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3巻
3-1
しおりを挟むプロローグ 私向きではない街から
私――ツツイ・フミノがこの世界に転移して、大体半年くらい。
『西海岸より人が少ないし、南部は未開発の場所も多いから。魔獣討伐をしながら、のんびり暮らすにはいいと思うよ』
そんな仲間のリディナの発案で、今は魔物討伐をしつつ二人で南へと旅している。ただ旅と言っても毎日移動しているわけではない。
昨日の昼までの一ヶ月近くの間、フェルマ伯爵領のアコチェーノ近辺に滞留していた。これは山越えが辛いとかその他の理由で、私がローラッテまでのトンネルを掘ってしまったのが原因だ。
トンネルを造る前の山越えとトンネル掘削で五日間、冒険者ギルドのトンネル調査や褒賞金処理待ちで六日間。さらにトンネル開通に伴う諸対策を手伝って十二日間。おまけとして諸般の事情で二日間滞在する結果になった。
でも後悔はしていない。そのおかげで、多額の褒賞金、住み心地のよさそうな家、さらにはゴーレムを手に入れることができたから。それにもともと、目的地や期間が決まっている旅ではないし。
昨日の昼過ぎ、そのアコチェーノを出て、途中の山林で家を出して宿泊。今日はアコチェーノを出た後、最初の大きな街であるサンデロントで、情報収集と買い出しをしたところだ。
このサンデロントは、図書館が立派で市場も充実している。ただし対人恐怖症の私向きではない。賑やかすぎて、恐怖耐性(2)で耐えても、精神力がごりごりと削られるから。
私の対人恐怖症は、以前と比べるとだいぶましになった。リディナと出会った頃は状態異常として、対人恐怖(5)がついていたけれど、アコチェーノにいた頃には、対人恐怖(3)まで下がった。スキルの恐怖耐性(2)を使えば、かなり耐えられる。
ただし耐えられるだけで、恐怖がなくなるわけではない。だから買いものや調べものをしてすぐ、街を脱出。半離程度歩いた後ゴーレム車を出して、南へ向けて移動を開始した。
現在はゴーレム車の中で、サンデロントの街で買ったテイクアウトの昼食を食べながら、味を論評中だ。
「どっちのお店も美味しいけれど、個人的には私の昼食亭の揚げ焼きかな。中身はミックスで。フミノはどう?」
「私は薄焼き亭のパンザロット、中身は林檎バターが好み」
テイクアウト探しは半ばリディナの趣味だ。新しい街で買いものをしたときは、必ずその辺の人に聞いて『このあたりで一番美味しいテイクアウト』を買い込む。
この趣味、美味しいし楽しいし、いざというときに役に立つ。食事をゆっくりとれないときなんてのは案外あるものだ。疲れてきちんとした料理を食べられないときもあるし。
それに、人に配ったりするときも楽でいい。この前も、元デゾルバ男爵領の皆さんにほとんど食べられてしまった。だから補充のためにも買いまくったわけだ。
今回購入したのは二店舗。どちらも基本は半月と同じように、具がたっぷり載ったピザを半分に折ったようなもの。ただし仕上げはそれぞれ異なる。
半月はやや厚目でふかふかの生地に具材を載せ、焼いたものを半分に折った料理だ。一方薄焼き亭のパンザロットは、生地で中身を餃子のように密閉し、オーブンで焼いたもの。生地は薄目でパリッとしている。昼食亭の揚げ焼きは、中身を密閉してから揚げたもので、生地の表面はカリカリ。厚さは半月とパンザロットの中間くらい。
私は軽めで甘めのものに惹かれてしまう。パンザロットの林檎味は、生地の中にバターを利かせた焼林檎入りで私好み。バター入りのどこが軽めだ、なんてツッコミはなしの方向で。
一方リディナはがっつり系が好みだ。揚げ焼きはピザのマルゲリータと似た感じの具で、塩漬け肉とトマトとチーズをたっぷり入れて、ラードで揚げている。美味しいけれど、私にはちょい重い。
「あとは、おにぎりをある程度作っておけば、当分は食料の備蓄は大丈夫かな。そういえば新しい調味料を作るって言っていたよね。どんな感じ?」
