ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス

於田縫紀

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3巻

3-2

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「首から下をめるとかの措置そちでいい?」
「それが一番いいと思う。そうやって捕まえておいて、明日の朝一番で街へ行って訴えれば」
「今回の襲撃は十二人。別に見張りが二人」

 私はゴーレム車を今まで通り走らせながら偵察ていさつ魔法を使って、リディナに気づいたことを報告する。

「そこそこ大きな集団ね。魔法使いはいる?」

 ざっとステータスを確認。

「使える魔法を持っている人はいない。ただ弓使いが二人。無力化するまで外に出るのは危険」
「フミノに任せて大丈夫?」
「問題ない」

 出てきた時点で全員めるだけだ。土の在庫は山ほどある。とにかく一度めて、後で呼吸ができる程度に空気穴を通してやればいい。ただガチガチに固めると、呼吸ができないかもしれない。身動きができなくなる程度に、ふんわりめることを心がけておこう。
 私たちでとどめを刺す必要はない。どう措置そちするかは衛士たちに任せておけばいいのだから。

「なんならあえて一人くらい逃がした方がいいかもね。ここに出てきているのが盗賊団全員とは限らないから。逃げ帰るところをフミノの偵察ていさつ魔法で追ってもらえば、本拠地がわかるよね」

 確かにそうだ。なら、ちょうどいいのが二人いる。

「逃がすのは見張り二人。離れているから気づかなかったことにする」
「確かにそれでいいよね。ところでフミノの偵察ていさつ魔法、今はどれくらいまで後を追える?」
「今なら二離四キロメートル程度」
「なんかどんどん距離が伸びていない?」

 その通りだ。起きている間だけでなく、寝ている間まで偵察ていさつ魔法は発動させっぱなしだから。空属性のレベルは上がっているし、偵察ていさつ魔法の熟練度も上がっているし、使える魔法そのものも増えている。
 ただしいまだに攻撃魔法は使えない。悲しい。空属性には、空即斬くうそくざんという攻撃魔法があるのだけれど、なぜか私には使えないのだ。レベルは足りているはずなのに。でもまあ、それはそれとして。

「なら、よほどのことがない限り大丈夫だよね。それにフミノは速く移動する魔法も使えるし」

 その通りだ。縮地しゅくちで追いかければ、相手が馬だろうと問題ない。私はうなずく。

「じゃあ、後は敵が近づいてくるのを待つだけね」
「なんならバーボン、もっとゆっくり歩かせる?」

 この提案は、盗賊たちが狙いやすいようにと考えてのことだ。しかしリディナは首を横に振る。

「今のままで十分だと思うよ。歩きより遅いくらいだし」

 確かに。ああ早くバーボン君を改良したい。案は既にできている。ただ改良に必要なまとまった時間がとれていないのだ。
 そんな話をしている間にも、盗賊団は動いている。まずは見張りから一人が動いて、この道の先にいる集団の方へ。

