人で抗ったことがあったね。あの時もね、本当は俺なんかがあなたの隣にいていいのかどうか不安だった。でも誠司が、俺のことを大好きだって毎日伝え続けてくれたから。だから俺は自信を持っていられた。大好きだったし、こんなに最高の彼氏は一生できないと思ってる。
でもね、やっぱりこんなのはおかしいんだ。俺は幸せだけど、誠司はきっとΩと過ごしていった方が幸せなんだ。今は俺と過ごしてるからこれ以上の幸せを想像できないだけで、きっと運命の番と生きていけばそれ以上に幸せになれる。
俺は、誠司に幸せになってほしいよ。俺がいなくても幸せになってほしいくらい、誠司のことが好きなんだ。

だから、ごめんね。相談もせずに勝手に出て行ってごめんなさい。
相談したら絶対に判断が鈍ると思って、言えなかった。

大好きだから、幸せになってほしい。
いつかもっと幸せになった誠司に会えたらいいな。だからそれまで、バイバイ。



そう書き残して、少しの荷物を持って部屋の鍵を閉じる。毎日過ごしていた場所がもう帰っては来れない場所になるなんて、昨日の朝は考えてもなかった。

これからはどうしよう。すぐに宿を見つけるのは難しいし、大学の友達の家でも転々としてみようか。幸い下宿の友達は多いし、お金さえちゃんと払えば歓迎してくれる人もいるだろう。それが無理なら、最悪研究室に泊まるのだってアリかもしれない。

心は、彼から離れる辛さを知らないみたいに凪いでいた。悲しいとか寂しいとかいう感情が抜け落ちてしまったみたいに。
ただただこれからどう生きるかだけを、先の未来だけを考えていた。
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