そうだ、マヨネーズを作るのだった。正確にはツナマヨ入りのおにぎりを。ただその前に試してみたいことがある。思ってもいなかったものが手に入ったのだ。
「調味料の前に試してみたいものがある。うまくいくかどうかわからないけれど」
「それって市場で買った、あのカサカサの黒っぽいやつ? マウロとかいう」
「そう」
乾燥させた海藻で、西海岸の南の方で食べられているらしい。使い方は、スープに入れたりサラダに入れたり。しかし私の目にはこの海藻が岩海苔に見えたのだ。ならば日本人として、板海苔が作れるか試してみねばなるまい。
板海苔の作り方は確か、簀子に薄く広げて乾燥させればよかったはずだ。しかし簀子なんてものはここにはない。代わりに魔法を使おう。
金属製のバットに、水で戻した岩海苔をできる限り薄く均一に、穴ができないように伸ばす。当然そのままでは綺麗に乾かない。だから水属性レベル2の水分除去、つまり乾燥魔法で丁寧に乾かす。
さて剥がれるか。大丈夫、ちゃんと剥がれた。思ったよりいい感じの出来だ。
「その黒い紙みたいなの、料理に使うの?」
「そう。おにぎりや寿司の必需品」
そうだ、これで太巻きを作ろう。それも刺身や他の具材をたっぷり入れた豪華なやつを。日本にいた頃、節分が近くなると馬鹿高い値段で売っていたような。
そのためにも、まずは板海苔を量産だ。広げて乾かし剥いでと……
「フミノ、ゴーレムを操縦しながらで大丈夫? やり方がわかったから私が作るよ」
少しゴーレム車がふらついたことに気づかれたようだ。周囲に人がいないとつい運転もいい加減になる。ここはリディナにお任せして、私は安全運転に専念するとしよう。
「お願い」
「買ったマウロ、全部この紙みたいなものにしていいの?」
ちょっと考える。海苔のお吸いものも欲しいかな。
「今日はとりあえず十枚でいい」
「わかった。作っておくね」
欲しいのは、おにぎりと握り寿司と太巻き。ついでに細巻きもリディナにお願いしようか。
魚系の具材は、刺身に漬けにネギトロにツナマヨ。マグロはなかったけれど、鰹っぽい、いい感じの魚が手に入った。他にもブリっぽいのとか、鯖っぽいのとか、マトウダイに見えるやつとか。
魚以外の具材は何がいいだろうか。厚焼き玉子は必須だ。きゅうりっぽいのとアスパラっぽいのは購入したから是非使いたい。かんぴょうはさすがになかったが、似たような瓜を買ったので今度レッツ自作。でも次回かな、使うのは。
もちろんマヨネーズも作らないと。まずは日本風のを作ってから、リディナに相談してみよう。ひょっとしたらこの国にも、同じようなものがあるかもしれないから。
この辺では東海岸と平行に、南へ向かう街道が二本ある。メインの街道と旧街道だ。最初は海沿いの低地に旧街道が作られた。古い集落は海沿いに点在しているから、旧街道は結構使われていた。
しかし一昨年の冬、そこそこ大きな地震が発生。この辺は津波でかなりの被害に遭った。人死にが出なかった村でも、家や畑が海水に浸かって使用不能になった。人々は海沿いの村を捨てて台地の上へ移住。結果、新たに太くてまっすぐの道が、海から離れた場所に作られた。
今では、ほとんどの人が新しい方の街道を通る。古い方の街道も残ってはいるけれど、村人などが海に出るために一部の区間を使う程度のようだ。
しかし私たちが行くのは旧街道の方。人が通らないし、魔物や魔獣が出そうだから。それに馬車と比べると、このゴーレム車は小回りが利くし力もある。遅いけれど、多少道が荒れていても問題ない。
今のところ、発見した魔物や魔獣は小物ばかり。しかし小物でも数をこなせば、そこそこの儲けになる。だから日々の生活費のためにも、狩りはしておきたい。
あと旧街道を通ってみると、それ以外のメリットもあった。海に近い分、景色がいいのだ。
「何かいいよね。こんな場所をのんびり旅するのって」
「同感」
ちなみにリディナは、板海苔を作り終えたので、マヨネーズ作りに挑戦してもらっている。卵黄二個分と酢を少し、塩少々と水飴を隠し味程度に混ぜてオリーブ油を加えつつ、攪拌魔法で混ぜまくるのだ。
「このちょっと黄色いのがもったりしてきたら、完成でいいの?」
