月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第13章 社会見学実習

76 そして工場へ

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 そろそろ集合時間だからだろう。
 公設市場の中や、道路を挟んだ南側の通り──ヌローラ商業施設カルテノの方からも、基準4の服を着た生徒が集まってくる。
 その中にはニナやヒナリの姿もあった。
 ということは……。

「水着とか服、いいのあった?」

 近くまで来た2人に声をかける。

「水着は良さそうなのでも1,200Cカルクフ程度でした。上着や夏用の服も、そのくらいで十分選べます」

「あとは貯めるだけです。全く使わなければ、8週間で両方買えます」

 なるほど、ニナとヒナリは節約して貯める作戦らしい。
 それにしても8週間我慢か……
 私にはかなりきつい。
 いや、多分無理だ。

 私の今の奨学金おこづかいは600カルクフ
 だから半分の4週間で済む。
 さらにもうすぐ独自魔法作成Ⅲが終わるので、週に100Cカルクフ増える予定だ。

 8週間あれば、その間に独自魔法作成Ⅱまで仕上げて、ⅠとⅡあわせて週300Cカルクフの増額も可能だろう。
 なんて余計なことは、今は言わない。
 代わりに、無難だけれど私自身が気になっていたことを聞いてみる。

「デザインの傾向とか、無難なのはわかった?」

「お店に行けばすぐわかります。明らかに多い形や色があるので。それが無難で、今年の流行でしょう」

 なるほど。
 ニナの言うとおりなら、あまり心配しなくていいらしい。
 あとは……。

「あそこでああいう集会してるけど、お店の方は大丈夫だった?」

「全く問題ありませんでした。他にはそうした活動は見られません」

 少なくとも、あちら側では問題なし。
 なら、私は少し心配しすぎなのかもしれない。

『現場であるアイナエア地区を含む北岸ノルツア ポルツオでは、現時点で抗議による逮捕者が35名出ています。北島ノルツア インフト地区でも、単純労働者が多い北岸ノルツア ポルツオに近い場所は避けた方が賢明です。今回の実習で見学する工場も、そういった地区出身の労働者が多く働いています。見学そのものは安全を確保しているはずですが、コースを外れたり、終了後に現場付近へ戻ったりすれば、不測の事態に巻き込まれる恐れがあります』

 訂正、やはり注意は必要らしい。
 そう思ったところで、指導員2人が施設から歩いてくるのが見えた。
 公設市場の時計は、あと1分で10時を指すところだ。

『対象指定伝達魔法で連絡する。まもなく実習を開始する。この声が聞こえている第一班、今朝第一教室に集まった生徒は、広場東側へ集合してくれ』

 便利な魔法があるものだ。
 この対象指定伝達魔法や、対象指定のない伝達魔法も、名前を覚えただけで使えるのだろうか。

『対象指定伝達魔法は、名称を覚えただけでは使えません。広告や一方的な罵倒・非難など、望まれない使用を防ぐため規制されています。
 なお、ただの伝達魔法は使用可能です。これは、見えている範囲にいて顔見知りであり、こちらに不快感を持っていない対象にだけ伝えられる魔法です』

 なるほど。
 この伝達魔法を使えば、周囲に気づかれず会話できるのか。
 便利そうだ。

 いや、これって「伝達魔法を使えるんだぞ」と、わざと気づかせてるんじゃないか?
 ナラハ指導員ならともかく、エノフ指導員ならやりかねない。
 そんなことを考えながら、指示どおり東側へ集まる。

『さて、第一班40名については、伝達魔法での指示に従い集合を確認した。これより出発する。以降は解散まで、同じく対象指定伝達魔法で指示を出す。僕への連絡も、できるだけ声を使わない方法で行うこと。私語は禁止。それでは移動を開始する。僕が見える範囲でついてきてくれ』

 伝達魔法でそう伝えると、エノフ指導員は広場に寄ることなく、そのまま北側の橋へと歩いていく。
 整列や点呼をしないのは、魔法で把握できているからだろう。

 やはり魔法名をわざわざ口にしたのは意図的らしい。
 「声を使うな」というのも、伝達魔法を使えということだ。
 第2班の方は普通に教えられているのだろうか。

 さて、北島ノルツア インフトへ行くのは実は初めてだ。
 コリウ川の向こうへ行ったのは、ずっと上流の自然公園くらい。
 そして今回は町中で、しかも住民調査でごたついた状況。

 大丈夫だろうか。
 まあ、大丈夫だから実習をやっているのだろうけれど。

 近くにニナやカタリナがいるけれど、私語は禁止。
 伝達魔法なら会話できるかもしれないけれど、やめておいた方がいいだろう。
 ということで黙ったまま、私たちは歩いて行く。

 橋を渡ってすぐ左折し、2ブロック。100mほど歩いた突き当たりに門が見えた。
 周囲の建物と同じ煉瓦色の塀に、『アルブン商会』と記された青銅風の看板。
 エノフ指導員は門の手前5mほどで立ち止まり、こちらを振り返った。

『ここは以前、ポアノン開発当初からのタンハー工場だった。しかし競争激化と法令違反で廃業。その後買い取られ、10年前から菓子工場となった。安価なお菓子を量産し飲食店に卸すことで、ポアノン周辺のカヘイの利益率を引き上げ、いまや有数の大手商会となっている。経営者が元移民で、この活動に理解があるため、毎年工場見学をお願いしている。
 さて、入場許可の確認が取れたようだ。それでは見学を始める。なお、この先も私語は禁止だ』

 警備員が門を開ける。
 エノフ指導員は軽く会釈して中へ。
 私たちもその後に続く。
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