野猿な悪役令嬢

ルナルオ

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番外編 IF 野猿な囚人 32-1.(セリウスルート)蝶の島 後編

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 リーリアとセリウスの二人が罠に嵌り、意識を失っている頃。
 リーリアとセリウス以外の者達は、ミース子爵夫人の屋敷までリーリアの護衛についていた者達も含めて、意識不明のまま船に乗せられて船を島から出された。
 数時間もしてから、海の上を船で漂っているところで、皆、目が覚めた。

「うぅ、どういうことだ?」
「……ここは?」
「確か『蝶の島』の子爵夫人とリーリア様が会食後、無事に取引成立したはずだが……」
「くっそ、その後のことを全く覚えてないぞ!忘却の術か!?」
「それより、殿下は?セリウス殿下はご無事か!?」

 意識の戻ったルクレナの部下達は、セリウスとリーリアがいないか、すぐに船内を確認した。

「セリウス殿下、船内にはおりません!」
「……リーリア様も船内にいないぞ!」
「くっ、二人ともミース子爵夫人に捕らわれたか!?」
「急げ、緊急事態プランCに移行だ!島に戻るぞ!!」
「いや、その前に現在地の確認だ!」

 船内にはリーリア達がおらず、急いで二人の救助に向かいたいところであったが、船をあらぬ方向に勝手に進められており、その航路の修正等に捕らわれバタバタし、直ぐに救助に向かえず、手間取る部下達であった。

 一方、リーリアとセレウスの二人は、自分達が全く別人になって、南の島に遊びに来ている幻をみながら、舞台の上で演じさせられる俳優のように、囚われていた。
 本当は、二人とも蝶の島にある海辺のひとつにいるのであったが、何故か二人は、幼馴染同士で結婚して、その新婚旅行でこの南の島に来ていると思い込み、そこで過ごしていた。
 それらの設定も、仕掛け人であるミース子爵夫人の考えるストーリーをベースに、二人の間で、何故か成立されていた。
 子供の頃に出会った二人が、お互い魅かれ、恋人になり、結婚するというストーリーである。
 
 リーリアは、幸せだった前世の記憶に引きずられたのか、頭の中で異世界である前世の日本という国での出来事として、ストーリーが流れていた。

 リーリアは日本にいる平凡な女の子で、恵梨えりという名前であった。
 恵梨がまだ小学生の時、既に中学生であった兄の朝陽あさひが友人である康永こうえいという男の子を連れて家にやってきた。
 康永は兄の同級生で、恵梨より2歳年上だった。
 初めて会った康永は恵梨にきらきらとした優しい微笑みを浮かべていた。

「君が朝陽の妹の恵梨ちゃん?
 朝陽に似ていなくて、とても可愛いね。
 僕は朝陽の友達で、康永っていうんだ、よろしくね」
「こ、こちらこそ!」

 康永を見た恵梨は、(おお!何というか、優しい王子様っぽい!!)と感動していた。
 康永は成績も優秀で、見た目も母親が外国人のせいか、ハーフモデルのように格好良かった。
 その後も、康永は、よく恵梨の家に遊びに来てくれて、恵梨の好きそうなお菓子などをいつも持ってきてくれるので、お菓子目当てと、王子様のような康永とお話できるという2重の楽しみで、恵梨は康永に懐いた。
 恵梨自身、ただのお菓子をくれる兄の友人なだけでなく、何故か康永がとても気になっていた。

「あ、兄ちゃん!康永さん、今日、うちに来る?」
「恵梨~、お前は何でそんなに康永に懐くんだ。
 あいつ、お前に何したんだ?」
「ん~、内緒!乙女心のわからない兄ちゃんには教えられないな~」
「ふん!どうせ餌付けされたんだろう?この食いしん坊め!」
「ふん!兄ちゃんこそ、乙女心がわからないから、彼女をいつも怒らせるんだぞ!」
「ぐっ、ち、違うぞ?あれはツンデレと言ってな……」

 よく康永が恵梨の家に遊びにくるようになってから、数年がたち、恵梨が中学3年の終わりで高校に合格して落ち着いた頃。
 高校2年生である康永は、朝陽が不在で、恵梨と康永が二人きりの時に、恵梨へ「好きだから、つき合って欲しい」と告白した。
 もちろん、恵梨はまるで王子様のようなイケメンの康永の告白に喜んだ。
 その後、二人の交際は順調で、二人の仲を邪魔する者や横恋慕する者もややいたが、別れることなく、とうとう恵梨が結婚適齢期になった時であった。