「この先の切通しで襲撃してくるようね」

 リディナの監視魔法でも見えたのだろう。私はうなずく。

「おそらく」

 リディナが言った切通しはこの先三百腕六百メートルのところだ。やや高い枝尾根を高さ一腕半三メートル、長さ二十腕四十メートル程度けずって、道を通している。そして盗賊団のメインは、右側の切通しの上で待機中。おそらく私たちが切通しの真ん中まで行ったら、降りてきて襲撃するつもりなのだろう。
 この地形なら、ちょうどいい。土を上からかぶせるだけでも、逃げ場なくまる。上に残った連中は、穴を作ってめるいつもの方法を使えばいいだろう。
 終わったらバーボン君とゴーレム車を収納。私とリディナは土魔法で足場を作って脱出。残した見張りを追って本拠地を襲撃。全部終わったら街へ行って、衛視庁と審判庁に報告して一件落着。
 よし、これでイメージはつかめた。あとはこの通り、盗賊が襲ってくればOKだ。私はバーボン君を操縦しながら、いつでもアイテムボックスを使えるように心の準備をする。
 この距離まで来れば、盗賊一人ひとりのステータスを見るのも容易たやすい。念のため、犯罪者以外がまぎれていないか確認。うん、どいつもこいつも酷い称号がついている。
 もちろん彼らが今のようになったのは、彼らのせいだけではないだろう。生育環境などの影響があるのも間違いない。しかしここで許したくないくらいには、罪を重ねている。
 私は正義の味方ではない。他人を断罪できるほど偉くもなければ、すぐれてもいない。
 だからこれからの行動も、正義のためではない。そうしたいと思う私のためだ。傲慢ごうまんだと言われようが構わない。人間なんてそんなもの。話せばわかりあえるなんて、信じないし信じられない。
 それでもここで止めなければ、彼らはさらに迷惑を振りまくだろう。すべてがうまく行く解決法などない。
 ただリディナとは、わかりあえると幻想を持っていたい。そうは思うけれども。
 ゴーレム車は、ゆっくり切通しにさしかかる。やや遠くにいる見張り二人以外は、切通しの手前側二カ所に集まった。前後に分かれて、ゴーレム車の進路をふさぐようだ。二人が弓をつがえ、こっちに向ける。あれがられたら、向こうが攻撃を開始したと捉えていいだろう。られた瞬間に矢を収納できるよう、意識する。
 操縦しながら態勢をとるのがそろそろつらくなってきた。バーボン君を停める。
 敵が右側、切通しの上からこっちを見下ろしている。一人が右手を上げ、そして振り下ろした。見張り役以外が一斉に動き出す。射手二人の矢が放たれた。私はそれと同時にその矢を収納し、さらに射手二人の足下の土も収納する。

「うごっ!」

 いきなり足場を失った射手が、斜面をすべちる。敵数人が、はっとした表情で射手の方を見た。しかし遅い。みんな飛び降りるなりすべりるなり、アクションを起こしてしまった後だ。
 最初の数人が着地した瞬間を狙って、土を上から大量放出。見張り役以外の全員がまった。一名が顔まで土にまったので、呼吸できる程度に土をのぞく。
 余分な土を街道上から排除し、残した土を通行の邪魔にならないよう、突き固め魔法で固める。これで道幅二腕四メートルのうち、一腕二メートル強が通れるようになった。盗賊を回収するまでの間も、人や馬車が通行可能だ。もちろん私たちのゴーレム車も、収納せずそのまま通れる。
 盗賊どもはなんやかんや、文句を言ったりすごんだりしているようだ。私たちはゴーレム車の中にいて見えないはずだけれども。やつらの言い分を聞く気はない。聞く義理もない。私たちを襲ってきた、ステータスに盗賊とついている連中。判断材料はそれだけで充分だ。
 私はアイテムボックスから適当な大きさの板と筆、インクを出した。

「リディナ、看板を頼む。人が通ったとき、こいつらを助け出さないように。私は見張り役の追跡を続ける」
「わかった」

 見張り役二人は、仲間がまったのを見た後、少し迷った様子を見せた。どうするかな、助けに来るかな。そう思ったのだが、あっさりあきらめた。私たちとは反対方向の獣道を駆け出す。
 よしよし、なら予定通り盗賊団の本拠地まで案内してもらおう。私は偵察ていさつ魔法で後を追う。
 やつらは獣道を迷わず走っていく。この道に慣れているようだ。よく見ると踏み固めたり枝を切ったり、ある程度整備した痕跡こんせきもある。やつらが襲撃に使うために、整備しているのだろう。ならば、この辺に根を張ってかなり悪さをしている可能性が高い。
 半離一キロメートルくらい走った後、二人は道に出た。いや廃道というべきだろうか。焼土舗装ほそうはところどころひび割れ、上を草が覆っている。一昨年の津波で使われなくなった道に違いない。彼らは廃道を右へ。この調子では少しばかり遠くまで行きそうだ。私の偵察ていさつ魔法の範囲外に出る可能性もある。

