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1.やり直し、そして分岐(1)
しおりを挟む目を開けるとそこは地獄…ではなく、見慣れた部屋にいた。
体の痛みも全くなく、鏡で確認しても傷一つないリリアの姿が写っているだけだった。
「嘘…でしょ。」
時間を巻き戻す、と言っていたが時系列的に学園の寮にいる時点でお母様はもう死んでいる。
結局、僕はお母様を救うことはできなかった…。
不治の病に侵されたお母様が亡くなってあの義母娘がエルレルト家に来てから、お母様付きの使用人はすべて解雇された。
新しい使用人が雇用され、義母の言うままに僕を家の隅に追いやったのだ。
父もリリアに夢中になって僕のことはリリアの影武者として育てた。
もうその頃には誰も味方は家にいなくて…人生を諦めていて、唯一血のつながりがある父の言いなりになるしかないと思っていた。
よく考えなくても前の人生の不幸はあの人たちのせいだと思う。
まずは冷静になって、学園での出来事を振り返ろう。
入学前、僕は父に薬を飲まされた。
それはリリアと瓜二つになる薬、通称『似薬』で、学園ではリリアのふりをするように頼まれた。
一方でリリアはエリスと偽名を名乗り、姉リリアに虐められる可憐な少女を演じるのだ。
皇太子をはじめとしたエリスの取り巻きはリリアの嫌がらせに負けない姿を見て、彼女に魅了されていき、最終的に皆で協力して僕の悪事の証拠を掴み僕を……思い出したくもない。
あぁ、全部思い出した。
『貴方が元気に生きていることがお母様の幸せですよ。』
お母様と最後に会った時に遺した言葉。
僕は愚かだ、『連れて行ってほしい』なんて願い、お母様を悲しませるだけなのに。
エルレルト家を浄化するほどの力はなくとも、新しい居場所を見つけることはきっと僕にでもできる。
生きるんだ、何があっても。
それがお母様やチャンスをくれた自称魔女への恩返しなのだから。
僕は中のパニエを整え、早めに自室を出た。
いつもより静かな学園。
職員室の明かりはついている。
迷わず扉を開ける。
「おはようございます。」
たまたま出勤していた歴史の先生は突然の来訪者に驚いたようだ。
「エリスさん、おはよう。どうしたの?」
エリスは真面目で先生からも評価が高い。
一方で僕は自堕落で意地悪、という設定で演じているので当然周りからの評価は低い。
「リリアです…。今日は何日ですか?」
「あら、リリアさん?珍しいですね、貴方が早く来るなんて。今日は○○日ですよ、それがどうかしましたか?」
僕が学園に一番乗りで来るとは想定していなかっただろう…ん?○○日?つまり…リリアが断罪される日の2か月前ということ⁉
まずい、更生するにはあまりに時間がなさすぎる…。
僕は不審そうにこちらを見つめる先生を後にして教室に向かった。
当たり前のように教室には誰もいない。
先程も紹介したようにリリアは怠惰なため早起きできない設定になっている。
なりきるため普段は学園に行くまでの4時間くらいは外を見て虚無な時間を過ごしていた。
今思えば無駄な時間に感じるが、あの時の僕には自立して生きる気力なんて残っていなかった。
毎日、何かしらエリスにいたずらを仕掛け、その度に周囲から孤立する生活。
それでも僕には頼れる人もいなかったし、ひたすらに演じ続けることしかできなかった。
そうだ、2か月前ということはもうこの学園の人間からの好感度は底辺を舐めている。
ならば刑罰は免れまい…。
僕がすることはまず極刑を避ける方策、つまり何もしないことを徹底せねばならない。
加えて、1人で生きていけるように勉強に励まなくては。
やれるだけ頑張ってみるか!
目覚めてから学園では極力空気で暮らしている。
学園の人たちは基本的に僕を避けているのでありがたい。
だが逆に皇太子達は急に息を潜めた僕を警戒しているのをひしひしと感じている。
未来を知っているからだろうか、そういう勘が鋭くなった気がするし、運動能力も高くなった気がする。
彼らに尾行されていてもすぐに巻けるようになった。
気の持ちようかもしれない。
次の時間はB組(僕)とA組(エリス、その他諸々)の合同授業だからかなり緊張する。
普段は関わらない、または僕がエリスにちょっかいを出して取り巻きが騎士る的な展開が多かった。
A組の人達が教室に入ってくる。
エリスは今日も人気者だ。
彼女はこちらを見つけるなり魔獣のように目を血走らせて直進してくる。
「エリス様!近づくと危ないですわよ!」
「大丈夫!少しお姉様とお話があるの…。」
エリスは取り巻きの女子の静止を振り切って、澄んだ顔を作り僕の隣に座る。
幼いころからこの謎の圧が苦手だった。
手に汗がじんわり滲んでくる。
彼女は小声だがドスの効いた声で言う。
「あんた、今更何のつもり?」
「…さぁ。」
…なんとか飄々と?返事することに成功した。
エリスは舌打ちをして取り巻きのもとへと帰っていった。
何だか全員がこちらを見ている気がするが、またエリスが作り話をしたのだろう。
僕が動かないなら自分が動いて僕の罪を重くするつもりだな。
やはり母親譲りの妄言上手といったところか。
その日の学園生活は特記することなく終わり、寮に帰るとポストに手紙が入っていた。
家紋を見るとスーリアコフ公爵…リリアの婚約者がいる家だ。
今は留学しており過去一度しか会ったことがないが、結構横暴な人だった覚えがある。
明日の昼、14時と書いてあるが…授業を休めという嫌がらせの意味だろうか…。
それともこの人は留学先の常識をこちらの日常に当てはめてしまう天然残念系男子なのか…。
とりあえず届を出して行くしかない。
前の人生ではこんな出来事なかったからどう転ぶのか怖いけれど、この際、公爵家との繋がりも切っておいたほうが余生が楽になりそうだ。
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