「結婚しよう、恵梨」
「うん、結婚する!」
「ふふ、恵梨は本当に可愛いな。
 恵梨を初めて見た時から、何故か自分のものにしないといけないと心の底から思ったんだよね」
「へえ~、初めて会った時からなんだ?」(あの頃の私って、確か小学生だったから、実は康永ったらロリコン?……そうだったらどうしよう)とちょっと引く恵梨であった。
「ああ。恵梨もそうだった?」
「うーん、私は何というか、康永を見た時は、何だか気になったかな?」
「ああ!それなら、間違いなくその気持ちは恋だね!
 よかった~、僕ら初めて会った時から、お互いに意識する両想いだったんだね~」
「そうなのかな?でも今は間違いなく大好き!」
「僕なんか、恵梨を誰よりも愛しているよ!!」

 二人の仲は手本のように順調で、幼馴染からの交際に始まり、家族ぐるみで大歓迎の結婚であった。
 こうして、恵梨と康永は、家族や友人達に祝福されて、結婚式も無事に挙げ、二人の新婚旅行は南国のリゾートだった。
 その南国リゾートは現実とは思えないくらい綺麗であった。
 海が透き通るような青色をしていて、個々のコテージになっているタイプの高級ホテルに泊まった二人。
 昼は海ではしゃぎ、夜は夕食後、ゆったりと一部がライトアップされた幻想的な夜の海をうっとり眺めていた。

「う~ん、素敵ねぇ」
「うん、昼間も良かったけど、夜もいいね~。
 まあ、素敵なのは隣に君がいるからだよね」
「ふふ。康永が言うと何故か様になるわね!
 兄さんが彼女に似たようなことを言ってるのを聞いた時は、鳥肌がたったけどね~」
「こらこら、新婚初夜で他の男の話題は禁止だよ」
「ええ~、兄さんよ?」
「僕は朝陽にもよく嫉妬してたからね。
 僕の知らない小さくて可愛い頃の恵梨を知っているなんて、羨まし過ぎる!」
「ええ!?」(やっぱりロリコンか!?)と康永にロリコン疑惑を持つ恵梨。
「いや、恵梨なら小さい頃ならもちろん、お婆さんになっても大好きな自信があるよ?」
「なんだ、そっか~。安心した!」
「……恵梨、今、僕のことロリコンだと疑ったね?」
「え~、いや~、まあ~」
「この!悪い子だ!!」と恵梨をくすぐる康永。
「や~!やったな~!!」

 そういって、二人はきゃっきゃっとくすぐり合いごっこをする、2人きりだから許されるバカップル加減であった。
 その後、一息つくと、すくっと立ち上がり、恵梨をお姫様抱っこする康永。

「では、奥様、夜の誘いへ」
「あはっ、きざだ~!普通に誘って!!」と笑う恵梨。
「うーん、雰囲気台無し……」と言って、唇を尖らせる康永が可愛く見えて、思わず恵梨からキスをする。
 それに驚く康永は、すぐに表情を和らげた。
「……前言撤回」
「ふふ、旦那様はロマンチストね~」

 ちゅっちゅっとしたバードキスから徐々に深い口づけに変わる。
 二人は口づけしながら、天蓋付きのベッドになだれ込んだ。
 新婚初夜の二人は、めくるめく夜を過ごした。
 翌朝、恵梨は全身がけだるかったが、まだ余力があったので、何とか身体を起こして、観光に行く準備をしようとした。
 ところが、まだベッドで全裸のままである康永は、それに不満そうに唇を尖らせて文句を言う。

「ちょっと、僕の奥さん?何でそんなに元気なの?」
「ええ~、初めてだったから、ちょっとしんどいよ。
 でも、ここにいる日数も限られているから、予定の海亀を見に行こうよ!」
「へえ~、身体が辛いかと思って我慢して、昨夜は加減したのにな……。
 そんなに元気なら、いいよね?」

