月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

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第14章 夏を迎える前に

78 実習が終わった後に

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 戻る途中にエノフ指導員から、更なる解説が伝達魔法で入った。

『この北島ノルツア インフトの西半分は、今のような工場が並んでいる。勤務の形態も概ね今見たものと同じような感じだ。これで昼食休憩を挟んで1日7時間、週あたり3日から5日ほど勤務するというのが、標準的な形となる。
 こういった誰でも出来る勤務は、概ね最低賃金と同額だ。1時間あたり100Cカルクフ、1日は7時間労働で700Cカルクフ。週3日勤務で1ヶ月、つまり5週間働くと10,500Cカルクフ北島ノルツア インフトの北側なら家賃も生活費もそう高くない。だから働き続けていれば、配偶者1人に子供2人程度までなら、贅沢は出来ないが、生活に困ることはない』

 以前似たような計算をしたなと、私は思い出す。
 アイナエア地区だったらもっと安い部屋があるから、もっとぎりぎりの生活が出来るなと。
 もちろん実際に自分がそうするつもりは無いけれど。

『ただ現実には、こういった勤務員の離職率は高い。1ヶ月続く者は概ね3割程度と言われている。今見た工場の単純勤務員は、結構きつい作業だ。肉体的にきつい訳ではない。自分で考える余地なく、ただただ決められた通り動くだけ。これを長期間続けるのが辛い。
 もちろんそういった勤務が合っている者もいるだろう。ただ離職率が高いということは、大部分はそういった勤務が合っていないということだ。
 それがわかっても、仕事に活かせる特技も経歴も資格もなければ、似たような仕事しか選べない。そうなってから騒いでももう遅い。せいぜい反主流派政党や安っぽい宗教の肥やしになるだけだ』

 公設市場の反対側でやっていた集会と、その参加者を念頭に置いての言葉だろう。
 エノフ指導員、なかなか厳しい。

『職業に貴賎は無い。しかし勤務内容や待遇の違いは厳然として存在する。誰でも出来て代わりがいるような職なら、給与やそれ以外の待遇を良くするインセンティブは働かない。
 しかし職業を選ぶには、それなりの資格なり実績なりが必要だ。そしてペルリアやヒラリア、ナルニーアレの場合、義務教育学校の全国統一卒業試験の成績も資格の一つとなる。
 長期課程(Ⅰ)で上位側の生徒なら、わかっている者がほとんどだろうとは思う。それでも一応ここで言っておく』

 これは以前調べて知っている。
 日本における就職の学歴格差や大学格差にあたるものが、卒業試験の成績による格差なのだろう。
 そう思った記憶もある。

 もちろんエノフ指導員の言葉が全て正しいとは限らない。
 公園で集会を開いている連中にも言い分があるのは確かだ。
 施設は各国政府を相手にしている以上、政府寄りの立場や考え方をしている可能性が高いし。

 それでも現状はきっと見た通りだろう。
 そして私は、この惑星上に資産なんて無い、移民という立場。

 だから集会側の立場に同情するなんて、自殺行為はしない。
 ああならないためにも、今はしっかり学習を進めよう。
 そう反面教師的に冷ややかに見るのが、きっと正解。

 コリウ川を渡る橋まで辿り着いた。
 もう此処を渡れば、公設市場だ。

『さて、1班の全員が橋を渡り始めたのを確認した。それでは橋を渡り終わった時点で、見学終了として解散する。16時までに施設に戻ってきた時点で、実習終了だ。僕からの指示は以上』

 魔法を使って生徒を把握出来るから、最後に集合なんてする必要はないのだろう。
 日本の学校教育の記憶がある私からみると、ずいぶんあっさりしたものだと思うけれど。

 さて、解散したらどうしよう。
 正しいのはまっすぐ帰って、学習を進めることだろう。

 しかしせっかく外出したのだから、少しは何かして帰りたい。
 それに今週は第1曜日に外出していないから、少しは買い物をしておこう。

 ただし水着や上着のお金を貯める必要があるから、無駄遣いは出来ない。
 となると最小限買うべき物は、まずは砂糖。
 次は小麦粉か卵か、バターか、牛乳か、いっそ精製脂肪フーエタか……
 そんなことを考えながら、公設市場の中へ……

 ◇◇◇

 今回は思い切り節約した。
 購入したのは砂糖30Cカルクフ、牛乳4Lで40Cカルクフ、卵10個で30Cカルクフの、合計100Cカルクフ
 これとまだ若干残っている在庫とで、何とか乗り切ろうという計算だ。

 残金は手持ちで100Cカルクフと、貯金として残している400Cカルクフ
 来週の奨学金こづかいとあわせれば1,100Cカルクフ
 再来週の第1曜日には、服か水着かを買える計算になる。

 さて、それならどんな服や水着が買えるか、偵察に行ってみよう。
 ニナ達の話によれば、確かヌローラ商業施設カルテノで扱っていた筈だ。
 あそこなら帰る途中のようなものだから、大した時間のロスにはならない。

 ということで、公設市場の南中央口から出て通りを渡り、白い壁が目立つヌローラ商業施設カルテノへ。
 週休2日とか3日の人がいるからか、平日の今日でもそこそこ賑わっている。

 今日は2階へ行く人が多そうだ。
 何屋さんで何を売っているのだろう。
 そう思ったところで、敷地の中央にある広場風の場所に看板が出ているのを発見した。
 角度的に見にくいが、偵察魔法を使えば問題ない。

『冬・春物最終セール実施中! 二階特設会場にて!』

 人が多いのはセールのせいのようだ。
 そして夏物は、まだ先の模様。
 そういえば4月からセールって行っていたよなと、今更思い出したりする。
 確か話では、看板の裏に……

 偵察魔法の視点を、看板の裏側へ。
 あったあった。

『次回予告! 夏物衣料&水着セール4月1日から! 今年のポアノン海水浴場開場イベントは5月14日! 一足先に夏を着こなそう!』

 冷静に考えれば、開場イベントはまだ2ヶ月以上先だ。
 だから今から下見をする必要は、全く無い。
 ましてや関係ない冬・春物セールなんて、今見る必要は無い。

 それはわかっているのだけれど、どれくらいの値段でどんな服が売っているのか、見てみたい気がする。
 もちろん最終セールと先取りセールでは、最終セールの方が安いだろう。

 だから値段の参考にはならない。
 それは私も、わかってはいるのだ。
 けれど、それでも……
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