「思ったより遠い。追いかける。ここは任せていい?」
「大丈夫。気をつけてね、フミノ」

 私はゴーレム車を出る。早速盗賊たちが私を見つけて、なんとかしようとおどしてきた。動けない状態とわかっていても怖い。だからさっさと縮地でこの場から移動する。
 数秒で先行した二人との距離が縮まる。あまり近づきすぎて気づかれるとまずい。彼らから三百腕六百メートル離れた街道上で停止。ゆっくり歩きながら、偵察ていさつ魔法で様子をうかがう。
 二人が走っている廃道は、この先三百腕六百メートルでこの街道と交差する。廃道はその後、海側に出て小さな村らしき場所へ。
 しかし村の雰囲気ふんいきがおかしい。なんだろうと思って視点を近づけて理解した。廃村だ。家々の半分が崩壊し、残り半分もちかけで、畑や道だったらしい場所も雑草が蔓延はびこっている。
 おそらくこの村は、一昨年の津波で廃村となったのだろう。ここに盗賊団のアジトがあるのか。偵察ていさつ魔法の視点を元に戻し、盗賊二人を追う。
 二人は予想通り廃村へと入った。そして奥、海側にほど近い高台にある、大きな屋敷へ向かう。この屋敷だけは、完全に原形が残っている。高台にあるため、津波の被害をまぬがれたのだろう。明らかに今も使われている気配がある。
 ここがおそらく盗賊団の本拠だ。それにしても、元はなんの屋敷だったのだろうか。この程度の村の領主にしては、規模が大きく豪華ごうかすぎる。なら、大商人か子爵以上の貴族の別邸だったとか。
 屋敷を囲むへいはそこそこ高く、門も頑丈がんじょうそう。そして入口の門には二人ほど門番がいる。門の裏に隠れて正面から見えないようにしているあたりが、いかにも怪しい。
 私が追っていた二人は、門番と二言三言話すと、そのまま屋敷の中へ。
 屋敷の周りをさっと確認する。外で警戒しているのは、門番の二人だけだ。ステータスを確認する。二人とも盗賊。称号に殺人犯、誘拐犯、窃盗犯せっとうはん、暴行犯など、まともではない単語が並んでいる。
 次は中の確認だ。二人を追って視点を屋敷内へ。入ってすぐの場所は広い玄関ホール。やはり元は大金持ちか貴族の別邸だ。造りからそう感じる。
 二人は階段をのぼって二階へ行った。分厚い扉をノック。音は聞こえないけれど、おそらく入れとでも言われたのだろう。扉を開けて中に入る。
 太めであぶらギッシュな中年の男が、豪華ごうかそうな椅子いすに座っていた。ステータスを確認すると、こいつが盗賊団のボスで、しかも魔法使いとある。火属性がレベル6で、大熱波や爆発などの攻撃魔法も持っている。正面から戦ったら、今の私やリディナでは勝ち目がない。
 さらにボスのステータスを見ていくと、元エルドヴァ侯爵家三男(廃嫡)なんてついている。素行不良で実家から捨てられたのだろう。さらにプラスして、ペドフィリアでサディストとも出た。最低だ。
 おっと、報告をしていた見張り二人の頭が、突如燃え上がった。魔法だ。どうやら逃げてきたという報告が、ボスのお気に召さなかったらしい。死んだか。一瞬そう思ったが、燃え上がったのは一瞬だけ。被害があったのも髪の毛のみ。二人とも生きている。単なるおどしのようだ。
 敗北を正しく報告した見張りをおどしても仕方ない。少なくとも私はそう思う。きっとこのボスは、そういった理性的な判断ができないやからなのだろう。
 見張り二人はペコペコ頭を下げ、逃げるように部屋を出た。
 さて、他に盗賊はどれくらいいるだろう。少し視点を引き、屋敷全体を視界に入れる。ボスと見張り二人、門番二人を含めて、反応は十四人。一人、少し違う反応があった。なんというか弱々しいのだ。気になったので視点を動かす。場所は地下だな。視点を近づける。