 康永は恵梨の腕をつかむとまたベッドに引きずり込み、押し倒した。

「わあ!せ、せめて朝ご飯を!!」
「……僕が満足したら、ご飯はここに持ってきてあげるから、安心して?」
「ひー!安心できない!!いつ満足するの~!?」

 恵梨は、康永が満足するまで挑まれたあげく、途中で意識を飛ばしてしまい、結局、その日は全く観光ができなかった。
 約束通り、動けない恵梨のためにご飯をベッドまで運んできた康永であったが、朝食ではなく夕食であった。
 ベッドサイドに置いておいた水を飲んだだけで2食も抜かされて、本気で怒った恵梨の腰を一晩中撫でて、介抱させられた康永であった。
 翌朝、腰痛はあるものの、何とか回復した恵梨は、康永と一緒に、観光に出かけた。
 恵梨は念願の立派な海亀を拝めて、やっと満足した。

「大きい亀ってかっこよくていいね~。
 ねえ、ねえ、もしこのハネムーンで赤ちゃんができたら、この『亀』にちなんだ名前を付けてあげようよ!」
「え?亀にちなんだ名前って……」
「うーん、亀太郎だとありきたりだから、亀次とか?康永からとって亀永?うわ、長生きできそう!
 女の子なら亀美かな?」
「……亀をつけるのはやめてあげよう?」
「ええ~、亀いいよー。めでたいし!」
「いやいや、恵梨と僕の子なら、名前に亀がついても許されるような面白キャラな子じゃないよ、きっと。
 それに、大人になって改名されると寂しいから、普通の名前にしよう?ね?」
「ええ~?名前に亀がつくからって面白キャラの必要ないよ。
 お友達の亀田さんこと亀ちゃんは、美人な上に賢いよ!」
「それ苗字だからでしょう?子供の名前は慎重に考えよう?
 ほら、名付け親になっていただく方もいるしね」
「うーん、そっかぁ~」

 渋々とあきらめる恵梨にほっとする康永。

 そんな様子を苛立ちながら、覗いている輩がいた。
 この幻影世界「まほろば」に、セリウスとリーリアを落としたミース子爵夫人である。
 ミース子爵夫人は、覗きまたは監視ができる魔法能力のある使用人に、自分も覗けるようにさせて、彼らの演じるドラマをライブで観ていた。

(ああ、なんだか、つまらないわ~。
 やっぱり、あの子では、ロマンチックな設定にしても、つまらなくしてしまったようね。
 あの騎士様の方はいいのだけど、せっかく両想いになっても、あの子では役不足なのか、ときめかないのよ……。
 ミスキャストだったわね~)

 ミース子爵夫人の魔法の能力は、この蝶の島の「まほろば蝶」の鱗粉にある幻覚作用の助けを借りて、実際の人を操ることができる。しかし、それは万能ではなく、有効なのはこの蝶の島の中だけであり、しかも、ある程度はその演じる人間の演技力というか、特性が出てしまう傾向にある。だから、ミース子爵夫人は、捕らえる人間を見た目だけでなく、中身も吟味するようにしている。

(まったくもう!
 あの亀のくだりでは苛立ちがピークに達したわ!
 あの子の方は、あの世界では死んだことにしてお帰りいただこうかしら?
 もちろん、『まほろば』での出来事は忘れてもらって……)

 そう考えたミース子爵夫人は、恵梨と自分を思い込んでいるリーリアを、蝶の島から追い出すことにした。
 ここでセリウスも一緒に帰すことにしていれば、ミース子爵夫人は今まで通りの生活が続いたのに……。
 
 恵梨と康永の新婚旅行の帰りでのことであった。
 恵梨がホテルから出たところにいた毒蛇に噛まれてしまった。
 すぐに現地の医者へかからせたが、その毒蛇は即効性の毒を持ち、その毒がまわった恵梨の顔はみるみるうちに蒼白から紫色を得て、土色となり、心肺停止状態になった。
 医者は亡くなった恵梨の前で首を振り、亡くなったことをつげ、周りも静かに悲しみにくれていた。
 ただ一人、康永だけは、あきらめきれず、泣き叫んでいた。

「嘘だ!!僕の妻が死ぬなんて、ありえない!」

 そこで、この世界の違和感をひどく感じる康永。
 いや、康永ことセリウスであるからこその、危険思想がわいていた。

 カノジョハ、ボクノモノ。
 ナノニ、ドウシテ?
 ヤット、アノコヲ、テニイレタノニ!!
 ダカラ、コノフザケタセカイモ、ユルシテヤッタノニネ?

