月が出ない空の下で ~異世界移住準備施設・寮暮らし~

於田縫紀

文字の大きさ
101 / 125
第18章 あくまで勉強のため

101 来週の約束

しおりを挟む
 始まってからは、終わるまでほぼ一気に見てしまった。
 前座は魔法が苦手な男が、上司の理不尽な命令を筋力でこなしていくが、最後に怒りが爆発して思い切りぶん殴るという内容。

 これだけだと、単なる胸くそ悪い話に聞こえてしまう。
 しかし途中魔法を使わないで筋力で解決するシーンとか、解決されて悔しそうな上司の様子とか、なかなか面白い。
 更に会話や動きがやたらテンポ良く、かつ筋肉男側の動きがなかなかスタイリッシュというか何というか……
 最後にぶん殴られた上司が、観客席上を吹っ飛んでいくという臨場感もなかなか。

 使用している言葉は、私でもほぼ翻訳なしでわかる程度。
 そして笑いたい時は、声を出して笑ってもいい様だ。
 もうこの段階だけでも、十分以上に楽しい。

 そして本編は、南部へ向かう船が突如恐竜に襲われるという内容。
 これは演劇というよりも、体感型アトラクションに近い内容で、音響や幻影の魔法で客席背後から恐竜が襲ってきたりする。

 右前の指名席エレクトファあたりは3人くらい、大型恐竜に食べられた様だ。
 幻影とともに持ち上げられて舞台中央に運ばれ、噛みつかれた音とともに全体が暗くなり、次に明るくなった際には舞台上に血が広がっているという形で。
 更に客席後方から小型恐竜が出現し、舞台へと襲ってきたりなんてのも。

 そういうよく言えばインタラクティブ要素、悪く言えばこけおどし要素だけでなく、ストーリーもそれなりにしっかり描かれている。
 船の後方に肉食恐竜をおびき寄せる餌などが仕掛けられていて、誰がこの餌を使用して事態を招いたのか推理する、なんて要素も。
 
 最後に救助船が到着し、犯人が連れて行かれるところまで、何というか休みなく見続ける感じだった。
 というか終わって、猛烈に拍手しつつ、呼吸が足りなかった気がして深呼吸しまくったほどだ。

 うん、これは面白い。
 劇とか舞台というよりは、体験型の何かという感じではあるけれど。
 これで2,000円ならば、日本にいた時代なら確実に毎月通っていた気がする。
 毎日や毎週出ないのは、小遣いの制限があるから。

『どうだった?』

 アキトからそんな伝達魔法が来た。

『面白かったし、何か凄かった。これなら確かに、また見に来たくなるよね。前もこんな感じだったの?』
 
『前はもう少し演劇らしくて大人しかったかな。『殺人狂の詩』って題で、閉じ込められて1人ずつ殺されていく中、犯人を推理する話だったけれど』

 それもなかなか面白そうだ。

『それじゃそろそろ外に出ようか。出口が混雑する前に出た方が楽だ』

 見ると客のかなりの部分は、後ろの出口ではなく前の舞台方向へと向かっている。 

『わかった』

 そう言いつつ、何が起きているかを知識魔法で確認。

『お気に入りの俳優にサインをもらったり、握手して感想を言ったりするための列です。専用のサイン帳があり、幾つか集まったら景品がもらえるなどの特典があったりします』

 なるほど、お得意様サービス的なものか。
 確かに面白かったけれど、そういうサービスは私にはまだ早い気がする。
 だからアキトの後をついて、ホールから外へ。
 カウンターにもそこそこ人が並んでいた。

『パンフレットとかグッズとかを売っているけれど、買う?』

『今日はまだいいかな。面白かったけれど、そこまで余裕は無いし』

 そう返答したところで、知識魔法が私の疑問を拾って返答を寄越す。

『グッズやパンフレットの販売は公演終了後となります。それまでは開始前はドリンクや軽食のみ販売しています。ペルリアの小型の飲食兼観劇場は、こういった形態が一般的です』

 なるほど。

『買物やファンサービスは公演後しか出来ないから、必要無いなら早めに出た方が楽ってことなんだね』

『そういうこと』

 外は思い切り明るい。
 今までとまるで別世界だと感じたところで思い直す。
 こっちが本来の世界で、劇場内が別世界なのだろうけれど。

「さて、今回は演出が派手だったけれどさ、大体こんな感じ。僕もなかなか面白かったと思う。毎回こうやって面白いのに当たるかはわからないし、200Cカルクフかかるけれどさ。もし良かったら、2週間に1回くらいでも、情報交換を兼ねて一緒に見に行かない?」
 