 うっ、これは。思わず目をつむってしまった。しかし偵察ていさつ魔法では意味はない。ここではない世界――当時の私自身の恐怖がよみがえる。震えがとまらない。
 明かりとりの窓が天井近くにあるだけの、石造りの部屋だ。他にあるのはベッドと鎖の固定具。用途を考えたくないような金棒かなぼうむち、それもトゲが大量についたやつ。
 鉄製のないベッドの上に、半裸状態の女の子が一人、倒れるように横になっている。服は破れて身体にひっかかっている状態。はだけた部分から瘡蓋かさぶたが見える。きずの数倍酷いやつだ。
 服の汚れはよく見ると乾いた血だった。そして女の子の表情。眠ってはいない。うつろな目は開いているが何も見ていない感じ。無表情。
 何が行われたのか、私は想像してしまった。立っていられない。しゃがみ込んでしまう。き気がする。動悸どうきも酷い。身体がふらつく。視界が色を失う。ブラックアウトしかける。そのくせ、あの男が近くにいるような錯覚さっかくに襲われる。違う、なんで……
 落ち着け私。襲われているのは私じゃない。襲われたのは今じゃない。私はあのときの私じゃない。
 落ち着け私。せめて動いてスキルを使えるくらいには。そうしないとあの子を助けられない。だからまずは呼吸だけに集中。意識的にゆっくりいて、吸って、いて、吸って……
 大丈夫。今の私は大丈夫。あの屋敷は、私のアイテムボックススキルの圏内。だから大丈夫。
 駆けつけたい、すぐに何かしたいという気持ちをこらえ、私は屋敷内の他の気配を確認する。他に犠牲ぎせいしゃはいないか、そして倒していいやつばかりかどうかを。
 意識的にゆっくり呼吸しながら、他の連中のステータスを確認する。他は盗賊だ。それも昨日今日なったばかりというやつじゃない。ってよし。もちろん殺しまではしないけれど。
 よし、あの子の救出に向かおう。
 一瞬だけ、リディナのところへ報告に戻るという考えが浮かんだ。本当ならそれが正しい。でも無理だ。あの子をあのままにしておけない。私にはできない。
 どう倒そうか。考えても選択肢はそれほどない。私は攻撃魔法を持たないし武器もない。攻撃に使えるのは、アイテムボックスのスキルだけ。土を出してめるか、穴を作ってめるか。
 なら念のため、土を補充しておこう。ちょうど歩いている途中にがけが見えた。木の生えていない部分を狙って、がけけずらせていただく。土中の生物分の魔力が減ったけれど、大したことはない。
 足が走りたくてうずうずしている。早くやつらを倒してあの子を救いたいと思っている。嫌なのだ。自分だろうと他人だろうと襲われるのは、暴行されるのは。信条ではなく生理的に。
 しかもあの子、怪我けがをしている。今の状態程度なら私の魔法でなんとかなる。でも、きっと被害はそれだけではない。だからこそ早く救わないと。
 あせるな私。失敗するわけにはいかない。準備は大丈夫か。方法は問題ないか。武器である土の補充は充分だ。敵はボス以外、基本的に土を出して動けなくするだけ。
 ボスだけは魔法が使えないよう、閉じ込める必要がある。土で部屋を囲んで閉じ込める程度では駄目だめだ。レベルの高い火属性魔法は、土ですら融解させてしまう。
 穴だ。深い穴に落とせばいい。やつが使える魔法をもう一度確認する。属性そのものは各属性1以上の適性があるが、使える魔法は火属性のみ。なら穴に落としてしまえば、脱出はできないだろう。熱で横穴を掘るなんてやったら、高温で自分が御陀仏おだぶつだ。
