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一 章 ・ 女 中
漆. 本音
しおりを挟む結局、左之さんの恋話で甘味処に寄る時間は無くなってしまい総司さんと一緒に屯所に帰って来たのだけれど、私を送っていった総司さんはまた出掛けて行ってしまった。
何もする事がなくなってしまい、部屋に戻る廊下を歩く。
自分の部屋と逆の方向、中庭に続く廊下に座っている一さんに気付いた。
「一さん、何見てるの?」
「月を見ている…今日は、満月だ」
静かに近付くと、気配で気付いたらしい一さんと視線が合う。
柔らかい微笑みを浮かべながら夜空を眺める一さんの動作、隣に座ると自然と夜空を見上げた。
「うわぁ!凄い綺麗…。私がいた所は夜でも毎日電気が点いてたから星も見えなかったんです。こんな素敵な夜空見せてくれてありがとうございます!」
「空は皆の者だ。誰でも見れる…だが、桜が喜ぶ様子が見れた俺は幸せかもしれぬな」
満天の星に黄色の満月。
しかも、月の形が見えるぐらい空が澄んでいる事に素直に感動する。
感動し過ぎて未来の話をしていた事にも気付かないぐらい夜空に夢中になっていた。
一さんの言葉にやっと意識を戻すと今まで見たこともない優しい表情で微笑んでいて顔が赤くなる。
顔を見られるのが恥ずかしくって視線を外してしまった。
「あ、あの…明日って休みかな?」
「ん?明日は非番ゆえ鍛錬でもしようと思っていたが…。何か用事か?」
「あ、あ、朝餉の後…指導して貰える?」
「構わないが・・・・」
話を逸らそうと声を掛けると直ぐに反応が返って来た。
逸らせてラッキーと思う前に聞き返されてしまい慌てて予定外の事を口にしてしまう。
一さんは真剣な表情で何かを考えているのか無言になってしまった。
「桜は、刀を握りたいのか?」
「刀を握ったら、自分のいた世界に戻れない。それが怖いの…」
無言だった一さんの突然の質問に私は衝撃を受ける。
心配そうな表情で見つめている一さんに私は嘘を付くことが出来なかった。
「刀を持つ者は皆、恐怖と闘っている…俺も怖い。だが、刀を握り人を斬る以上覚悟が必要だ。人を斬る…即ち命を絶つ事、斬られる立場にも成り得る。その覚悟無くして刀を握った奴は死ぬ運命だ」
一さんから紡がれた言葉に、私は気付いたら涙を流して震えてしまっていた。
恐怖に怯え、不安で涙し、今でも自分が弱い事を思い知らされてしまう。
隣に座る一さんが、私が震えているのに気付いたらしく自分の上着を掛けてくれた。
「桜‥お主はまだ覚悟がない。覚悟無く命を削る刀を俺は教えたく無い。命を賭して護りたいと思う者、支えたいと思う者が居なければ刀を持った処で強くなれぬ」
上着を掛けてくれても震えは落ち着かない。
視線を向けると、一さんは苦しそうな表情を浮かべながら私を諭すように真剣に言葉を紡いでくれていた。
泣き続けている私の目尻に触れて涙を拭ってくれる一さんの優しさに、震えていた身体は落ち着きを取り戻す。
「一さん…自分にとって何が一番良い方法かちゃんと考える。決まったら一さんに一番に伝えたい!良いかな?」
「・・・ああ、無論だ」
嫌われ覚悟で言ってくれたのだろう、一さんが私の言葉に目を見開いて驚いていた。
にこっと笑顔を向けると一さんも優しい笑みを浮かべて頷いてくれる。
少し落ち着きを取り戻した一さんと私は、肩を寄せ合ったままお月見を再開したのだった。
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