 おっと、アキトからお誘いを受けてしまった。
 がっついている様に見せないよう、一度断るという選択肢はないでもない。

 しかしそうやって失敗するよりは、むしろ積極策で行くべきだろう。
 頭の中で、次に言おうとしている言葉の校正と、言った後のシミュレーションを実施。

 大丈夫、多分問題ない。
 という事で、可愛げない系女子の私に似合わない、肉食系な選択肢をとらせてもらう。

「アキトは来週も見に来るつもり」

「一応。まだ何を見るか決めてないけれど」

 よしよし、なら想定その1通りの台詞でいいだろう。

「なら邪魔じゃなければ、一緒に行っていい? こういう場所だから、1人くらい知り合いがいた方が安心だし」

 どうだろう。
 ちょっとがっつき過ぎただろうか。
 私に似合わないお誘いだっただろうか。
 アキトが2週間に1回と言ってくれたのだから、素直にそちらに乗っていればよかっただろうか。

 何せこういう発言というか誘い方、本来の私の辞書には載っていないのだ。
 だから態度にこそ出さないけれど、ひやひやものだったりする訳で……

「ならそこの公演で、次に何を見ようか考えようか。来週分ならもう情報紙に載っているし」

 よし、OKだ。
 私は表面上は出さないけれど、心の中でガッツポーズ。

「だね。施設だと相談するちょうどいい場所がないし」

 いつもの調子を意識して返答しつつ、アキトと先程の公演へと向かう。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

力は弱くて魔法も使えないけど強化なら出来る。~俺を散々こき使ってきたパーティの人間に復讐しながら美少女ハーレムを作って魔王をぶっ倒します

枯井戸
ファンタジー
 ──大勇者時代。  誰も彼もが勇者になり、打倒魔王を掲げ、一攫千金を夢見る時代。  そんな時代に、〝真の勇者の息子〟として生を授かった男がいた。  名はユウト。  人々は勇者の血筋に生まれたユウトに、類稀な魔力の才をもって生まれたユウトに、救世を誓願した。ユウトもまた、これを果たさんと、自身も勇者になる事を信じてやまなかった。  そんなある日、ユウトの元へ、ひとりの中性的な顔立ちで、笑顔が爽やかな好青年が訪ねてきた。 「俺のパーティに入って、世界を救う勇者になってくれないか?」  そう言った男の名は〝ユウキ〟  この大勇者時代にすい星のごとく現れた、〝その剣技に比肩する者なし〟と称されるほどの凄腕の冒険者である。 「そんな男を味方につけられるなんて、なんて心強いんだ」と、ユウトはこれを快諾。  しかし、いままで大した戦闘経験を積んでこなかったユウトはどう戦ってよいかわからず、ユウキに助言を求めた。 「戦い方? ……そうだな。なら、エンチャンターになってくれ。よし、それがいい。ユウトおまえはエンチャンターになるべきだ」  ユウトは、多少はその意見に疑問を抱きつつも、ユウキに勧められるがまま、ただひたすらに付与魔法(エンチャント)を勉強し、やがて勇者の血筋だという事も幸いして、史上最強のエンチャンターと呼ばれるまでに成長した。  ところが、そればかりに注力した結果、他がおろそかになってしまい、ユウトは『剣もダメ』『付与魔法以外の魔法もダメ』『体力もない』という三重苦を背負ってしまった。それでもエンチャンターを続けたのは、ユウキの「勇者になってくれ」という言葉が心の奥底にあったから。  ──だが、これこそがユウキの〝真の〟狙いだったのだ。    この物語は主人公であるユウトが、持ち前の要領の良さと、唯一の武器である付与魔法を駆使して、愉快な仲間たちを強化しながら成り上がる、サクセスストーリーである。

【完結】能力が無くても聖女ですか?

天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。 十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に… 無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。 周囲は国王の命令だと我慢する日々。 だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に… 行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる… 「おぉー聖女様ぁ」 眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた… タイトル変更しました 召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です

【完結】すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ

一終一(にのまえしゅういち)
ファンタジー
俺こと“有塚しろ”が転移した先は巨大モンスターのうろつく異世界だった。それだけならエサになって終わりだったが、なぜか身に付けていた魔法“ワンオペ”によりポンコツ鎧兵を何体も召喚して命からがら生き延びていた。 百体まで増えた鎧兵を使って騎士団を結成し、モンスター狩りが安定してきた頃、大樹の上に人間の住むマルクト王国を発見する。女王に入国を許されたのだが何を血迷ったか“聖騎士団”の称号を与えられて、いきなり国の重職に就くことになってしまった。 平和に暮らしたい俺は騎士団が実は自分一人だということを隠し、国民の信頼を得るため一人百役で鎧兵を演じていく。 そして事あるごとに俺は心の中で呟くんだ。 『すまない民よ。その聖騎士団、実は全員俺なんだ』ってね。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

【完結】平民聖女の愛と夢

ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

転生魔法伝記〜魔法を極めたいと思いますが、それを邪魔する者は排除しておきます〜

凛 伊緒
ファンタジー
不運な事故により、23歳で亡くなってしまった会社員の八笠 美明。 目覚めると見知らぬ人達が美明を取り囲んでいて… (まさか……転生…?!) 魔法や剣が存在する異世界へと転生してしまっていた美明。 魔法が使える事にわくわくしながらも、王女としての義務もあり── 王女として生まれ変わった美明―リアラ・フィールアが、前世の知識を活かして活躍する『転生ファンタジー』──

処理中です...