 やつは空属性の魔法を持っていない。見えない場所から仕留めれば抵抗できない。問題ない。
 方針が決まった。私はアイテムボックススキルを発動させ、まずは門番二人を首までめる。
 次は建物の壁の一部を収納した。これは、内部まで魔法やスキルが通るようにするためだ。さらに中にいる盗賊どもを、手あたり次第にめて動けなくする。呼吸以外できないように。
 四人めたところで、人の動きが変わった。気づかれたようだ。かまわない。私のスキルを防ぐ方法などない。私は、彼らを逃がさないように注意しながら、土を出していけばいい。
 これは戦闘ではない。作業だ。興奮しているのか冷静なのか、自分でもわからない。しかし着実に盗賊は行動不能になっていく。
 ついにボスが部屋を出て走りはじめた。逃げだそうとでもしているのだろうか。とりあえず土を大量に出して足止めしておこう。やつが動けない間に、残りの盗賊を行動不能にする。
 爆発が起きた。ボスの魔法だ。爆発で自分の周囲の土をどけた。さすがレベル6の魔法使い。しかしそれくらいは予想の範囲内だ。さあ逃げろ。そう思いつつ、私はやつの動きを偵察ていさつ魔法で注視する。
 やつは玄関が部下を封じた土で通れないのを確認すると、ホールの壁を熱魔法で壊して穴をあけ、外へ出る。手入れされていない庭に出て、村の方へと走る。足は遅い。太すぎる体形に見合った速度だ。
 よし、やつの下周辺二腕四メートルの土を、深さも二腕四メートル収納。底まで落ちたのを確認して、さらに一腕二メートルほど収納。これで深さ三腕六メートルの穴だ。そう簡単に逃げられまい。そう思ったとき、予想外の事態が発生した。
 穴の途中から水が出はじめた。まずい。これでは水を使って脱出される恐れがある。対策を考えつつも、縮地で近くへ移動する。
 案ずるまでもなかった。やつが自分の魔法で土を焼いて水を止めた。どうやら、水が出るのがお気に召さなかったようだ。ひょっとしてカナヅチなのだろうか。浮きやすそうな体形なのに。
 いずれにせよ、これでOKかな。しかし穴の端が爆発した。ふちけずれる。爆発で穴を広げて脱出するつもりのようだ。すぐに思いつく対策は、もっと穴を深くすること。ボスの下の土をさらに収納する。より深く、周囲をけずっても、脱出前にめになるくらいまで。
 二腕四メートルずつ三回、計六腕十二メートルほど下まで落とした。爆発がやむ。脱出不能と悟ったのだろう。その代わり穴の周囲、土が落ちない範囲で爆発が発生した。見えないからと、とにかく周囲を攻撃しているようだ。周囲の樹木、へい、そして家の一部までが爆発で壊れて崩れる。
 大丈夫。私は爆発や魔法は怖くない。人よりは怖くない。しかしこれではうるさいし移動の邪魔だ。ここは静かにしてもらおう。
 私の場合、途中が密閉されていると、その先へ魔法を行使できない。おそらくやつも同じだろう。だからやつの上に蓋をしてしまえばいい。
 もったいないけれど、アコチェーノで仕入れた間伐材かんばつざいの丸太を二十本並べて穴の上に出し、即座にその上に土を大量に出す。木材と土で蓋をした形だ。無理に壊すとめになる。これでどうだ。
 静かになった。私の意図を察したようだ。
 それでは行こう。彼女を助けに。元門番がまった土のかたまりの横を通り、へいの中へ。さらに、収納して壁がなくなった部分を通って屋敷の中へ。地下への階段を下りる。
 さてどうしよう。彼女も知らない人に近づかれると怖いだろう。盗賊でないともわからないだろうし。『人=怖い』という状態になっている可能性もある。
 考えてもいい案が思い浮かばない。正攻法で行こう。私は階段を下りたところで呼びかける。