「そう。生魚か生野菜に少しつけて味見をしてみて」
これでツナマヨはできる。エビマヨもいい。エビはサンデロントの市場で大量に購入。車エビよりやや小さい白っぽいエビだ。この辺のエビはこういう種類が主らしい。イセエビっぽいのがあれば個人的に欲しかったので、なかったのは残念。
「あ、美味しい。この前のスティックサラダのソースに少し似ているけれど、こっちの方が応用が利きそう。でもこの味で正解なのかな。フミノ、味見してみて」
きゅうりを細切りしたものにマヨネーズをつけて渡してくれる。ちょっと甘めで私好みだ。
「やっぱりリディナが作ると、なんでも美味しい」
「これはフミノが教えてくれたからだよ。それで、これをどうするの?」
「鰹のオイル煮の身部分と混ぜ合わせる。でも生の剥き身と混ぜても美味しい」
握り寿司、軍艦巻き、太巻き、細巻きの作り方も説明しておこう。私がある程度説明すれば、リディナが美味しいのを作ってくれるから。ああ、今から食べるのが楽しみで仕方ない……
いい感じの海岸があったから、少し早いけれど本日の移動は終わり。小さな川が海に注ぎ込んでいて、その北側が砂浜になっている。さらに外側は岩場で遊ぶのにちょうどよさそうだ。
そんなわけで夕食の調理の前に、二人で海岸を探検。探検というよりは遊びだけれども。
「こういう場所にも魚なんかはいるのかな。監視魔法で何か生きものがいることはわかるけれど、姿ははっきり見えないね」
リディナの言葉でふと思いつく。
「釣りでもやる? 魚が捕れるかもしれない」
「釣りって何?」
海は知らなくても川や湖はある。だから釣りそのものは知っていると思っていたが、意外だ。
ちょうどいい、やってみよう。私もやったことはないけれど、ネットで連載していた漫画のおかげである程度は知っている。
「必要な道具を作る」
竹でもあれば、竿を作るのは簡単だろう。しかしこの国に竹は生えていないようだ。
何かいい材料はないか、アイテムボックス内を物色。どこかで家を出した際に収納した、柳系統の木の枝があった。本気で作ると時間がかかるから、魔法で乾燥させ、形を整える程度で我慢する。
針は適当な鉄で針金を作り、曲げて魔法で熱を加え、叩いてカットし、焼き入れして焼き戻しして完成。適正な大きさがわからないので、とりあえず小指サイズ。おもりも同じように製作した。
糸は服の補修用の麻糸を使用。非常に大雑把だけれど、多分これで大丈夫だろう。
というわけで竿、針、糸、おもりという安直な仕掛けが完成した。餌として、今朝購入した小さめのエビを針のサイズにちぎってつける。
「これを使って漁をするの?」
「そう。故郷ではそうやっていた」
私も実際にやったことはない。ネットで見て知っているだけで、これが初挑戦だ。
岩場を歩いて少し深そうな場所を探し、仕掛けをできるだけ遠くへ放り込む。遠くと言ってもリールなどないので、仕掛けの全長は竿の長さ程度、つまり二腕くらいだ。
「これで下に魚がいればエビを食べて、あの針に口を引っかけるはず。そうなると糸を引っ張る。それを感じたら引き上げる」
日本で売っていたものと比べると、全てが原始的だ。でも魚もスレていないから、多分なんとかなるだろう。そう思ったときだった。思い切り竿が引っ張られる。
「かかった」
予想以上に力が強い。そしてこっちは足場の悪い岩の上。さらに仕掛けもいいかげん。しかし失敗したら、せっかく作った仕掛けやかかった魚がもったいない。だからできるだけ糸が切れないよう、なんとか頑張って魚を泳がせつつ姿勢を維持する。
魚の泳ぐ方向と波が押し寄せてくる方向が一致した瞬間、思い切って竿を引っ張り上げた。岩の上に無事引き上げ成功。ビシバシ跳ねまくっていたので、魔法で温度を冷やして仮死状態にする。
釣れたのは私の足より少し大きい黒鯛もどき。これはお刺身だな。うまくいった。
「面白そう。私もやってみていい?」
「もちろん」
仕掛け一式、そして餌のエビをリディナに渡す。私の分の仕掛けはこれから作ろう。今度は、もう少し凝った仕掛け、リール付きのセットを。リールがないと、竿が届く範囲でしか釣ることができない。もちろん複雑な機構のものは難しいけれど、糸巻きを回すようなものなら作れるだろう。