 ネェ……。
 カノジョノイナイセカイニ、ナンノカチガアルノ?
 ソンナセカイハ、イラナイネ?
 イラナーイ!
 コンナセカイ、モウ、イラナイヨ。
 ケシチャオーカ?
 ソウダ、モヤシツクソウ……。

 そう思ったセリウスは、この偽りの世界を破壊するべく、魔力を全開にして、巨大な火の魔法で周囲を燃やし出した。
 まほろば蝶の最大の弱点は火であり、そのまほろば蝶の紡ぐ幻影世界を破る方法も火であった。
 セリウスは、操られたままであるにもかかわらず、ミース子爵夫人によって作られた幻影世界を火の魔法で破った。
 しかも、その威力は強く、周囲の幻影世界の舞台となった海辺だけでなく、覗きをしていたミース子爵夫人のいる屋敷まで、すぐに燃え盛った。
 瞬く間に、ミース子爵夫人の屋敷は、焼け崩れていった。
 さらに、火はなかなか勢いが衰えず、島中を燃やし尽くそうとしていた。

 そこへ、船をあらぬ方向に流されていたが、位置を確認し、捕まったセリウス達を救うべく、ルクレナがリーリアに付けてくれた護衛達が一晩かけて島へ戻ってきてくれた。
 ルクレナの部下達は、海辺の焼け野原に、トランス状態で火の魔法を放つセリウスと、そのすぐ足元で横たわるセリウスの結界に守られたリーリアを発見した。
 もちろん、夢の中では死んだことになったリーリアだが、実際は、リーリアの意識はないものの、五体満足に生きている。

「セリウス殿下、無事ですか!?」
「リーリア様は!?意識がないだけか!?」
「殿下!正気に戻ってください!!」

 彼らが必死でセリウスに正気に戻ってもらおうと、大声をかけたり、火を止めようと水魔法を仕掛けたりするも、トランス状態のセリウスは酷く危険であった。

「ジャマ、スルナ……。
 キサマラモ、ケサレタイカ?」
「ちょっと、セリウス殿下!?あっちぃー!!」
「やばい、やばいよ!本気で俺らを殺す気だ!!」
「ひぃー!王弟じゃない、あれは魔王だ!」

 止めようとしても、攻撃してくるセリウスに、ルクレナの部下達は大困惑した。

「ど、どうする?とりあえず、火を止めないと!」
「いや、まずリーリア様だけでも、こちらに!」
「殿下ー、リーリア様はご無事なんですかー!?」

 大声でいくら呼び掛けようと、セリウスはもちろん、セリウスの結界に守られたリーリアにも届かず、意識を失ったままであった。
 どうしようかと皆が頭を悩ませている時、部下の1人が提案してきた。

「ああ!そういえば!!
 俺、いいもの持ってますよ!」
「何だ!?何でもいい!使え!!」
「俺、今、『キャロルの店』の飴を持っています!」
「は?」
「だから、リーリア様の大好きなお菓子屋さんの飴です。それをきっかけに……」
「いや、無理だから。
 もうお前は消火にまわれ!」
「いや、試しましょう!!」

 その部下は「殿下~、『キャロルの店』の飴ですよ~」と声をかけて、「キャロルの店」の飴を1つ、セリウスに向かって投げてみた。
 飴は瞬時に燃やされたうえに、「ケサレタインダナ……」とそれ以上の攻撃をセリウスが仕掛けてきた。

「ひぃー!殿下、やっぱり俺らを殺す気だ!」
「お前が馬鹿な攻撃するからだろう!?」
「いや、そうだ!『キャロルの店』の飴は殿下じゃなくて、リーリア様にこそ、効果があったんだった」

 今度は、その飴をリーリアに向かって投げた。
 もちろん、リーリアのところに辿り着く前に、セリウスによって灰にされる。

「ちっ、殿下、燃やしたら駄目です!
 リーリア様~!今の殿下を止められるのは、もうあなただけだから、起きて~!!
 ほら~!!あなたの大好きな『キャロルの店』の飴ですよ~!
 起きてくれたら、『キャロルの店』の幻のフルーツゼリーもつけます!!」

 大声で「キャロルの店」を連呼した部下は、次々に飴を投げ、周囲はセリウスからの攻撃を避けながらも呆れていた。しかし、効果はあったのだった。

 キュ~、グルグル!