「私は通りすがりの冒険者。盗賊は全員行動不能にした。これからそちらへ行くけれど、怖がらないで。危害を与えるつもりはない」

 返答はない。でも聞こえている。視線が少しだけ動いた。表情は無表情のままだけれど。
 あえて足音をさせて歩く。扉を開けようとするが開かない。鍵がしまっている。

「鍵を壊して入る。心配しないで。助けに来ただけ」

 そう宣言してから、熱魔法で鍵を壊して扉を開く。
 彼女は無表情のまま、視線だけをこっちに向けた。直接目で見ると思ったより小さくて幼い。十歳前後か、もうちょっとだけ上か。

「お姉さんは?」

 急に聞かれた。思わず後ずさりしそうになる。耐えろ私、怖がるべきなのは私ではなく、彼女の方だ。そう自分に言い聞かせる。

「通りすがりの冒険者。途中でこの盗賊団に襲われた。だから返り討ちにした。盗賊は全員動けなくした。安心して」

 大丈夫、怖くない。私も彼女も。自分に言い聞かせながら、ゆっくり近づく。
 彼女は私を怖がらない。私が女子だからだろうか。とりあえずは、拘束こうそくを外そう。

「鎖を壊す。少しだけ熱を感じるかもしれない。動かないで」

 足枷あしかせかぎ部分だけ一気に高熱をかけて外す。大丈夫、熱くはなかったはず。外すために足枷あしかせを手で持っている私も大丈夫だったから。

「傷を治療ちりょうする。少し待って」

 どの傷も深くはない。死なない程度にいじめるという目的で傷つけたからだろう。がする。
 でも大丈夫、この程度なら私の水属性レベル2の治療ちりょう魔法で、完全治癒ちゆ可能だ。傷が全て消えるようにイメージして、念入りに治療ちりょう魔法をかける。よし、傷は全部消えた。
 あとは服。手持ちは私の服しかない。でもサイズ調整ができる服だから大丈夫だろう。

「大丈夫? 身体は動く?」

 女の子は右手を動かし、傷のなくなった皮膚ひふを不思議そうな目でながめた。

「お姉さんは魔法使いなんですか」

 妙に冷静だ。表情も声色こわいろもそう感じる。

「一応」
「なら貴族様なんですか」
「違う」
「でも貴族様でないと魔法は使えない。そう聞きました」

 おそらくあのボスがそう言って、威張いばっていたのだろう。

「それは古い知識。誰にでも適性はあるし、勉強すれば魔法を使える。冒険者ギルドが発表した」
「そうなんですか」

 おかしい。冷静すぎる。しかし今はその方がありがたい。だから話を進めよう。

「あの男や盗賊は、どうなりましたか」
「部下は土にめて呼吸だけできるようにした。ボスは穴に閉じ込めている」
「お姉さん、強いんですね」
「強くはない。ある程度魔法を使えるだけ」

 厳密には魔法ではなくスキルなのだけれども、そこは割愛かつあい。説明が面倒だし、この子にどこまで話していいかわからないから。

「とりあえず着替えて。サイズがあわないかもしれないけれど」
「ありがとうございます」

 違和感はある。しかしとりあえず着替えさせて、それからリディナのところへ戻らないと。
 またリディナに怒られるかなと思う。この子を連れて帰ることではない。独断で動いて報告しないまま、かなり時間がかかってしまったことに。仕方ない。私としては見過ごせなかったのだ。
 そういえばこの子の名前を聞いていなかった。今さらながら気づく。ステータスを見たから、名前はわかっている。でも初対面だから、聞いておく方が正しいだろう。
 とりあえず私から名乗ろう。必死に文例を考えて、忘れないうちに口に出す。

「私はフミノ。ここから遠い東の国の出身で、今は二人パーティで冒険者をしている」

 こんな感じでいいのだろうか。自信ない。私から能動的に話すなんてことは滅多めったにないから。その辺リディナに頼りきりだなと少し反省。反省しても対人恐怖症は治らないのだけれども。