リールができれば投げ釣りもできる。なら浮きとかエサカゴなんてのも作った方がいいかな。いずれは針をいっぱいつけたサビキ仕掛けなんかも作りたい。前に食べたとき、何かに使えるかもととっておいた魚の皮を使えば、作れるような気がする。
ああ、夢が膨らむ。しかしまずは今、私が使える基本的な竿と仕掛けから作成した方がいいだろう。一セットしかないと、リディナが使用を遠慮するかもしれないから。
†
海岸を脱出するのに、三日かかってしまった。リディナが釣りに目覚めてしまったためだ。
本日出発できたのは天気のおかげ。早朝からそこそこ激しい雨模様で、波も高い。つまり釣りには厳しい天気だったわけだ。これが晴れなら、もう少し滞在が続いたに違いない。
「この釣りって遊び、面白いよね。今まで知らなかったけれど。でもこれ、知られればきっと流行ると思う。週に一度の休息日なんて、やることなくて昼寝している人が多いんだから。やっぱり自由にならない海中の魚相手に、餌と知恵で戦いを挑むところが楽しいよね。釣った魚は美味しく食べられるし。道具を売り出せば、絶対売れると思う」
海岸へ来た初日の夕方、リディナにそう力説されてしまった。そして実際、翌日も翌々日も、朝ぎりぎり明るくなりはじめた頃から、リディナはずっと釣りをしていたのだ。
問題はエビだ。最初にエビを餌に使ったから、『餌=エビ』と思ってしまったのだろう。放っておくと、せっかく大量に購入したエビの全てが釣り餌に使われそうだった。それではあまりに悲しすぎる。エビマヨが食べられない。だから途中から餌を、私が獲った貝や釣れた魚の切り身などに変更させてもらった。おかげで無事エビマヨも食べることができた。めでたしめでたし。
もちろんリディナだけではない。私もかなり楽しんだ。調子にのって仕掛けだの釣り道具だのいくつも作ってしまったし。原始的だけれど投げ釣りもできるリールつき竿セットとか、投げ用天秤おもりとか、コマセカゴ付き飛ばしウキとか。
リディナは釣り専業で、私は魚以外も採取している。ウニとか貝とか海藻とか。服が濡れても魔法で乾燥できる。その気になれば魔法で暖だって取れる。だから濡れるのは怖くない。なので寒くても遠慮なく海へ入っていけた。採取に必要な道具は作るまでだ。
それでも残念ながら作れなかったものもある。水中眼鏡だ。もちろん作ろうとはした。しかし砂浜の砂とその辺の草や貝殻では、透明で頑丈なガラスを作ることができなかった。もうすぐ寒くなるから、来年までには作ろう。そんな決意をする。
さらにゴーレムのバーボン君の分解整備もやった。これで仕組みはおおよそ理解できた。材料が揃えば改良もできそうだ。今度行った街で金属の材料を買っておこう。
ここにいる間、食事には困らなかった。朝食や昼食は購入したテイクアウトや移動中に作ったおにぎり、握り寿司、軍艦、太巻き、細巻きがある。
そしてリディナが、釣った魚の味をみたいというので、ある程度釣ったら調理しまくった。だから夕食も困るどころか、むしろおかずが多くて楽しいくらい。
私も採取した貝だの海藻だのを出した。怖かったけれど生牡蠣にも挑戦。新鮮だからか、アイテムボックスで殺菌殺ウィルスしたからか、当たらずに済んだ。
リディナは、牡蠣の形が気持ち悪いと言って、最初は食べなかった。しかし私が生や焼いたのをレモン汁で食べているのを見て挑戦。結果的にはかなりお口にあったようで、私が採取した二十個ちょいが全滅した。なおリディナの好みは生より焼き牡蠣だそうだ。
そんなわけで大雨の中、ゴーレム車に乗って街道を移動。こんな天気だから釣りはできないけれど、魔物討伐は可能だ。気温低めで乾燥が苦手、明るすぎも暗すぎも苦手なスライムが出まくるから。
ただスライムはゴブリンと同じ戦法では倒せない。上から木材を落としても死なないのだ。弾力があるため、落とした丸太などを跳ね返すか、スライム自身が無傷のまま飛んでいくか。だから鋭い刃物で相手をするか、魔法で直接攻撃する必要がある。