「キャロルの店」の連呼のおかげか、意識はないもののリーリアのお腹が鳴った。
 リーリアは潜在意識下でも「キャロルの店」と聞けば、別腹を作ろうと消化管が動くようである。

 グ~、キュル、グー

 しかも、結構、激しくリーリアのお腹が鳴り、一番、近くにいたセリウスの耳に届いた。

「……エ?イキテル?イキテルノ!?」

 セリウスの問いかけに、「ギュルン、グ~」と肯定のようにお腹の音で返事をするリーリア。

「……オナカ、ヘッタノ?」

 リーリアは、またもや「キュー」とお腹の音で肯定するようである。

「ボクガ、ゴハン、持ってくるよ……」

 セリウスは、トランス状態から、リーリアの空腹を何とかせねばという飼い主としての強い自意識と義務感のおかげで、正気を取り戻してきた。

「……ん、んん?
 あの子にご飯を……。
 あっつ!何これ、火か?
 僕は、一体……。
 おい、この状況は何だ?」

 セリウスは放っていた火を止めて、近くでセリウスに呼びかけていた部下に話しかけた。

「ああ!殿下!正気に戻られましたかー!?」
「殿下、リーリア様はご無事ですか!?」
「セリウス殿下~!よかった~!!」

 正気の戻ったセリウスに部下達は、泣きながらわかる範囲の事情を説明し、リーリアを守っていたセリウスの結界を解いてもらい、リーリアの容態を確認をした。
 お腹は空腹に抗議するようにグルグル鳴っていたリーリアであったが、とりあえず、無事なことは確認できた。
 セリウスは、火を今度は水魔法で鎮火し、今回の首謀者であるミース子爵夫人を捕らえるように指示を出した。
 幸い、護衛達の中に、水魔法を得意とするものが複数いたおかげで、ぎりぎり、島を全焼することなく食い止められた。
 島の焼け残ったところに、丁度、蝶石の採石場があり、無事であった。
 それは、セリウスが無意識にその採石場だけは外したおかげかも知れなかった。
 まほろば蝶達もその採石場に多くが逃げていたため、全滅しなかった。
 そして、ルクレナの部下達は、屋敷から使用人達と一緒に焼け出されて、呆然としているミース子爵夫人をすぐに捕えた。

「ミース子爵夫人、ランダード王国王弟セリウス殿下に危害を加えた罪として、捕縛する!」
「は?危害を加えられたのはこっちよ!
 そもそも、一体、誰が王弟ですって!?
 それより、あの放火犯の男はただじゃおかないんだからね!
 しかも、あんた達なんか、裏社会の下っ端でしょう!?
 貴族の私にこんなこと、やっていいと思っているの!?」
「……残念ながら、今回はあなたの方が圧倒的に不利だ。
 あなたがただの護衛だと思っていた男は、護衛に扮したこのランダード王国の王弟殿下セリウス・ランダードだったんだ」
「はあ~!?馬鹿も休み休み言いなさいよ!」
「あと、今回、王弟殿下の元婚約者リーリア・メナードが交渉役だったのだけどね。
 彼女もこの国の重要人物の1人だから、王弟殿下だけでなく彼女を拉致・監禁した罪もあるからな」
「は?あなた達、何を言っているの?」

 訳が分からないミース子爵夫人は、抵抗するも、すぐに押さえつけられ、あっさり捕縛された。
 捕まえたミース子爵夫人とその使用人達も拘束した上で船に乗せた。
 また、まだ意識の戻らないリーリアが心配のため、とりあえずサイラータの港に戻ろうと、セリウス達も船に乗り込んだ。
 こうして、やっと、採石場以外はほとんど焦土と化した蝶の島をでることになった。

