若さまは敵の常勝将軍を妻にしたい

雲丹はち

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09 交渉 ※

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ばかな。ありえない。
平民上がりと言われようが、それでも己の忠義は国に捧げてきた。
国王陛下みずから何度も褒美の言葉をたまわった。

この身命はことごとく国に、王家に差し出してきた。
それでもまだ足りなかったというのか?
天地がひっくり返るような衝撃にさらされ、カイルの体にもたれこむ。

「おっと」

彼をベッドに押し倒して、優位な体勢になれたのに、抵抗する意思が一滴も出てこなかった。

「うそだ……。陛下が、私のことを見捨てるはずがない……。貴様は嘘を言っている……」

カイルの体に馬乗りになって、なんとか言葉にできるものを口にするが、自分が一番よく分かっていた。
所詮は平民出の将軍。
産まれながらの貴族と違って、命の価値は低い。

代わりはいくらでも見つけられる。
あの飢えた祖国では、国土を増やすためなら命がけになれる者がまだまだたくさんいるのだ。
そう言われたも等しい。

「うっ……ふぅ……ッ……くっ!」

涙が堰を切ったように止まらない。
ぽたぽたと伝い落ちて顔を濡らす。こんなことは産まれて初めてだった。

今までにも泣いたことはあったが、多くは悔し涙だった。いつか見返してやる。そのチャンスは無数に転がっている。
そう信じられた。

しかし今はどうだ?
国に見放されて、その機会は永久に絶たれた。
敵国の男の体にまたがって、泣きむせぶことしかできない。

「おいおい……。その程度で泣くのか? こいつはちょっとがっかりだな」

カイルは体を起こして、文字通り言葉ごと体を突き放してきた。
今までオレの妻にするだのと、何度も熱っぽい視線で囁いていたのに、この変わりようはなんだ。

「オレは戦場で見たあの顔のあんたを抱きたいんだ。どんな死地にも飛び込める。よく戦って死ねと言える、ああいう凶暴で獰猛なあんたを抱きたかったんだ。それがなんだ? 国にちょっと見放されたと言われただけで、このザマか。もう少し骨があると思っていたんだがな」
「――貴様に何が分かる……」

カイルにあざけられ、体に火が灯る。

「勝手に私を手籠めにしようとしてきた男が、どの面さげて、そんなことを言うのだ。この蛮族め!」

にっくき敵を泣き濡れた顔で睨みつける。
視線だけで人を殺せるものなら殺してやりたい。
するとカイルは何がおかしいのか、満面の笑みを浮かべた。

「くっ、はははっ! いいな。やはりそうこなくちゃな! おもしろくない。ただ選択肢はもう一つあるぞ。オレの妻になって、自分を見捨てた国を滅ぼすという手もある」
「敵国の捕虜に自分の兵を渡す男がいるものか」
「客将という扱いにしたっていい。オレは嘘をつくのは嫌いだ」

ぐいっと体を抱き寄せられる。
顔が近い。
互いの息がかかるほどの距離だった。

だがいまだ心許せる関係ではない。
カイルの胸に手をついて、顔を離す。

「なら貴様は何をもって、それを証明する?」

口約束だけなら、いくらでもできる。
たった今言われた内容が良い例だ。
どれだけ言葉を飾ろうとも、国は私を見放したのだ。そんな人間に何をもって嘘をつかないと証明できるのか。

「そうだな。オレの首をはねていいぞ。まあ、閨であんたを抱きながら殺されるというのもいいな。うん。どちらかと言えば腹上死の方がオレの好みだ」

あっけらかんと言われ、体の緊張がとけた。

「……貴様、ばかなのか?」
「よく言われる。ああ、このナイフをくれてやる。代々の族長に渡される品でな。切れ味は抜群だ。お前ほどの腕なら痛みも感じずに切り落とせるだろう。オレの首」

自分の手で首を落とす真似をする。

剛胆なのか。
ただの阿呆か。

手渡されたナイフは柄に美しい拵えが施されていて、鞘には見事な彫り物が細工されていた。
ゆっくりと鞘からナイフを引き抜くと、磨き上げられた刃が姿を見せる。
美しい波が描かれ、ふれただけで指を切り落とせそうな鋭さがあった。

引き抜いた刀身をカイルの首筋にあてる。
ぴくりとも動揺しなかった。

それこそ、カイルが嘘をついてないという証明だった。
鞘にしまう。

まだ、心にわだかまりは残っている。
それでも今は祖国への復讐の機会を窺ってみても良い。
素直にそう思えた。


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