攻撃魔法があれば簡単に倒せる。スライム系は概ね、熱線魔法や冷却魔法に弱い。しかし私のレベル3程度の魔法では、狙いをつけて発動するまでの間に逃げられてしまう。
重い岩で潰す、熱した岩を落とすなど、試行錯誤した結果、私はスライム専用の槍を開発した。先端に鋭くて重い穂がついていて、後部には矢のように羽根がついている代物だ。
使い方は、この槍をスライムの上一腕のところに、槍の穂の部分を下にして出現させるだけ。この槍は矢じりの重さと後ろにつけた羽のおかげで、まっすぐ下へと落ちる。結果、重く鋭い槍の穂の部分が、重力でスライムにぶすっと突き刺さるという仕組みだ。
スライムの討伐褒賞金はゴブリンと比べても安い。ゴブリンは一体小銀貨三枚なのに、一般的なグリーンスライムでは一体正銅貨五枚。素材にもならないので、儲けはこれだけだ。
その代わり、出る数がとにかく多い。旧街道のように人通りが少ないくせに集落からそう遠くない道ともなると、なおさらだ。多い場所では十腕に一匹くらいの割合で湧いている。
こうなると私も忙しい。ゴーレム車のゆっくりな速度でも、私の作業がてんてこまいになる。でもその分儲かる。それはそれで悪くない。小さい集落の近くを通りすぎ、数えるのも面倒なくらいスライムを倒して収納する。そんなことをしていたら、リディナに言われてしまった。
「やっぱりフミノ、どこででも生きていけそうだよね」
いやリディナ、それは違う。
「人が多いところは無理」
「それもそうか」
そうなのだ。あと、冒険者ギルドに一緒に行ってくれる人も必要。混んでいるかとか怖そうな人がいないかとか、中の様子は偵察魔法でもわかる。ただ受付が若い女性でも初対面だとうまく話せない。何か言いたいことがあっても口に出せない。やっぱり私は、まだまだ駄目駄目だ。
第一話 事件発生
釣り、海産物採取。そんな感じで遊んだり、美味しいものを食べたりしただけではない。
一応冒険者らしく討伐もしているし、薬草などの採取もしている。スライムやゴブリン以外の魔物も狩った。リディナが買った植物図鑑で海辺に生えそうな薬草もチェックして、見つけたら収納なんてのも常にやっている。
また毎夜、ゴーレム関連の魔法について勉強をしている。本を何冊も買ったし、バーボン君という見本もいるのだ。なんとかしてゴーレムを作って、操れるようになりたい。
ただどの本にも、ゴーレムの作り方についての詳細が載っていなかった。その辺は企業秘密みたいなものなのだろうか。理論も製法に関しては、微妙にぼかした書き方になっている。
現時点で可能なのは、ゴーレムの改良くらいだ。バーボン君には今すぐ手をつけたい部分がある。
足の遅さだ。力はあるけれど、やっぱり遅い。せめて今の倍、普通の荷馬車と同じくらいの速度は出せるようになってほしいのだ。
昼間は基本的にリディナと一緒に活動する時間だから、本を読んだり細かい作業をしたり、バーボン君の整備をしたりするのは夜になる。
夜ではなく朝にやった方が健康的という意見もあるだろう。日本では朝活なんてことをする人もいるらしいし。でも私には無理。自称低血圧だから朝に弱い。血圧を測ったことはないけれど。
しかもこの国の皆さんは朝が早い。六の鐘、日本の朝六時くらいには、既に動きはじめている。それより早く起きて朝活するなんて、絶対に無理。
ただ、そんなことを夜にやると、必然的に睡眠時間は少なくなる。だから余計に朝に弱くなる。
朝だけではない。昼も暇なときは、ふっと眠くなることがある。集落から離れて魔物もほとんどいなくなり、植物も見慣れたものばかりで道も単調だと特に。
ある程度意識して魔法を操らないと、バーボン君は動かなくなる。だからいつもは居眠り運転なんて事態は起こらない。人や馬車が近づいたときは魔法で気づくから、相手のいる人身事故も起こらない。
それでも……
ガタッ。ゴーレム車が急停止したショックで気づく。やってしまった。もちろん事故ではない。一瞬睡魔に襲われてゴーレム操縦魔法が途切れ、バーボン君が急停止をしてしまったのだ。