 蝶の島を離れて1時間もしないうちに、ようやく、リーリアは意識を取り戻した。

「う、うー、あたまいたい……」
「よかった!意識がもどったね。
 リーリア、大丈夫!?」
「セリウス様?私、取引の後、どうしたのでしょう?」
「……ミース子爵夫人に僕と一緒に捕まっていたんだ。
 でも、部下達が来てくれて、救出されたんだ。
 お腹減ってるよね?『キャロルの店』のお菓子は飴ならあるよ?」
「……飴、いただきます。あの、でも……」
「ん?」
「取引の日から、どれくらい経っているのですか?
 あと、ミース子爵夫人はどうなったのでしょうか?」
「ああ。取引した日からはもうまる1日経っているらしいよ。
 その間の記憶が全くないんだけど、リーリアはある?」
「いえ、あの取引の日に、地下へ落とされてからの記憶がございません」
「そうか。僕と同じだね。
 救出にきた部下達に言われなきゃ、ついさっきまで、子爵夫人と取引してたと言いそうだよ。
 そうだ、その子爵夫人は、もちろん、捕縛したよ。
 彼女に詳しく聞くしかないな」
「ミース子爵夫人を捕まえられたのですか?」
「そうだよ、今回、僕にまで危害が及んだからね。
 王族、しかも王弟へ危害を加えた容疑だから、捕縛は当然だよ。
 それより、リーリア、痛い所や、身体に異常はない?」

 そう聞かれて、リーリアは、自分の体をペタペタと触り確認してみたが、腰の痛みと全身の倦怠感はあるものの、それ以上に、頭痛が気になり、他は大したことないと思われた。

「ちょっとまだ、頭痛がしますが、特に異常はなさそうです」
「そっか!良かった~」 
「セリウス様は大丈夫ですか?」
「うん。僕はちょっと魔力を使い過ぎた位で、大丈夫だよ」
「……そうですか、安心いたしました。
 それで、取引したはずの蝶石は無事にお持ちですか?」
「ああ、ここにあるよ。これで任務は完了だよ、リーリア。
 あ、お腹まだ減ってる?何か食べれそうなもの探してこようか?」
「……ありがとうございます。でも、港に着くまで飴だけで大丈夫ですよ、セリウス様」
「そう?じゃあ、サイラータの港に着いたら、美味しいラタコットが食べられるお店に行こうね!」
「はい、是非!」
「じゃあ、他の皆にリーリアの意識が戻ったことを知らせてくるね」
「あ、……はい、お願いいたします」
 
 リーリアが寝かされていた船室からセリウスが出て行くところを、じっと見つめるリーリア。
 実は今、セリウスがリーリアの側を離れると聞いて、思わず(あ、……行かないで)と言いそうになってしまったリーリアは、そんな気持ちになる自分に驚いた。
 リーリアは、目が覚めてから、空腹や頭痛以上にセリウスの姿を見るたびに、何かとんでもなく大切なものを失ったというはっきりしない損失感を抱えていた。
 しかし、それが何か全く思い出せなかった。
 あの島で、良い夢を見たという自覚はあるが、その夢は幻以上に淡すぎて、ぼんやりしていた。

(ど、どうしちゃったんだろう、私?
 セリウス様に対して、何だか……。
 いえ、でも……。
 今は身近にいるから、つい近しい存在のような気がしているけど、本当は違うわ。
 これ以上、セリウス様に甘えては駄目だわ!) 
  
 そう思い、セリウスに対して自分をまた律するリーリアであった。

 一方、セリウスの方は、あの島で、いい夢かと思ったら最後に悪夢を見せられたあげく、意識が戻った今でも、不快感だけが残っていたが、何があの島で実際にあったかをリーリアと同様に思い出せなかったことが、ひどくもどかしかった。

(くそ!まる1日も記憶がないなんて、リーリアと僕は、あの外道な女に一体、何をされたんだ!?
 しかも、意識がなくても、火の魔法で抵抗しようとするほどの事って、本当に何があったんだ?
 王宮に着いたら、すぐに締め上げて聞き出してやる!)

 ミース子爵夫人に激しく怒るセリウスであった。
 しかし、その後のセリウスの尋問に、ミース子爵夫人は頑として答えなかった。
 彼女は、セリウスが燃やし尽くしたおかげで、証拠がないことをいいことに、無罪を勝ち取ろうとした。
 かろうじて、ミース子爵夫人に協力していた使用人達から、多少の事情を聞けたものの、その詳細は推測するしかなかった 

 そして、その仕事のあった約10ヶ月後、リーリアから無事にレイモンが生まれることになった。
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