「私はセレスと言います。ところでここには、盗賊と私以外に捕えられている人はいなかったでしょうか?」

 この質問にはどう答えればいいだろう。ちょっと考える。もし彼女と一緒に捕らえられた人がいたとしたら、『今は他にいない=全滅した』になってしまう。
 しかし嘘を言ってもすぐばれる。こういうときリディナなら、どう返答するだろうか。わからない。でもあまり時間をかけるのも変だ。

「私が来た時点では他にいなかった。逃げたかはわからない」
「そうですか。ありがとうございます」

 うん、やっぱり冷静だ。そう思ってふと気づいた。セレスは冷静なんじゃないと。
 冷静とは感情をコントロールできている状態であって、感情が感じられないことじゃない。きっと感情が死んでいるのだ。酷い目にいすぎて。
 セレスに何があったのか、私は正確には知らない。状況から想像するだけだ。それでも寒気を感じる。足が震えそうになる。落ち着け私。震えてもなんにもならない。今やることはセレスを連れて、リディナのもとへ戻ることだ。それだけを考えよう。

「着替え終わりました」

 その言葉で私は我に返る。

「それじゃここを出る」
「街へ戻るんですか」
「もう夜だから街門は閉まっている。今夜は野宿して明日街へ入る」
「野宿ですか」
「大丈夫。野宿と言っても危険ではない」
「わかりました」

 やっぱり感情が感じられない。野宿かと聞いたのも、単に確認という雰囲気ふんいきだ。
 地下から階段を上る。あちこちに土の山ができているのが見える。ついでにうるさいしゃべり声も聞こえる。ああいう声は生理的に嫌いだ。しかもこっちを見つけて話しかけてくる。おどしたり、取り入ろうとしたり。ああ嫌だ。さっさとここを出て、リディナのところへ帰ろう。

「セレス、急ぐからちょっと失礼」

 問答無用でセレスを抱きかかえる。縮地で移動だ。あっという間に屋敷から出て、村からも出る。そのまま一気に廃道を通って街道に出て、リディナのところへ。
 リディナはゴーレム車の外で待っていた。私たちの姿を見て、ため息をつく。

「何が起きたかは大体わかるしね。仕方ないかな」
「ごめん」
「お腹いたでしょう、とりあえずはご飯にしましょう。あと私はリディナ、フミノと一緒に冒険者をしているの。あなたは?」

 さすがリディナだ。ごく自然に名前を名乗れるし、相手にも聞ける。こういう技能は私にはない。

「セレスです」
「それじゃセレス、よろしくね。あとフミノ、三人だから家を出そう。二番目に手に入れた方で。もうこの時間だから、この道を通る人もいないでしょ」

 二番目に手に入れたというと、一階建ての小さい家か。あれなら市販で最大サイズの自在袋に入ると強弁きょうべんできる。静かになったとはいえ盗賊もいる。セレスもまだ、どんな子かはわからない。ここで手の内は見せない方がいいというわけだろう。納得だ。

「わかった」

 私はゴーレム車の隣に、一階建ての小さなお家を出す。

「ゴーレム馬車の中に、二人分の寝具を出しておいて。私はこっちで夕食の準備をするから」

 つまりセレスには家の方で寝てもらい、私とリディナはゴーレム車の方でというわけか。今後のことも話さなければならないし、了解だ。

「わかった」
「それじゃセレスはこっちに来て」

 夕食のストックは、リディナの自在袋にもある程度入っている。だから私はこのままゴーレム車の中を寝台仕様にして、寝具を出す作業をすればいい。
 テーブル板を上に引っこ抜いて縦にして、テーブルの足だった部分にはめ込むように装着する。これが両ベッドを隔てる壁代わり。椅子いす部分の背もたれのロックを外して倒し、できた台にマットと布団を載せる。この辺はネットで見た、寝台特急の座席からベッドへの変換方法を参考にした。
 よし完成。それではリディナたちと合流しよう。私はゴーレム車を出て小さいお家へ移動する。

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