「大丈夫フミノ、疲れていない? 小休止しようか?」
「問題ない」
「この次の大きな街、パスカラでは何日か滞在しようか。フミノ、最近寝不足気味でしょ。遅くまで何かやっているみたいだし」
リディナにばれていたようだ。
「今夜はちゃんと寝るようにする」
「なんなら操縦、私がやろうか?」
一応リディナもゴーレム操縦はできる。少しだけれど練習もしてもらった。しかしゴーレム関係は完全に私の趣味だから、リディナに任せてしまうのは申し訳ない。
あと毎日ゴーレムを操縦していると、ゴーレム関係の魔法の適性が上がるかもしれない。他の魔法属性と同じように考えていいかはわからない。でも可能性はある気がする。
それに私なら、誰かが近づいてきたことが偵察魔法などでわかる。だから何かやむを得ない理由ができるまでは、私がやった方がいい。
「大丈夫。とりあえずは私がやる」
「無理はしないでね。あと眠かったら停めて休んでいいからね。急ぐ旅じゃないし」
「わかった」
麦芽飲料をコップに入れ、脱水魔法で量を半分にする。思い付きで作った眠気覚まし用のドリンクだ。カフェインは多分入っていないけれど、冷却魔法でキンキンに冷やして飲むと、苦さと冷たさである程度は眠気を追いやれる。
そうだ、エナジードリンクでも作ろうかな。でもカフェインは何から抽出できるだろう。この国にはお茶の木もカカオの木もなさそうだが、何か他に代わりになるものがあるだろうか。
天気が悪いからゴーレム車に乗りっぱなし。それでもずっと動いていると、結構進む。
空はもうすぐ夕暮れ。ピネトーという小さな村を過ぎて二時間半。旧道が新道に合流し、もう二離程度で、パスカラというこの辺で一番大きな街に出る。そんな場所だった。
いきなり私の偵察魔法が警報を発した。必死になって堪えていた眠気が一気に吹っ飛ぶ。
「リディナ、妙なのがいる。パスカラ側の半離先、右側の崖の上に中年の男二人が潜んでいる。高台だから、リディナの監視魔法でも見えるはず」
「見てみるね」
嫌な感じだ。こっちから見えないように街道を観察しているということは、ひょっとして……
「盗賊ね。ステータスにも出ている。かなりタチが悪そう」
そうか、ステータスを見ればいいのだ。今さらながら気づく。
アコチェーノ滞在中は、誰もが魔法属性があるか調べるためにステータスを見まくった。その反動で、今は逆に他人のステータスを見ないようにしているのだ。やっぱり個人情報だし。
しかしこういう場合は、せめて称号や職業だけでも見た方がいいだろう。かつて私がリディナにはじめて会ったときにそうしたように。
ゴーレム車を操縦したまま、偵察魔法で怪しい二人のステータスを確認する。間違いなく盗賊、それもタチが悪いやつだ。職業が盗賊で、称号に殺人犯とか営利誘拐犯とか極悪非道とかがある。
「どうする?」
「できれば倒した方がいいよね。あんなのがいるようだと、この辺の人全員が迷惑するし」
対人戦は気乗りしない。粗暴な連中は生理的に苦手でもある。しかしリディナの言っていることは正しい。あんなのがその辺にいたら、善良な皆様の生活に支障が出るだろう。迷惑くらいでは済まない可能性も高い。
「倒そう。どうしようか」
私は改めてリディナに尋ねた。
「ある程度ゴーレム車で行った方が、向こうも近づきやすいと思う。徒歩の人より得るものが多そうだし。このゴーレム車でも矢は防げるしね」
「火矢はさすがに無理」
「ものを奪うことを考えているなら、火矢は使わないと思うよ。使っても私の水属性魔法でなんとかできるし。ただ盗賊の捕縛はフミノ頼りになっちゃうけれどいい? いざというときは私も風属性を使うけれど、あれを使うと生きたままの捕縛は無理だから」
風の刃だけではない。リディナはつい最近、風属性がレベル5になって、新しい攻撃魔法も使えるようになった。風裂斬と言って、風の力で対象をみじん切りにする魔法だ。どっちを使っても盗賊の命はない。盗賊相手なら、殺しても悪い称号や職業にはならないけれど。
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